老政治家とつきあっていると発想も似てくるらしい。毎日新聞・磯野彰彦氏の
「上昇気流なごや」を経由して読んだ、毎日新聞の政治担当編集局顧問・岩見隆夫氏の
「近聞遠見」というコラムを見て思った。
「若さ」だけでいいのか
20代の候補がマイクを握り、
「今の日本、おかしいと思いませんか。……」
と絶叫しているのを聞くと、正直なところ違和感を覚える。当方、70歳近くなって、まだこの国の難解さに悩んでいるのに、20代の若さでどこまでわかっているのだろうか、と。
世代的偏見ではない。他の分野ならともかく、<国権の最高機関>の構成員として、十分任に堪えられるだろうか、という不安である。
これが世代的偏見でなければ世の中に偏見などない。20代でも理解力、先見の明のある人間は一定数いるし、70歳近くなって呆けたことをのたまう方々も一定数いるというだけのことが、このお方にはわからないらしい。
年齢とか性別とか出身大学とか、個人の資質を属性の一部でしか判断しないことこそが問題なのに。
以前
「20歳に被選挙権を!」というエントリを書いたが、別におちゃらけでも何でもなく、実際にそうなったらいいと私は思っている。
実務経験はないよりあった方がいいのかもしれないが、それにしても必ずしもプラスばかりではないはずだ。たとえば公金を扱っているという認識がないまま官僚組織の中で過ごしたり、利益確保に汲々として社会に害悪を垂れ流している企業の一員として活躍した歳月をキャリアとは言わせたくない。
政治に要求されるものがかつてよりも多岐にわたり複雑化した現代、議員にしても首長にしても、一人で世界を完結させる能力をもつスーパーマンである必要はない。問題の所在を認識し、その解決のために適切なスタッフを集めて調整する能力の方がよほど大事だろう。そしてそれは人生経験の長短によってのみ決まる能力では決してない。
このコラムを読んで、岩見氏の属する会社の若手記者はどう思っているのだろうか。
追記(09/07):
このエントリをアップした後、先週分の
少々気になる「最新事情」と題した橋本龍太郎元首相の引退について触れた回を読んだ。
橋本は比例中国ブロックからの出馬に意欲を示していたが、小泉の、
「比例単独の立候補は認めない」
というひと声で、道が閉ざされた。橋本は68歳、比例単独候補の定年73歳にも抵触しないのになぜなのか。比例単独を認めない方針は全党的に貫くのか。
中曽根康弘、宮沢喜一に続く3人目の首相経験者はずしと映る。旧橋本派にトドメを刺す狙いかもしれないが、政界はまた貴重な人材を失った。人材なくして、政治のあすはない。
岩見氏が橋本元首相の引退を惜しむのは自由だが、記事文中で日本歯科医師連盟からの1億円ヤミ献金事件にまったく触れないのでは、公正さを疑われても仕方ない。「サイゾー」オンライン版の
「橋本元首相の会長辞任劇 裏で筋書きを書いたのは、派閥幹部と読売新聞だった!」に書かれているような事情があったのかもしれないが、いずれにせよ橋本氏は派閥会長辞任という内向きの落とし前をつけただけで、国会の証人喚問には応じず公への説明責任を果たしていない。これで再度国会の議席を得るようなことがあっては、それこそ自民党執行部の見識が疑われるだろう。
この回を読んでから先の
「若さ」だけでいいのかを読むと、岩見氏が議員の平均年齢低下を憂えることの意味合いがまた違って見えてくる。長年の知己が蔑ろにされたことへの憤りが、若手への筋違いな批判として表れたのではなければよいが、と思う。
#もしかしたら同じ日の新聞紙面の別記事でヤミ献金事件について触れていたから意図的に省いた、とかいう事情があったのだろうか。でも、もしそうならば紙面の文脈とは無縁なウェブ上にコラムを転載する際、当然追記すべきだろう。あるいは毎日新聞では「日歯連の一件は濡れ衣だった」という解釈なのか。
posted by NA at 15:00| 東京 ☔|
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