2010年12月10日

人は物を介して繋がる

だいぶ遅れてしまったが、ネットで評判になっている小学一年生の作文を読んだ。

asahi.com(朝日新聞社):お父さんのおべんとうばこ 心震える片山君の作文 - 教育
http://www.asahi.com/edu/kosodate/news/TKY201011300226.html

「泣ける」「泣いている」「泣いた」という風評を先に見てしまったので、すれっからしとしてはかなり斜めからの視線で読み始めたのだが、でも本当だった。ちくしょう、いい話じゃないか。

小学生に泣かされているだけではくやしいので、なぜこの作文がこれほどまでに感動的なのか理由を考えた。(未完)
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2010年10月09日

恣意的なグラフ

こういうグラフで印象操作をするのはいかがなものか、と思ったのでメモ。

asahi.comの「HV価格競争加速 159万円「フィット」が登場」という記事についているグラフがかなりひどい。いずれ記事はなくなってしまうだろうから、画像だけ引用しておこう。
TKY201010080606.jpg市場全体とハイブリッド車の折れ線を間をはしょって上下に並べることにより、双方の台数が実際以上に接近しているように見せかけている。それだけでなく、HV車の目盛が10万台毎なのに対して市場全体は50万台。しかもHVの方が目盛幅は1.2倍ぐらい広いため、より右上がりが強調されて見えるのだ。
これはいくらなんでもひどすぎると思う。

よく見たら値の方もかなりいい加減で「09年のハイブリッド車はプリウスとインサイトのみ」なんて適当なことをやっているので、「まあ要するにHVブームがグラフでわかればいいんでしょ?」みたいな安直さで図を作成したとしか思えない。お前統計を真面目に調べてないだろ。
NHKの不祥事で鬼の首を取ったように騒いでいる今朝の朝日新聞だが、こういう杜撰な印象操作を放置しては自社の報道の信頼性にも大いに疑問符が付くということはわきまえておいた方がいいと思った。
posted by NA at 17:02| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 重箱 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月30日

結局i-MiEVを買わなかったわけだが

top_im_a01[1].jpg知り合いのディーラーから「ぜひ一度。ぜひぜひ」と三是非ぐらい勧められて、三菱のi-MiEVに乗ってきた。

四月に若干値引きされたようだが、それでも丸めて300万円の車である。買えるわけない。というか今のところ自分にはまったく買う理由がない。
と言って断ろうとしたのだが、「買う気のない人の意見の方が大事」とかなんとか訳のわからんことを言われて結局乗る羽目になった。売る気があるのかないのかわからない上司のぬるさを心配そうに見守っていた美人の店員さん(眼鏡)の懇願するまなざしに根負けしたわけではない。ありません。

日本初(文章によっては世界初としているものもあるが、GMのEV1は量産車とは違うのかな)の量産電気自動車であるらしいi-MiEVではあるが、世の中ハイブリッド車の方が話題が豊富でいまいち地味である。エコカーの本命は細工の簡単な電気自動車だと個人的には思うが、果たして現状の完成度や如何に。

自分で走らせた瞬間「あ」と思った。アクセルを軽く踏んだだけで、軽自動車の割には重いはずの車重を意識させずについーと滑りだしたからだ。以前ちょい乗りした二代目プリウスは、モーター駆動時は静かではあるがやはり相応に重いボディをよっこらせと動かしている感覚があった。どう加速を演出するか、考え方の違いによるものだろう。より普通の車寄りにプログラムしているプリウスに対して、i-MiEVは電気らしさを隠そうとはしていない、そんな印象を受けた。

ただ走り出して巡航速度に達してしまえば、異様に静かな以外はただの車である。限界まで攻めたわけではもちろんなくて法定速度でちんまり走っていただけなので早計は禁物だが、そこらのリッターカーよりはぜんぜん安定している。これはエンジン振動のなさと底部に敷き詰めた電池による安定性の高さが寄与しているのだろう。とはいえ約300万円の車なのだからそれぐらいで驚いてはいけない。
居住性も軽の割には悪くない。荷物スペースが少ない(ほとんどない)代わりに車内の空間はそれなりに確保されている。とは言え約300万(以下略)
気になったのはドライブ中に運転者が受け取るインフォメーションの少なさだ。エンジンの存在感がない(もともとないから当然だ)と、運転という行為はおそろしくひまな作業になる、ということを思い知った。慣れると居眠りしないかが心配なぐらい。我々が今までエンジンのお守り(もっとも効率的に働かせるためのギア選択なども含めて)にいかに手間を払ってきたかを痛感する。失って初めて理解するのは世の常だ。


なんか三菱らしいなあ、と思ったのは愛想の無さだ。余計な媚は売らないというか、基本性能をきっちり作ればそれで客は満足するでしょう、という姿勢。せっかく未来志向のスペシャルな車に乗ろうというのに、おもてなし(ちょっとぞくっとする言葉なのであまり使いたくないが)感覚の不足のためにずいぶん損をしているような気がした。なんというか、閉ざされているのだ。
社会に対して多くのことをアピールする車であるべきなのに、買って乗ったらハイおしまい的な終着感がどことなく漂う。アフターケアのことを言っているのではなくて(当然電池が劣化したときの交換プログラムなどはあるだろうから)、高い金を出して環境に配慮した見返りが超安定した運転性だけでした、ではあまりにも寂しすぎると思うのだ。すべてを電気で制御することによって得られたあらゆる情報をログ化しネットワークで利用できるようになれば、その先の使い道はたぶんユーザーが考えてくれるだろう。この車を買って始まる新たな関係があればいいな、と思う。

一号車にすべてを望むのは酷だろう。だが、量産さえできれば勘所の少ない電気ものは飛躍的な価格低減が期待できる(と思う)。未来志向のコンセプトを発展させて、運転を通じたコミュニケーションの意味を変える車になってくれたらいいな、と感じた試乗だった。このままではなんかもったいない。ハイテクの粋を結集したのはいいが「え、そこでおしまいなの?」という不完全燃焼感が現状では強い、そんな車だと思う。ごめんね眼鏡さん。
ラベル:三菱自工 EV i-MiEV
posted by NA at 23:55| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 買物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月08日

夏と眼鏡

素晴らしいキャリアを引っさげて途中入社してきた彼女が一年経たずに退職願を出したとき、職場の中でそれを疑問に思う人はあまりいなかった。現在の我々の仕事はあまりにもしょぼすぎるからだ。
話半分かもしれないが、彼女がこれまで知り合い仕事を共にしてきたという綺羅星のごとき有名人らの名前を我々は口を開けて聞くしかなかった。携帯でいつでも連絡取れるだって。そんなご立派な方に、コピペができれば猿でもオーケイな資料整理や色分けすれば知育向上には役立つかもしれんような紙仕分けなぞをさせていていいわけがない。
「寿退社か」「出身の関西に戻るらしい」「でも親は青山に住んでたはずだが」「つてを使って国際機関に入るという噂もある」などなど進路について謎を残したまま、貧乳インテリ眼鏡っ子萌えを多くの心(おれのも含む)に残して彼女は颯爽と我が社を去った。うちはサンダルが似合う職場なんだ。きみのヒールはもったいなかったよ。
二ヶ月前のことだ。

くそ暑い夏がやってきて列島に腰を落ち着けなかなか去ろうとしない中、なぜか彼女と酒を呑む機会ができた。もちろんその他大勢の眼鏡萌えと一緒だ。ふだんの夏より鬱陶しさ五割増のくそ暑いビアホールで、しかし颯爽とやってきた彼女は相変わらずすごい美人で涼しげで快活で、そして職場にいた頃より大声でめいっぱいの尊大キャラになっていた。
今にして思えば、噂が噂を呼んで尾鰭背鰭胸鰭までついた怪魚状態のセルフイメージを逆手に取っての女王演技だったのかもしれないが「よくって、あたくしにどなたもビールを注がないの?」と叫ぶ彼女に我々は馬鹿みたいにげらげら笑いながらビールを飲んで飲んで飲んだ。彼女は女王様らしく偏食が激しく、ほとんど酒ばかりしか口にしていなかったように思う。
七時に始まった会は十時を回っても終わらず、別の女の子がひとり飲み過ぎて具合が悪くなり、彼氏を携帯で呼んで介抱させる騒ぎになり、そしてげろはげろを呼んでさらに別の者がつぶれ、いつの間にか精算も終わっていて気がついたら全然帰り方向の違う私が彼女を送る羽目になっていた。

彼女も会の終盤には泥酔状態に近くなり、自分の両親兄弟がいかに優秀な人間であるかを延々繰り返していたが、自然解散後に店からそう遠くない児童遊園でへたりこんでしまった。「もう駄目。げぼしたい」「うちのお父さんはあんたと全然違うんだから。カンリョーよう」「動けない」「お兄さんは中国で発電所建てるのよ」「ほっといていいから。帰ってよ」「私、どうなの」「気持ち悪い」「あたしは家族の恥」「吐きたい」「お父さんは海外に長いこと行ってた」「寝たいの」「ここで寝る」「もう駄目」
美人の口から出た同じ言葉でも文脈によってはこれほどまでえろさがなくなるのか、と、こちらも酔眼の私はいささか感心して聞いていた。でも住所不定のお友達らしい影が滑り台の上やブランコの陰に散見される中にいいとこのお嬢さんを置いて帰るわけにいかないので、とりあえず抱えて平坦部分の極めて少ないベンチ(たぶんお友達よけのためだ)に寝かすしかなかった。
「あたし50キロあるよ重いよ」と言われ、そうか生身50kgとはだいたいこれぐらいなのかと身を持って知ることができたのは収穫だったと思う。

やがて彼女は「吐く」ときっぱり宣言して吐いた。少量の偏食おかずと胃液とアルコール分の混じった液が地面を濡らし、心なしかそれは闇の中で赤く見えた。立派なブランドものらしいバッグが何度も砂の上に落ちた。サマーニットの裾も何度もめくれてかたちのよい臍がのぞくたびに引き下ろしては、やはり育ちのいい娘は小さい頃から親が臍のかたちもケアしているのだろうか、とか極めてどうでもいいことを考える。腕の中で揺れる彼女の柔らかい部分が触れて、正直怒張した瞬間はなかったわけではないが、今晩私にセックスが降臨することがないだろうことも悲しく予想がついていたので、そのうち怒張の方があきらめて血液をどこかに逃がして行ってしまった。げろを吐いている美女をその夜のうちに抱く方法はネットのどこかに書いてあるのだろうか。

近くの救急病院に担ぎ込んで点滴を打つ知恵もないまま、ホームレスの皆さんが見るともなしに見守る公園で結局一時間以上のたくっていただろうか。少年の頃俺は、自分が四十過ぎになったらアラサーの美人と夜の児童公園で非生産的な抱擁を交わすことになると少しでも想像し得ただろうかどうだろうか。酒のんで馬鹿やって潰れて、やってることはあまり変わってないけど。いや、変わってないということは絶対想像していなかったに違いない。私はもう少し立派な大人になっているはずだったのだ、空想の中では。

残念ながらこの後も読んでくれている方を楽しませられることは何ひとつ起こらなかったので、あとは端折る。公園の前をたまたま通りかかったタクシーを散財覚悟で呼び止めて青山方面に向かって数千円走ってビル街から突然なぜこんな所にあるのかわからない一戸建て高級住宅街に入ったあたりで彼女が車を止めてしまいそこからさらに二人三脚的なよれよれ歩きで時折歌を歌ったりしながら小一時間立派なおうちの間をさまよい歩き幸い途中で彼女の携帯が鳴って立派なパパが歩きで迎えに来て(デザインTシャツ姿だった。官僚も家ではデザインT着るんだ)午前三時半にしてようやくエスコートが終了したのだった。
パパ到着少し前にそそくさおでこと手の甲にキスをしたけどきっと彼女は覚えていない。なんかいやったらしいキスの仕方だな、と自分でも思った。男ならげろまみれの唇を奪わんかい。

彼女を親元に帰し、とりあえず六本木か渋谷か、とにかく夜明けまで始発まで落ち着けるところに落ち着こうと豪邸立ち並ぶ街を背に歩き出して、例によって私は気づく。短期間しか一緒に仕事をしなかった彼女を(何も知らない癖に)めちゃくちゃ好きだったことを。めちゃくちゃ好きだった子の体重をさっきまで支えていたことを。かっこいい眼鏡をかけた彼女の顔を、今晩一度も正視しなかったのを。自身も高学歴でありながら、彼女が深く深く旧帝大院卒の親兄弟に対する劣等感に悩まされているのに何もできなかったのを。コンプレックスとお腹を無防備にさらけ出した彼女は、きっと何かを求めていた。
また見逃し三振か。

数日後、酔態とは打って変わった折り目正しいお礼メールが当夜の出席者同送で届いた。あの夜彼女は高熱を発してしばらく寝込んだという。もちろん私に対する個別の言及などない。近く次の仕事が決まる、とさらっと書いてあった。正社員かどうかは書いていなかったが、いいとこの会社らしい。この就職難の時代に、優秀なる親兄弟の案内だろうか。不釣合いな階層同士で遺伝子の交雑を起こしてはいけない、と行間を深読んでいて、ふと我に返る。自分には勇気に似た何かが欠けている。
次の打席もまた三振だろうか。そもそも打者として起用されるだろうか。
posted by NA at 08:46| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月13日

最高のキーボード・アルバム「i」と最低の男の思い出


初めて聴いたのは高校のときだったろうか。「とにかくすっげえうるさいアルバムがあってさあ」と洋楽通の友人が押し付けるように貸してくれたのが、パトリック・モラーツの「i」(Story of i)だった。

パトリック・モラーツ(モラツと呼ばれることもあったような)については一時期イエスのキーボーディストだった人という最低限度の認識しかなく、だいたいプログレッシブロック自体あまり好きではなかったので、彼が参加した「リレイヤー」自体も当然ながら聴いていない。1980年代中頃は音楽好きの間でもプログレなんて言ったら笑われる、そんな時期だった。

レコードジャケットとスリーブの字の多さに辟易して、借りてから実際に聴くまでには若干日にちがあいた。ようやく針を落としたのは、そろそろ返そうかな、と思った頃だったと思う。
驚いた。リオ・デ・ジャネイロのパーカッショングループをフィーチャーしたサウンドは前評判通りのうるささだったが、喧騒の中を縫って紡ぎだされた音数の多いミニムーグのソロの軽快さ、五線を自在にまたぐベンドホイールの巧みなコントロール、そして調性はもちろんテンポと拍子の不断の変化を交えながら超ノリのいい楽曲の見事な構成。多種多様なキーボードサウンドをごちゃ混ぜにするわ、現実音ノイズをエフェクト処理するわ、子供と大人の合唱は使うわ、リード旋律を多重録音しまくるわでぱっと聞きにはおもちゃ箱をぶちまけたような騒ぎだが、その実は整然とした構造の中でのドラマだったのだ。筋の通った狂気とでも言おうか。

巷にはラテンのリズムを取り入れたフュージョンが流行っていたが、この音の前にはすべてが色あせた。もはやプログレお得意の変拍子はただの跛行リズムでしかなかった。「i」においては、旋律が変拍子を希求し変拍子が美しい螺旋のような旋律を呼び込むのだ。これを奇跡と言わずして何と呼ぶ。
多少鍵盤を弾いていた者としては悔しくもあった。今からどう努力したところで、モラーツの指使いとベンドホイール扱いにはかないっこない。演奏者としてのおのれの非才に早々に見切りをつけてDTMの方に向かっていったのは、あきらかにこのアルバムのせいだ。
もちろんうまい鍵盤奏者は星の数ほどいる。でも、私が好きで創りたい種類の音楽を私が想像する以上にうまく創り弾いている人が現にこの世界にいる、ということを正面から認めざるを得なかったのはこのときが初めてだった。今思えばプロの音楽家になることを諦めた瞬間だったのだろう。

返却先延ばしを繰り返したが、残念ながらレコードは返さなければならなくなった。46分テープ(マクセルのは多少長めに録れた)に落として泣く泣く返した。同じレコードはどこの店に行っても見当たらなかった。店頭にあるときに買っておかないと手に入らないレコードは多かった。昔はそれが当たり前だった。テープは繰り返し聴けば聴くほど劣化する。でも繰り返し聴いた。何人にもダビングして配った。パトリック・モラーツには一銭の収益にもならなかったが、熱心に布教活動した。

会社員になってからようやくCD化された「i」を買った。発売予定を知ったとき、どれほどうれしかったことか筆舌には尽くしがたい。
付き合っていた娘のアパートに持って行って無理やり聴かせた。いかにすごいアルバムであるか熱弁を振るったが、彼女はテクノポップが好きだったのであまり趣味には合わないようだったが、それでも「ちゃんと聴いてみる」と預かってくれた。
私は多忙だった。仕事が終わった深夜に彼女のアパートまで車を飛ばして、セックスして仮眠をしたらまた仕事に出て行って、の毎日だった。彼女にしてみれば「i」を聴くよりももっと大事なことがあったに違いない。ある日、パソコン通信のメールで「もう来ないで」と絶縁を告げられた。夜遅く来て帰るだけのあんたっていったい何や。もういらない。
私は馬鹿だったので、急いで彼女の家に向かった。深夜のドアホンに応えて出てきた彼女に、貸したままの大事なCDを返してくれるよう頼んだ。こわばった顔で緑色のCDケースを持って出てきた彼女は、深夜なのに大きな音でドアを閉めたのでずいぶん近所迷惑だと思った。
傷でも付けられていないか心配になって帰路カーステレオでかけた「i」は、そんなに愉快ではなかった。

多少後ろめたさもあったのか、奥の方にしまい込んであった「i」のディスクをこの夏久しぶりに見つけた。若い頃と同じ興奮は帰ってこなかったが、それでも魅力的なアルバムであることは再認識した。
昔の彼女と一緒に家庭を築いて一緒にこのアルバムを聴いている光景を想像してみたが、脳裏に全然現実味のある映像は結ばれなかった。しでかした迷惑が大きすぎると、人は反省する気をなくすものらしい。

ものの本だかサイトだかで「i」は6,70年代にありがちなドラッグ体験を反映した音楽であると知った。自分で使ったことがあるわけではないが、類似の芸術作品と照らし合わせても、あの高揚(とりわけレコードではB面後半のメドレー)は確かにドラッグの影響を濃厚に感じさせる。音楽の毒で間接的に私も正気を麻痺させられていたのかもしれない。いや、もともと私はひとでなし因子を多分に持っているのだろう。音楽のせいにしてはいけない。

オートリバース機能つきラジカセからiPhoneにデバイスは変わったが、むさくるしい風体のモラーツの奏でる天駆けるメロディーの奔放さは変わらない。少なくともCDは失わずに済んだのだからよかったではないか。
ディスクは再発に次ぐ再発でいつでもどこでも入手できるようになり、さらには音楽自体デジタル化によってどのようなかたちでも保ち得るようになったのではあるが。

音楽に対する切実さが最近なくなったな、と思う。今聴かねば、今買わねば永遠に失われ損なわれてしまうという畏れの感情がなくなって久しい。
親しい誰かと逢う、という行為もいずれ切実さを失っていくのだろう。いや、もう既にあらかた失われているのかもしれない。
一人称単数「i」の物語はこの先、どのようなかたちに変わっていくのだろうか。
posted by NA at 03:19| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月11日

間違い探し

羽田に帰ってきて、発着ゲート内にできていた新しいブランドショップのチラシにびっくりした。幸いにして牛乳吹かなかったのは牛乳飲んでなかったからだ。
上の絵下の絵を比べてみよう!
 
emiri.jpg
 
gwyneth.jpg
もちろんスカートの丈が短い方が正解、だと思うよ!

真面目な話、ここまでクリエイティブを似せるのであればオリジナルには当然ことわりを入れているとは思う。ファッションの世界で無断パクりの評判が立ったらまずいだろ常考。
ただ、プロデューサーが昨年のミス・ユニバースで掟破りのすごい振袖をモデルの宮坂絵美里(上の人)に着せて物議を醸したイネス・リグロン氏というのが、若干気がかりではある。⇒こんな感じ
スッチー制服の他にもどっかで見たようなデザインの商品が陳列されているし、本当に大丈夫なのかサマンサタバサ。別にいいけど。

参考記事:蛯原友里:新婚生活は「けっこうスイーツ」 羽田空港サマンサタバサ複合店オープン - MANTANWEB(まんたんウェブ)
 この日開店した店舗は、飛行機搭乗客のみが入場できる、第1旅客ターミナルビル2階の出発ゲートラウンジ(北ウイング)にあり、マカロンやチーズケーキなどのオリジナルスイーツを販売する。
 店員の制服は、ミスユニバースジャパンのナショナルディレクター、イネス・リグロンさんのプロデュースで、スイーツ以外の商品では、トラベル&ゴルフラインの「サマンサタバサリゾート」、小物ブランドの「サマンサタバサプチチョイス」、メンズブランドの「サマンサキングズ」の商品を展開。同店だけの限定商品も取りそろえている。
posted by NA at 04:44| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(1) | 重箱 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月08日

読み込みエラーが起きるオーディオCDの修復

PCを新調してから、iTunesでの音楽コレクション熱が再点火した。
数年の間に、光学ドライブの性能向上でCDの取り込みがここまで速くなっていたとは思わなかった。歌詞の自動取得ユーティリティもあるし、いや便利便利。iTunesは相変わらずもっさりしていて余計なお世話サービスもいろいろあるものの、マシンの高速化でまあ許してやってもいいかレベルの問題になった。2TBのHDDを増設したので当面容量も気にはならない。長生きはするもんだ。

長年死蔵していたディスクを次々くべるうちに、正常に読み込めなくなっているものがあった。車などで頻繁に掛けているうちにどこぞに傷がついたらしく、10曲収録のアルバムの6曲目だけが取り込めない。それほど好きな曲でもなかったのだが、ひとつだけ欠けているのはなんか気になる。聴けなくなるととなると猛烈に聴きたくなる。おかしなものだ。恋愛に似ているな。

というどうでも良い感想はともかく、何かしら復元ユーティリティーがあったはずだと思って探してみた。
最初に試したのがGreenfish DataMiner。製作元サイトは既になくなってドメイン販売にさらされていたが、フリーウェアサイトにミラーされていたのを入手して試す。ディスク全体のISOイメージを作ってそこから修復する趣向だが、何度やっても0バイトのイメージしか取れない。Windows7に対応していないのだろうか。
次に使ったのがRoadkil's Unstoppable Copier。よさげだったが、あいにく通常のファイル表示される範囲でしか修復してくれないらしい。CDの場合*.cdaファイルしか見えていない。オーディオCDのトラック修復用途ではないようだ。

で、期待していた機能を発揮してくれたのがCDCheckだった。名前の通りCDをチェックして読み出せないトラックをなんとかしてファイル化してくれる代物である。問題のトラック6を.wav化させたところ、所要時間200時間超と大鯖読みやがったのでやめようかと思ったが、この手のユーティリティーにありがちなことだが、ディスクの問題のあった箇所を通り過ぎたらそのあとはすいすい終了した。
できたファイルを再生したらきちんと鳴った。ブラボー。しかしやっぱり一箇所、約1秒の空白ができてしまっていた。南無。そこでやめずにちゃんと最後まで続けて修復してくれているのだからえらいともいえるが。

テープにエアチェックしていた頃(もはや先史時代だな)は多少のドロップアウトがあってもノイズが入っても「そういうもの」とあきらめていたのに、なまじ高音質で再生できるようになると人間贅沢になっていけない。いずれは前後の流れから欠落部分を推測して補填するようなソフトもできるんだろうけど。

修復後、ふと思い立って検索してみたら当該楽曲のmp3ファイルを無料ダウンロードできるサイトがいくつも引っかかった。傷のないファイルを落としたい欲求に駆られたが、果たしてこれは何かの罪を構成するのだろうか。たぶんするんだろうな、と思いつつどこか釈然としないものを感じる。一度金を払って買った楽曲なのに。
posted by NA at 06:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 電網 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月10日

問題は比例区だ

昨年の総選挙のときに書いたエントリの焼き直しになるが、やはり言わずにはいられない。選挙区はともかく、大勢の中から少しでもましな候補を通す余地のある参議院比例区では、政党名よりも議員となったときの戦闘能力の高い人材が選ばれるべきだと思う。

昨年は有田芳生は新党日本から立候補して健闘及ばなかったが、さすがに今回は民主党比例区に鞍替えした以上はまず通るとしたものだろう。民主党が数合わせで呼んできた芸能人スポーツ選手らに個人名票数で及ばず再び地に塗れるようでは、この国の政治に未来はない。そもそも元からないという意見もあろうが。
というわけでその他の政党の比例区候補のうち、専門性が高く少しでもましな政見を持っていそうな候補を選びたいものだ。

社民党ならば「相変わらずか」と笑われそうだが、やはり保坂展人が通ってほしい。活躍が期待できる一番手であることに変わりはない。福島瑞穂よりも個人票が多く取れればいいのだが、福島瑞穂にはリベラル女性票が大量に集まるんだろうしなあ。社民党が2議席以上取れることを願うしかないのだろうか。それで通らなければ、所属する党を間違えたということだろう。
今回台風の目となったみんなの党(世論調査ではかなりの比例議席が見込まれるらしい)では、何はさておき官僚告発で実績のある若林亜紀を必ずや通さねばなるまい。彼女に国政調査権を与えずして何のための選挙か、とすら思う。この人が警察官僚崩れの後藤啓二弁護士と同じ名簿に並んでいるあたりがみんなの党の醍醐味なんでしょうか。
自民党は極めて迷うところだが、主義主張の違いとウェブサイトの悪趣味に目をつぶって片山さつきか。個々の発言を見ると案外まともなことを言っていたりするのだ。しかしあのウェブサイトだけはなんとかしてくれ。頼むから。
あとは……あー、まあ皆さんのご判断で。共産党とか、本当にもう少し党員個々の発信能力を高める方向で改革した方がいいと思うんだけどねえ。

人にいれたはずの票が党全体の当選者計算に適用される、現行の非拘束名簿式比例代表制選挙というわけのわからん仕組みはとっとと潰した方がいいと思うが、とりあえず今回は、ちっとはできる政治家を選ぶために最適化された投票行動をしたいものである。諸氏の賢明な投票を願ってやまない次第。
posted by NA at 23:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

菅直人首相に一度だけ機会を与えてもいいのではないか

いまだに「管直人」と名前を間違えられていることが多い菅直人首相率いる民主党内閣の支持率が早くも急降下している、としきりに報道されている。
どうでもいいがGoogleで「"管直人" -"菅直人"」で検索してみたら約308,000件ヒットした。「"辻本清美" -"辻元清美"」の約92,900件を遥かに凌駕しているのはさすがというべきなのかどうなのか。一国の首相となった以上は「竹冠でなく草冠です」キャンペーンぐらいしてもよかったのに、その暇もなく参院選で敗れて退陣することになるのだろうか。

消費税10%問題での発言のブレが響いているとかどうとかいう解説が多く目につくが、そもそも選挙前に増税の議論をふっかけたというところで支持率が下がるのは当然の展開だった。事前に民主党内で十分議論したとも思えず、なんでこのタイミングでその話題を出すかなあ、と疑問に思ったが、あれが菅首相なりの誠意(誰に対する?)の表れなのだろうか。

私はどちらかといえば民主党には好意的な人間なので(好意もそろそろ尽きかけているが)、菅直人が何もしないでただの選挙管理内閣として終わってしまうのは惜しいとは思う。というか、そもそも首相がころころ変わるのはいい加減にしてほしい。もうずいぶん前になってしまったようだが実は二年前にはまだ顕在だった福田内閣が突然退陣したときにも(福田氏のキャラクターにいささかの好感を覚えていたこともあるが)「まだ変わらんでもいいのに」と惜しむ思いが強かった。何も成し遂げないうちにいなくなってしまっていいのか、と。

ほぼ60年間政権を握ってきた自民党から民主党への権力交代が、ここまでのところ目覚しい成果を挙げていないのは事実だ。政党の枠組みを含めてしばらく政治は流動するだろう。たとえ残ったとしても、民主党も三年後には相応の裁きを総選挙で受けることになろう。
だがそれまでの間、二世三世首相でない叩き上げの菅直人に一度だけチャンスを与えてもいいではないか、と、大甘評価であることは百も承知で私はそう思う。右に左に揺れまくる舟にいつまでも乗っているのはおかしい。もちろん左に傾きすぎて沈んでしまっては元も子もないが。

菅直人が週刊誌が叩くように官僚の手先と化してしまったのであれば、それはもう我々の知る菅直人ではないのでさっさと政界を引退してもう一度お遍路にでも行っていればよろしい。だが今のところ彼はまだほとんど何もしていない。仕事しろ菅直人。
posted by NA at 03:47| 東京 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月01日

遠くまで往く

サッカーW杯の季節がやってきた。もう四年経ったのか、と、まだ四年しか経っていないのか、の二種類の感慨がいつもながら交錯する。
ただ前回あたりまでは己の進歩のなさを慨嘆するばかりだったが、今回は「間違いなく俺は四年前より劣化している」という確信がある。達観したのか、ただの退化か。

劣化のひとつが文章作成能力の衰えである。四年前あたりのわがブログを見ると、まだエントリを書くことに飽きてなかったらしくて(笑)連日のようにW杯の感想を書き連ねていた。だが今回は一次リーグが終わったあとに初エントリときたもんだ。
今回W杯も日本戦を中心にテレビ観戦していたことに変わりはないのだが、同時に開いているPCで見ているTwitterという恐るべき飛び道具の出現が、結果としてものぐさ者をいっそう筆不精にしたことは否めない。何か反応しようと思っても、一瞬いや数瞬前にどこかの誰かが自分の書こうとしたものよりもよほどうまい表現で言い切っているのだから、今更世界に余計なテキストを増やすまでもない、とすぐ諦める気になれる。

周知のとおり、日本代表は一次リーグを2勝1敗という望外の成績で突破し、昨夜決勝トーナメント1回戦でパラグアイにPK戦の末敗れた。望外というのはつまり自国民の下馬評が低かったからで、よく考えれば出場国の半分は決勝トーナメントに出られるのだからそれほどすごいことではないのだが、五月までのよれよれっぷりは相手を油断させる罠だったと言われても納得できそうなぐらい、一次リーグでの躍進は目覚しかった。本当に。
この調子で決勝トーナメントもひとつふたつ勝てるかも、という根拠薄弱なわしらの期待は、やはり根拠薄弱だけあって叶うことはなかったわけだが、それでも2006年の超期待はずれ代表に比べたら今回の岡田ジャパンは長足の進歩を遂げたことは間違いない。2002年のトルシエジャパンと時空を超えて戦っても、おそらく10回のうち5回は勝ち、数試合はドローに持ち込めたはずだ。これも根拠はないけど。

しかし、んなことはどうでもいい。久しぶりに素人サッカー談義を書く気になったのは、パラグアイ戦の結果に思うところがあったからだ。
前後半0-0で、延長でも勝負がつかず結局PK戦で白黒つけることになったいきさつはよそでしこたま美辞麗句と共に書かれているので繰り返さない。たまたまパラグアイが八強に進んだだけで、もしかしたら日本にもチャンスはあったかもしれないことは事実だ(全体としてはパラグアイのゲームではあったが)。そしてもちろん勝っていれば大喜びはしたことだろう。
ただ、たとえ勝ってもわが代表はここ止まりだったに違いない。失礼ながら、おそらくパラグアイもさらに勝ち進むことは難しいのではないか。トーナメント1回戦の他の7試合(全部フルで観たわけではないが)は、このカードの数倍高いレベルの勝負を繰り広げていたから。
文字通り吸いつくようなパスワーク、あり得ない角度で軌跡を描くドリブル、信じられない遠くから飛んでくる脚や頭がクリアするボールの弾道、そして一閃放たれるシュートの殺意の強さ。いずれもが格の違いを見せつけていた。

「火の鳥」黎明編の終盤にも似たような場面があったことを思い返す。
火山の噴火で巨大な岩穴の底に落ち込んだ青年が脱出するため岩肌をよじ登り、到達したはずの天辺がさらに高い岸壁に囲まれたテラスだったことに気づく瞬間。越えたはずの山は序の口に過ぎなかったのだ。
日本代表の旅路はご近所を出て広大な世界の地図が目に入ったところで終わってしまった。ここまで歩くだけでも本当に本当に大変だったのに。なんということだろう。

進むべき道はない、だが進まねばならない。真の頂上までの途轍もない距離を見せつけられ、なおサッカーを続けるほかない彼らがどんな絶望を抱えて日本に帰ってくるか、想像するに余りある。ドイツ大会での中田の演劇的大往生を多くの人達は笑った(私も与した)が、今となっては彼もまた大きな絶望に文字通り打ちひしがれていたのだとわかる気がする。ドイツ大会のどうしようもなく不出来なブラジル代表ですら、日本を訳もなく破ることができたのだ。

ほんとうに、あと何十回負けたら我々は強くなれるのだろう。
今回の日本代表の到達した地点が未だかつてない高みだっただけに、そこから先、遥かに見える峰の高さはあまりにも残酷だ。
彼らのここからの旅に幸いあれ、と願わずにはいられない。そして若い森本、内田、長友らが決して希望を失わないことを。
posted by NA at 01:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする