2009年06月20日

iPhoneアップデートまめちしき

またはまった。毎度毎度何やってんだか。

・iPhoneのOSアップデートに失敗し「不明なエラー(1604)」とかで画面にUSB差し込めマークが出てしまいリストアも受け付けてくれなくなったら、iTunesを再起動してAltキーを押しながらリストア操作するといいらしい。
・アップデートする前に、既存のボイスレコーダーソフトなどで作ったでかいデータファイルはまとめて消しておくのが吉。

自分もそうだけどAppleという会社もいい加減過去の経験に学んだ方がいいのではないかと思うぞ。
ラベル:iPhone itunes
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2009年06月19日

兄弟持ちは見るべし「重力ピエロ」


今年は兄弟映画の当たり年かもしれない。先に観た「スラムドッグ$ミリオネア」はスラム街に生まれた兄弟の成長物語だったが、仙台を舞台に展開する伊坂幸太郎原作「重力ピエロ」もまた、兄弟のひとりである私の記憶をちくちく刺激しまくる作品だった。

物語には謎解きの枠組みが一応あるが、加瀬亮と岡田将生(実年齢は結構離れているのに違和感を感じさせなかった)の兄弟、小日向文世と鈴木京香の夫婦らの家族模様を、時を行き来しながらコラージュ風に描くことの方に力点が置かれている。
そのエピソードのひとつひとつはさほど特別なものではないが、鈴木京香演じる母親が幼子をあやす童歌、二段ベッド(兄弟ドラマでは必須アイテムと言えよう)の上から弟を慰める兄など、記憶に残る最良の瞬間を切り取ることにこの映画は成功していると思った。幼少時のアルバムの写真や家族揃っての外出のくだりなどで兄弟の絆を描写するセンスに好感を覚えつつ、この感じはひとりっ子にはわからないかもなあ、と余計な心配をしたりもした。

岡田将生は時に演技はぎこちないが、同性ですら見惚れてしまう美貌(としか言いようがない)を武器に、大スクリーンの中で際立つ存在感を発揮した。カメラワークの勝利。加瀬亮もなかなか兄っぽくてよろしかった。
ストーリーには明らかな傷があるものの(あんなことして捕まらないわけがないだろう、など)辻褄合わせだけが映画ではない。昨今はやりのヤンキー映画とは違った体温の低さ(しかし微熱はある)を堪能できた。伊坂作品における兄弟の描写については以前のエントリでも触れたことがあるが、その感触をよくとらえた映画化だったと思う。

#ところで渡部篤郎はクラウザーさんに弟子入りしてもっとスムーズに「レイプレイプ」と連続して言えるようになったらさらによかったのではなかろうか。
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2009年06月09日

桑田佳祐アリランを歌う


いつの間にか復活していたフジテレビのバラエティー桑田佳祐の音楽寅さん(以前レギュラーでやっていたのは2000年のことらしい)を視聴。
今回は桑田とユースケ・サンタマリアが大阪の街をふらついては大阪にちなんだ歌を披露するという、例によってゆるい内容なのだが、鶴橋の焼肉店で「Love Korea」そしてかの「アリラン」を店員や客らと大合唱したのにはすこぶる感心した。
いつのロケかは知らないがそれほど前ではあるまい。六カ国協議が行き詰まり北朝鮮が核実験を行うばかりか日本海でまたミサイルを発射しようとしているとの情報が流れる中で、焼肉を前にコントして「アーリランアーリランアーラリーヨー」と歌いまくる桑田は心底すごいと思った。もちろん非難したり「空気が読めない」と言いたいのではなく、この人の反骨は本物だと感じ入った次第である。

先日の空耳アビーロード(番組中では「アベーロード」って言ってた記憶があるが)も最近の日本のテレビ番組ではなかなかお目にかかれない政治風刺メドレーだったが、桑田というキャラでなければできない番組に毎週挑戦しているスタッフの心意気を大いに褒めたい。もちろん桑田自身も。

麻生首相は最近こんなことを言っていたという。Yomiuri Onlineの「対北、戦うべき時は覚悟を」…麻生首相が演説より。
 麻生首相は7日、東京都議選(7月12日)の立候補予定者の応援で訪れた武蔵野市のJR吉祥寺駅前で街頭演説し、弾道ミサイルの発射準備を進める北朝鮮に関し、「戦うべき時は戦わねばならない。その覚悟を持たなければ、国の安全なんて守れるはずがない」と述べ、制裁強化などで圧力を強める姿勢を強調した。
 また、民主党が海賊対処法案に反対していることについて、「ソマリア沖を通って日本にものを運んでくる船が海賊に襲われる。守るのが当たり前だ。どうしてこれが反対か理解できない」と批判した。
一昔前だったら国会が紛糾しかねない好戦的発言が、論評抜きであっさりスルーされているあたりが最近のマスコミを覆う共通感覚なのだろうか。まあ麻生氏はこういうキャラの人なので今更問題視しても仕方がない、というあきらめもあるのかもしれない。

桑田の先のパフォーマンスは別に北朝鮮に対する共感を示したものではないだろう。でも一国の首相が比喩にせよ「戦い」を口にするほど情勢が緊迫している最中に、少なからぬ人が見ている人気番組で北朝鮮生まれの民謡をのんきに歌ってみせること自体がひとつのカウンターメッセージとなりうることを、あのしたたかな歌い手が意識していないわけがないこともまた確かだと思う。憎むべきは北朝鮮を支配する独裁者でありその手先の軍隊であって、無辜の民まで嫌悪の対象にする必要はない。深読みが過ぎるとは思うが、鶴橋で在日の人々と焼肉を食らう桑田の姿にそんなことまで考えた。
posted by NA at 00:02| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月28日

東北新幹線の前打音


東北方面の新幹線に乗るたびに、停車駅が近づくと流れる車内チャイムの特定の箇所が気になって仕方がない。意識しないようにしよう、と思うほどついそっちの方に気が向いてしまう悪循環。まったく落ち着いて本も読めやしない。これが人間相手なら恋愛みたいなものか。いや違うな絶対。

上に貼ったビデオで言えば10秒目にあたる。三拍子の楽曲の四小節目、移動ドで書くと
|ミ――レドミ|ファ――ミレファ|ソファミソドシ|ラソファミレド|
となる最後の「レド」だ。実際には「レ」は極めて短く、次の「ド」がすぐ被さる。
装飾音符の前打音なのかもしれないが、それにしてはチャイムの演奏はいまひとつスマートではないのが気がかりの理由だ。ふつうに音価を均等に「レド」と弾こうとしてうっかり指が滑ってしまったような、そんな印象を抱かせる。まあ私が勝手に抱いているんですが。

このチャイムがいつから流れているのかは知らないが、数年では済まないぐらい長く使われていることは確かだ。たぶん10年以上経っていると思う。
そして、音源はどこぞやの電子キーボード(結構安っぽい音だ)であるにせよ、打ち込みではなく奏者が実際に弾いたものを録音してそのままチャイム化したのではないか、と思えてならない。少なくともフレーズの終わりのリタルダンドの感触は打ち込みっぽくない。だとしたらやっぱり生演奏の際にキーボード奏者が中途半端な弾き方をしてしまったのではないか。
しかし天下のJR東日本が、誤りのある(と言い切っていいものかどうか迷うが)演奏を延々と車内に流し続けるということが果たしてあり得るのだろうか。やはりあれは最初から楽譜にそう書いてあったのではないか。でもでもやっぱりあの音はおかしい。気になる。どうしても気になる。

……ということを、仙台や盛岡に行く列車が停車駅に近づくたびに延々数時間にわたってずっと考えているのだから、もう本当に馬鹿としか言いようがない。でも東北新幹線にお乗りの皆さん、あそこの音はすっごく気になりませんか。ぜひ注意して聞いてみてください。なりませんか。そうですか。うーん。
posted by NA at 03:37| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 重箱 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月20日

NHK教育に提案

新聞の番組表をぼんやり眺めていて
「NHK教育で『からだは正直』って番組があったらいいのになあ」
と思った。

「からだにきく」でもいいかもしれない。
次回の番組改変時(春秋だけだろうけど)にぜひご検討いただきたいものである。
posted by NA at 23:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月16日

民主党代表選の行方

小沢一郎(以下全部敬称略)の辞任を受けた民主党代表選は、早くもきょう行われるらしい。急すぎる。せっかく代表選にかこつけて全国ニュースの枠を独占する機会だったのに何考えてるんだ民主党は。
で、asahi.comによると鳩山由紀夫が優勢なんだとか。マジかよ。
 民主党代表選に出馬する鳩山由紀夫幹事長(62)と岡田克也副代表(55)は15日、日本記者クラブ主催の公開討論で、内政・外交政策や党運営の方針をアピールした。16日の両院議員総会で、同党の国会議員による投票で新代表が選ばれる。朝日新聞の情勢分析では、鳩山氏が優位な状況となっている。
 16日午後の両院議員総会で両候補がスピーチとディベート(討論)をした後、同党の国会議員221人(衆院112人、参院109人)が投票を行って選出される。
 朝日新聞が議員への個別取材などをもとに情勢分析したところ、鳩山氏が自らのグループ(約30人)や小沢氏の支持グループ(約50人)を中心に幅広く支持を固め、過半数をうかがう勢いだ。
 岡田氏は前原誠司副代表のグループ(約20人)や野田佳彦広報委員長のグループ(同)の大勢を固め、菅直人代表代行のグループ(約20人)、旧民社党(約25人)、旧社会党(約20人)の両グループにも食い込んでいる。
 しかし、鳩山氏は、小沢代表の影響力が強い参院で大きく差をつけており、岡田氏は参院や態度を決めていない中間層に照準を合わせ、懸命に追い上げている。組織的な締め付けを嫌って態度をあいまいにしたり、16日のスピーチを聴いて判断したりする議員がまだ数十人おり、両陣営が争奪戦を展開している。
政策はどっちつかずで議員の顔ぶれも玉石混淆ではあるが、少なくとも政権交代可能な政党である限りにおいて民主党は支持に値すると思っていた。しかしいい加減見切りをつけた方がいいかも、という気がする。本当に鳩山代表で次の総選挙に勝てると思っているのか。

小沢側近だったからどうとかではない。鳩山由紀夫個人に恨みがあるわけではないが、文京区に豪邸を構える彼が政治エリートの一族の御曹司であり、いわゆる格差社会の頂点に位置することの意味を軽く考えてはいけない。代表に選ばれた場合、発言とは別に「選挙の顔」としての彼がどのようなメッセージを放射するかを考慮すれば、その選択はあり得ないだろう、と思うのだが。

一人区がもっぱら地方に存在する参院選においては、都市部に多い無党派層を狙ったイメージ選挙よりも組織中心の選挙運動の方がより有効かもしれない。2007年の参院選で民主党が圧勝した要因のひとつがそこにあったことは事実だと思う(安倍政権が自ら墓穴を掘ったのも大きいが)。だが、衆院選は1票の価値が均されている分、都市部の意向がより強く反映される制度になっている。民主党の参院議員らはそこをわきまえているのだろうか。

民主党が今年政権を奪取し損ねたら、おそらく来年の参院選では自民党に相応の揺り戻しがあるだろう。2007年の負け分を相当程度取り戻すに違いない。2013年にも民主党(存在しているとして)は参院での議席をかなり手放すことになるだろうから、この先7年にわたって安定多数を握っての政権交代はあり得ないことになる。やれやれ。民主党議員らは今夕、そういう決断に関与するのだ。わかってるだろうけど。

ともあれ今日の夕方の結果に注目。
posted by NA at 11:09| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月14日

Excelグラフ作成のあれこれ

久しぶりにがしがしとExcel作業をする。バージョンは2003。
大量のグラフを同一シートに貼り付ける仕事。まとめて一枚のグラフにしたいのだが、データの行数がケースごとに大きく異なるため、最大件数に合わせてシートを作ると余白が大量にできてしまう。しかしオブジェクトが多すぎてブックが重いのなんの。グラフの作成元データを相対参照してくれればまとめてコピーできて楽なんだけどなあ。

以下は自分用の覚書。しばらく触らないでいるとすぐ忘れそうなので。

・グラフをコピーすると「これ以上新しいフォントは設定できません」と表示される
⇒[グラフエリアの書式設定]→[フォント]で[自動サイズ調整]のチェックを外す
※なぜかわからないがこれでいいらしい。

・棒グラフで、参照先に空欄のセルがあるとグラフのラベルで「0」が表示されうざい
⇒[データラベルの書式設定]→[表示形式]で[ユーザー定義]を選び[0;0;]とする
※個別にラベルを消していられないぐらいデータ項目が多いので。雛形段階で気づいていればよかったのだが、後から全部作り直す羽目に。

・棒グラフを太くしたい
⇒[データ系列の書式設定]→[オプション]で[棒の間隔]を小さい値にする
※間隔を狭める=グラフ本体が太くなる、とはすぐには気づかなかった。ふつうわからんよな。サイズをプロパティから直接変えられた方が直感的でいいのに。このほかにもグラフエリアのマージンなど、数値設定できない項目の多さに切歯扼腕。

・非表示状態のセルの値でグラフを作る
⇒[ツール]→[オプション]→[グラフ]の[アクティブグラフ]で[可視セルのみプロットする]のチェックを外す。グラフを選択した状態でこのメニューを呼び出さないとチェックボックスがグレーアウトしているので注意
※本来[オプション]は全体の設定をする位置付けだと思うのだが、編集時の状態によって利用できる/できないメニューがあるのは解せない。グラフの側からオブジェクトの属性として一括で設定できればいいのだが。

ブランクがあったためすっかり忘れてしまっていたが、VBAをまじめにやり直す必要を痛感。データ数が膨大なため、個々に手作業で整形するよりも多少迂遠でもコードを書いた方が結果的に早かった(何度も修正入ってるし)、と後悔している。
しかしExcelは実用的なツールではあるものの、増改築を重ねた旅館感覚は本当にどうにかならないものだろうか、と使うたびに思う。最新版のExcel(2007だっけ)ではこのへんもう少しわかりやすくなっているのだろうか。
ラベル:EXCEL グラフ
posted by NA at 19:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 電網 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月12日

小沢民主党代表、ようやく辞任

何の工夫もないタイトルしか思いつかなかったのは、今更感が強かったためだ。この二ヶ月の空転は、民主党の危機管理能力に大きな疑問を抱かせるに十分だった。いったい何だったんだろう。

西松建設献金問題は大山鳴動して何とやらで、毎日新聞が飛ばしていた「二階立件」も結局行われないまま尻すぼみで終わりそうである。検察の捜査が恣意的であった可能性は少なくないだろう。いっぱい路駐しているのに何で俺の車だけ駐禁切符を切られるんだ、という憤りを一億倍ぐらいしたら小沢氏の心境に近くなるだろうか。秘書かわいそうすぎ。
全国の検事を招集しながら大した成果を上げられず費用対効果では明らかに失敗だった東京地検特捜部、その尻馬に乗ってあやしげなスクープを一面やニュース番組冒頭で連発していた各マスコミもそれぞれ評価を大きく下げたことは間違いない。検察のリークならば何を書いたってオッケーオッケー、という風潮は裁判員制度導入後も続くのだろうか。

だが特捜部の思惑がどうであれ、一連の捜査は小沢氏が宰相の器にふさわしいかどうか、という問いとして世間に受け止められ、それに対する答えが小沢評価の暴落とそのおまけとしての麻生内閣の支持率微回復だった。その意味で、党首討論の予定を入れておきながら直前で辞任するというちぐはぐさはこの見解を小沢氏自らが追認したものと受け止められても仕方ないだろう。
あるいは三月の時点で一度素早く身を引き事件対応に専念していれば、どうして小沢もなかなか機敏ではないか、と評価を挽回する道に繋がったかもしれない。本人は必要なタイミングに必要なステートメントを発表し説明責任には十分意を尽くしてきた、との思いがあるようだが、残念ながらそれでは公に対してのアピールとしては不十分なのだ。マスコミを敵に回して反論することの困難さはわかるが(意見広告をテレビでばんばん打てる米国はいいな、と思う)、小泉後の宰相に求められているのがまさしくその才覚、ワンフレーズで局面を打開する表現力なのだと思う。性格のいい田中康夫がどこかにいないものか。

ともあれ小沢一郎は表舞台から去り、誰が次の民主党代表になるにせよ、総選挙は今すぐ解散か首相のすげ替えでもしない限りは自民党の記録的な敗北となる可能性が強まった。高速料金のおまけと定額給付金の助けもあって若干持ち直した麻生内閣支持率は再び下降線を辿るだろう。豚インフルエンザの封じ込めに失敗すればなおさらだ。
好きな方はお好きなのだろうが、首相会見や国会などでの麻生太郎の相手を見下した傲岸な受け答えは見ているだけでうんざりしてくる。見なければいいのだが。あるいは舞台上の漫才師に馬鹿にされて喜ぶ観客みたいなものか。虚仮にされているのは客ひとりひとりなのに。

ただでさえ気が滅入るニュースだらけの昨今、希望を抱かせる言動とルックス(これ大事)を持ち合わせた首相の登場は切望されていると思う。米国で「Change」を旗印にオバマ大統領が誕生した最大の理由はそこにあった。そういうキャラクターが今の日本の政界にいるのか、と問われても困るが、少なくとも人前ではえらそうに振る舞うのが仕事だと勘違いしている輩、自分の意見を相手に丁寧にわからせる努力を怠っている輩の出番がないことだけは確かだ。
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2009年05月09日

描く手の物語

こうの史代「この世界の片隅に」の下巻を読了して大きく溜息を吐く。最後まで読み終わって、長い連載の初頭(というか連載前の短篇読み切り)から作者が引いてきた線のありかがようやくわかった。物語としての価値もさりながら、漫画による漫画論としても出色の作品だと思った。(未完)
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2009年05月04日

伊藤計劃「The Indifference Engine」

今年のGWは暇なので本を読んでいる。暇でないGWもどうせ人と会うわけでもないので空いている時間には本を読むしかないわけだが、買い込んだまま未読で溜まっている本を消化できるのはとにかくよいことだ。

といいつつ新しい本も買った。うち一冊がこのアンソロジー「虚構機関」。2007年の日本SF短篇傑作撰集だが、目当ては一篇だけ、先に亡くなった伊藤計劃さんが世に残した数少ない作品のひとつ「The Indifference Engine」だった。

最悪よりもっと悪い状況を行進する子供十字軍。読後、西原理恵子の「うつくしい のはら」を思い出した。戦争の本質を独自の手法で見事に表現し得たクリエーターが同時代に存在する/したことの幸運を思わずにはいられない。
SFの枠組みで書かれているこの小説がすぐれたSFとして評価されることにはもちろん何の異存もないが、それでも「SF」の冠ゆえに一般の小説読者、とりわけ心打たれる読書体験を求めている人たちの目にこの作品が触れていないのであれば何とも不幸なことだと言わざるを得ない。それはSFの罪ではまったくないのだが、それにしても。

実際、この小説の中で描かれる暴力、そして先進諸国の杜撰な介入はおそらくアフリカやチベットで現在進行形の悲劇と相似形だ。高い純度で世界の陰画を描いた「虐殺器官」からさらにエッセンスだけを抽出したようなこの短篇では、痛ましさはより切実で直截に迫る。
いま現に起きている出来事の本質を、人間性の剥奪に関する残酷な寓話として定着させた伊藤計劃の小説技術の高さに改めて感じ入る。そして、この作家がもはや次作を書くことはないという事実の重みにもまた。

他の収録作についての感想は、また日を改めて(書かないかもしれないけど)。漠然と感じていた和製SFとの距離感を埋めるまでには残念ながら至らなかった。
ゲームデザイナー小島秀夫さんのブログで伊藤さんの顔写真を拝見する。いつの撮影かはわからないが、おそらく闘病中のものだろう。少年の面影が残る画像に、夭逝を惜しむ思いを新たにした。
posted by NA at 03:14| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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