2007年01月25日

お達者激昂

安倍首相が、宮崎県知事選で自党の推薦候補を破った、そのまんま東改め東国原知事を再チャレンジャー呼ばわりしたとのニュースにほとほと呆れていたら、ちゃんと真面目に批判している方のブログに出会う。記事はasahi.comのそのまんま知事は「再チャレンジ」の申し子?から。
 安倍首相は22日夜、首相公邸で岡崎久彦・元駐タイ大使や北岡伸一・東大教授ら外交専門家と会食し、意見交換をした。首相は、東国原英夫(ひがしこくばる・ひでお)(そのまんま東)氏が宮崎県知事選で当選したことに触れ、「彼は再チャレンジに成功したんだ」と言及。不祥事から芸能活動を謹慎し、その後早大で学び直した東国原氏の経歴を念頭に、自ら看板に掲げる再チャレンジ政策の申し子だという認識を示した。
で、怒っていらっしゃるのはこちらの方。激高老人のぶろぐ: そのまんま東氏が再チャレンジに成功だと?
 そのまんま東氏がたとえば横山ノック氏よりもずっとまじめな人物であることは拙者も認めることにやぶさかではない。彼は清潔な県政を実践するため、十分な準備をしたうえで選挙に圧勝した。彼の成功は明るい話題であり、拙者はそのことにケチをつける気持ちは全くない。しかしこれが再チャレンジ成功の範例だと言われると、バカも休み休み言え、と言いたくなる。
まったく仰る通りです。我田引水の極み。
酒席(に決まってる)の発言を捉えて大騒ぎするのも大人気ないが、政権のキャッチフレーズをこういう文脈で利用するのは、おそらくこの首相がふだん何も考えていないからだろう、という想像は十分つく。馬鹿は休み休み喋った方がいいと思った。

筆者は1922年生まれの社会学者。今月で85歳ですぜ。バイタリティにただただ敬服である。プロフィールなどは激高老人のページを参照されたし。
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2007年01月11日

Outlook備忘録

仕事で使わされている(でなければ絶対使おうとは思わない)Outlook2002の自動仕訳ウィザードに突然アクセスできなくなった。「このコマンドは使用できません」と出やがるのである。
詳細オプションのアドインマネージャを調べてみたりレジストリを覘いてみたり修正パッチを探してみたりと手を尽くしたがどうも原因らしいものが見当たらない。
再インストールかな、と思ったが、サービスパックのバージョンを確認しようとして開いた[ヘルプ]の中に[使用できないアイテム]という項目があるのを発見。果たして2アイテム(名前は失念)が勝手に使用不可にされていたので、有効にして戻ってみると自動仕訳ウィザードが無事復活していた。そもそもの原因は不明だけどとりあえず直った、ということで一応備忘録メモ。しかし何で? だいたいどうして機能に関わるメニューが[ヘルプ]の中にあるんだ?

Microsoft OfficeはWin3.1時代から15年ぐらい使っているけど、設定メニューが各所に散らばっていたりスーツ内で操作方法がそれぞれ異なっていたりで未だにわからないことが多い。ほかで役に立たない知識ばかり増えているような気がする。
マイクロソフトが答えるMicrosoft Office Outlook Q&A集 2003/2002/2000対応
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5 OUTLOOKの目から鱗集
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2007年01月05日

やっぱり「Hasta la vista, Vista」だな

Display Dispatch Driver時代からのファンである(歳が割れるな)西川和久氏のコラム「Windows Vistaを好きになれない理由」にいたく共感。
Longhornと呼ばれていた頃から、いろいろな機能が欠け、骨抜きになり、長い年月をかけ開発され、やっと出てきたのがこの程度……。ならば大人しくしていれば文句も出ないが、既存のアプリケーション以上にハイスペックなマシンを要求し、市場を混乱させる意味の無いエディションなど、OSをほぼ独占している同社の思惑通りユーザーやメーカーがコントロールされているのがどうにも気に入らない。
個人的にはPCのOSに必要な役割はWindows2000でもう十分だった。本当、OSには今以上の機能はぜんぜん要らんもんね。
ブラウジングの軽量・高速化に特化してネットワークコンピュータ化を進め、必要な付加機能はその都度つけたりはずしたりできるようにしてくれればよかったのに。全部抱え込んで高性能ハードウェアを要求する重厚長大路線を突き進まざるを得ないのは、OSの売り上げに依存するMicrosoftの宿命なのだろうか。オフィスの事務機にゲームマシン並みのスペックは不要だ。

だいぶ敷居も低くなったことだし、次に個人用マシンを買うときはMacでもいいかなあ、と思いつつある。久しぶりにLinuxを空いたマシンにインストールしてみてもいいかな。
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2007年01月03日

Gmailが何か変

社用のメールをすべてGmailのアカウントに転送している。社のメールサーバーには自宅から直接アクセスできないからだ。
セキュリティに配慮しているのかどうか知らないが、転送を許可していたら全然尻抜けじゃん、と思うのだがまあ会社の考えることなので仕方ない。それに過去のメールの所在をOutlookで検索するよりもGmail上で調べる方がよほど早いので、この方が便利でもある。最近では社内にいるときでもGmailでメールチェックをしているぐらいだ。どこかおかしいような気もする。

というわけで私のGoogleサービス依存度を高める一因でもあったGmailなのだが、どうも最近様子がおかしい。メールの転送漏れがあるようなのだ。実は同時にW-Zero3と半分休眠中のYahoo!メールにも転送をかけているので、転送サーバー側の問題でないことがわかった。
と思っていたら、新年早々大量のメールが受信メールボックスに届かなくなっていたので驚いた。もっともこれは転送漏れではなく、突然迷惑メール判定されるようになっていたらしく、特段不自然な文字列が入っているわけでもない年賀メールなどが片っ端から迷惑メールに分類されていたのだ。
年末から社用アカウントに毎日10通前後の英文スパム(内容に無関係な長文にバイアグラの宣伝画像が貼ってあるやつ)がコンスタントに届くようになり、せっせと迷惑メール認定していたのがあだになったのだろうか。だとしても解せない話だ。

Gmailは相変わらず題字のロゴには「BETA」の文字がついており、安定性を期待するのが間違っているのかもしれないが、招待制をやめて門戸を開放した以上、ユーザーとしては一定以上のクオリティを期待するのは当然だと思う。大容量を売り物にしているのを信じて受信メールを溜めっぱなしにしているが、これも結構危ないことなのかもしれない、と思うようになった。

W-Zero3をしばらくチェックしていなかったため新年早々のお誘いを見逃していたことがわかり、少しブルーな冴えない年明けとなってしまった。
というわけで年始代わりのエントリがしまらない話ですみません。
ラベル:gmail スパム
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2006年12月27日

精神分析と検索技術

思いつきの記録。

Wikipediaの精神分析学の項目で「無意識領域に抑圧された葛藤などの内容を自覚し、表面化させて、本人が意識することによって、症状が解消しうるという治療仮説」という説明を読んで、ふと「これってウェブ検索と似ているな」と思った。

どこがどう似ているのか、うまく説明できそうにないのだがやってみよう。
現在の高度に発達した検索エンジンでは、質問文(というかキーワード)さえ正しく入力できれば、大概の世間的な疑問に対しては答えが見つかるところまで来ている。つまり、キーワードにさえ辿りつけばそれはもはや「知っている」ということとほぼ等しい。問題を問題として正しく認識できれば、問題は解決しているのだ。

おそらく現代の精神分析は、フロイトの時代のように病識があれば神経症は治る、という簡単で乱暴なモデルで説明できるものではなくなっていることだろう。
ウェブ検索にしてもまだ発展途上の技術であって、単純な名詞で語り得ないことへの答えを出すにはまだ至っていない。人間の感覚を網羅するには視覚や聴覚、味覚や触覚をカバーしたUIが必要になるだろう。私たちの精神活動すべてがネットに捕捉されるにはまだ越えるべきいくつもの段階がある。

ただ、集合知としてのワールド・ワイド・ウェブは人間の精神といよいよ相似形になりつつあるように思えてならないのだ。無数のユーザーからの情報を蓄積するほどに、整理された知識とは別のイドの化け物のような集団的無意識をも肥え太らせているようにみえる。岸田秀ならば迷わずウェブとウェブを取り巻く諸々の事件の中に共同幻想を見出すに違いない(既に発言しているかな?)。ネットで繰り返される「失言」と「祭り」の構造も、抑圧と葛藤の反復として精神分析理論で解釈可能だろう。あ、これは結構ありふれているかも。

検索(分析)する/される主体が何なのか、書いていて曖昧になってきた。疑問を言語化することと内なる葛藤の自覚を同一視するのはあまりに乱暴かもしれない。
ただ、私個人はもはやネットワークの知に脳の一部を明け渡してしまっている(というか自分で考えることを半分やめている)との自覚があるため、集合知が今後、検索技術の力を借りて統一された理性のピラミッドを築けるのか、それとも個々人の脳がそうであるような理不尽な衝動と理解不能・利用不能な記憶の断片(俺だけかも知れないが)に塗れて無秩序へと帰していくのか、には切実な関心を持っている。

Googleに代表される検索技術の発展は、人文科学に必ずや大きなパラダイムシフトをもたらすことだろう。経済の話はもうたくさんだ。ネット時代の精神の姿について、もっと語られてもいい頃だと思う。
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2006年12月16日

最低な男たちの肖像

例によってたまたま立ち寄ったブログえんみちゃんの性教育。の、11月23日付のなぐり書き。と題されたエントリにいたく感動を覚える。
筆者は医大生で、性教育をテーマにしたピア・エデュケーション(近い世代同士の教育)に取り組んでいる方らしい。とかいう予備知識は要らないから、いきなりこのエントリだけを読んで、そこに書かれている言葉の激しさ強さに打たれてほしい。特に男性。

たぶん私もここに出てくる男たちと同じようなことをする可能性はあったし、ことの種類は違っても同じような思いを相手の女性にさせたことは一度ならずあったに違いない。この文章は私たちが映る鏡だ。
無知自体は罪ではないかもしれないが、無神経は間違いなく罪だ。そして、知るべきことを知ることを怠ることもまた然り。

無理やり拡大解釈する必要のないエピソードではあるけれど、この国の男たちがあらゆる責任から逃げてきた果ての姿のひとつがここで描かれている情景なのだ、と思った。何と恥ずかしいことか。
ラベル:中絶 性教育
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2006年11月15日

OCR辞書って共有できないのか

最近仕事でOCRソフトを試す機会が増えている。といっても使っているのはスキャナのおまけの数代前の市販ソフトサブセットやデモ版ばかりなので、辞書容量の小ささに苛立つなど不満が昂じるばかりで余り生産的ではないのだが。やっぱファクスで潰れた字を解読できなければ実用に供するのは無理だよな、と思ったりする。

私蔵する本を読ませてデータ化するぐらいなら今のOCRソフトはかなりいい線行ってるのだろう。だが少しでも条件の悪いドキュメントをくべるとたちまち、手前はどこの星からやってきたのだみたいな意味不明な文章を平気で吐き出しやがるのだ。日本語の成り立ちを少しでもわかっていればそういう解釈は普通しないだろうお前さん、と懇々と説教したくなる。
ATOKやMS-IMEが実現している(らしい)文脈に応じた変換がどうしてOCRでは実現していないのか理解に苦しむ。あるいはちゃんと高い金を払ってそれなりのソフト(ハードウェアが伴うものもあるらしい)を買えばちゃんとできるのか。

で、ここでもやはり集合知の出番だと思うわけですよ僕は!(山口風)。ネットで事例を蓄積して正確な変換を実現するための参考データとするOCRソフトが出現してもいいと思う。もうあったらごめん。でも聞いたことないぞ。
およそファクスによる字の崩され方なぞ、それほどバリエーションがあるとは思えないのだ。何も手書きの汚い字を認識して変換しろと無体なことは言わない。どうせ日本語文書に使われるフォントなんて99%が明朝とゴシック、およびそれらの大差ないバリエーションに過ぎないのだ。今でも画数の多い第二水準の一生に一度書くかどうかわからんような漢字については結構な精度で認識に成功しているではないか。常用漢字1945字+αぐらいなんとか面倒見てくれ。誰かが一度変換辞書に登録したデータはきっと使いまわせるはずだ。そしてコンテキストに応じて数字か句読点かぐらいは理解してほしいもんだ。用例を積み重ねればどうにかなるはずではないか。違うかな。

実はIMEの辞書もネット共有可能なんでないか、と思ったりもしている。少なくとも話題の人物や流行の頻出単語については(畠山鈴香とか履修漏れとか)ウィルスパターンを更新する要領でユーザー辞書にデータを追加するサービスはあってもいいのではないか、と思う。もう少し実用的なところで言えば、ここ数年めっきり増えた合併による新自治体名なんてぜひものではなかろうか。
ニュースの見出しになるようなキーワードであれば速攻で取り込んでもいいのではないか、と個人的には思う。もちろん、辞書が書き換えられるのが嫌ならばアップデートしなければいいのだ。

と誰もが思いつくことをまた書いてしまった。とっとと実現していてもよさそうなことが未だに行われていないというのは、私のアイデアに大穴が開いているからだろうか。まあきっとそうなんだろうなあ。

追記(2008/01/21):
Social IME 〜 みんなで育てる日本語入力 〜というフリーソフトが開発されているそうだ。教えて君.netを経由して知った。すばらしい。
実用的な変換速度が出て変な癖(すみません)がついていなければ即使ってみたい。誤変換データを排除する工夫があればよいのだが。文章用途によって複数の辞書をオンラインで切り替えられれば最高。
開発者の人は頑張ってください。
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2006年10月31日

MediaFireを使ってみた

「容量無制限でファイル共有」という売り文句につられて試してみましたMediaFire
うまくアップロードできない、という声も一部にあったが、時間帯の問題なのか約3MBを2分足らずで転送・ベリファイ完了。ここまではよし。

ところが、ダウンロードのリンクが超簡単。http://www.mediafire.com/?のあとに11桁のコードがつくだけだ。別に認証もない。これならばマクロで定期的に巡回収集かければ誰のファイルでも根こそぎ落とせる。先のファイルは1分以内で落ちてきた。
リンクに飛べばファイル名はわかるので、特定の種類・キーワードで絞り込んで落とすこともできよう。何らかのパスワード設定などがないか探したが、操作可能な「Upload Files」「My Files」のタブにはそのような項目は見当たらない。見られたくなければパスワードつきアーカイブにして上げろ、ということだろう。

アカウントを取らなくてもアップロード可能でしかも誰でも落とせて、というこのシステムは、要するにセキュリティへの配慮よりも使い勝手を優先させた、いわばファイルを野放図に拡散させるための道具であると理解した。かなりやばい予感がする。
posted by NA at 12:14| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 電網 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

クールな温泉旅館サイト

行ったことはないけど高級旅館として名前は知っていた多田屋のサイトがリニューアルされたとかですごいことになっていた。ためしに何かメニューをクリックして下さいな。
さすが一流の宿はやることが違う。脱帽。

今更ながらFlashの表現力は底知れないものがあると感じた。あと余白の多いピアノ音楽が、ループの継ぎ目を意識させないのも点数高し。
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2006年10月27日

普通に優れているGoogle Docs

ブログ編集中にまたまたまた書きかけの長文を消してしまった。まったく俺は猿か。猿が書いたブログの方が評判になっていいかもしれないが。いや、そういう話ではない。
今回はサーバー側のエラーではなく、私のオペレーションの誤りだ。タブブラウザで様々なページを参照していて、あるページでひとつ前に表示していたコンテンツを見ようとしたときに、間違えてブログの編集画面が出ているタブを選んで前に戻ってしまったのだ。これはどう考えても俺が悪い。いい加減オンラインで書くのをやめろってば。

とはいえ、自分の手元で書いていたはずの文章が消え失せてしまうのはどうにも切ない。Windowsが作ったテンポラリファイルのタイムスタンプをためつすがめつ確認してはどこかに文字情報が残っていないかを未練がましく探したりする。

で話は唐突にGoogle Docs & Spreadsheetsへと向かうのだが、オンラインで作成していたファイルが特に保存操作を意識せずともSaveボタン一発できっちり残っている(しかもリビジョンつき!)、というのは実は当たり前なようでネット的にはすごいことではなかろうか。
ブログの編集画面でももちろん執筆中の文章を非公開で保存はできるが、改めて標題を入力して非公開ボタンを選択して、という操作をするためにはエントリの文章を書くのとは違う頭の部分を使うらしく(←馬鹿か)、書いている途中になかなか思い至らないのだ。私の馬鹿ブログのことはどうでもいいが、思考を中断させる操作はできるだけ避けたいのが人情だろう。
「どこでもテキストを入力できて超簡単に保存できる」ということの意義は、ワードプロセッサーとして編集機能が充実していることよりも遥かに重いのではないか。

よく調べていないがGoogle Docsはblogger.comと連動する機能もあるらしい。ちょっと興味が湧いているところ。
ラベル:google ブログ
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2006年10月15日

フラッシュ内蔵HDDへの期待

VAIO type Uに続いて、フラッシュメモリを搭載したノートPCが発表された。次々出てくるだろうとは思っていたが、富士通のそれも企業向けラインアップというのは少々意外だった。ITmedia Newsのフラッシュメモリ搭載ノートPC、富士通が企業向けに
 富士通は10月13日、企業向けノートPC「FMV-LIFEBOOK」のラインアップを一新し、モバイルモデルの記録媒体に、フラッシュメモリや自動暗号化機能付きHDDを選択できるようにした。
 HDDの代わりに16Gバイトか32Gバイトのフラッシュメモリをオプションで選択できる。フラッシュメモリを搭載すれば、バッテリー稼動時間が最大30分延長するほか、Windowsの起動時間が約58%に短縮するという。HDD搭載時よりも75グラム軽量化でき、回転するディスクがないため耐衝撃性にも優れているとしている。
確かに営業先に持ち歩くようなビジネスユースの方が、耐衝撃性への需要は高いだろう。個人では高めの20万円を超すプライスも企業が様々なコストと考え合わせた結果の値段としてはリーズナブルになり得るのかもしれない。でもやっぱ安くないなあ。

それにしても、既存のHDDとの換装用途に使えるようなフラッシュメモリ内蔵HDDは現れないものだろうか。外寸は通常のドライブと同一サイズで、2方式併用であらかじめパーティションが切ってあるようなイメージだ。たとえばフラッシュディスク10GB(システム用)+スピンドルディスク100GB〜(アプリ・データ用)ぐらいの構成でどうか。
ノート向けに2.5インチサイズに収めてもらいたいが、それが無理ならばとりあえずデスクトップ向けに3.5インチ版を出してほしい。

省電力にはならないだろうが、ディスクの読み書きによるオーバーヘッドを嫌い既存のシステムを少しでも快適に使いたく思っている層には大いに受けるだろう。ディスク転送ユーティリティとセットで3万円程度で出てくれば速攻で買う。2GBのUSBメモリが5000円を切っている昨今の相場からすれば、それほど野放図な夢ではないと思うのだが。それで今使っているPCをあと3年ぐらい延命させられるならば悪い追加投資ではないと思ったり。
posted by NA at 23:26| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 電網 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月22日

「半熟玉子騒動記」に思う

ブログ界(だけ)で話題になっていた半熟ゆで卵事件について、筆者のLSTYさんが別ブログで総括する記事あんたジャージでどこ行くの: 半熟玉子騒動記を書いておられたのを読み、いろいろ考えた。

LSTYさんは当初のエントリに不備があったことについての謝罪、記事削除は不要との見解を示した上で、
 もう一つ、「記事を読んだ人に誤解を与える可能性」というのも指摘されるかと思います。まず「タイトルだけ読んで誤解する」という可能性ですが「ファミリーマートで売られている『半熟ゆで卵』は半熟ではないので、十分に注意してください。」このタイトルを見てですね「そうか、半熟じゃないんだったら買わないようにしよう!」と思う人はいないだろうと。半熟じゃないんだったら何なんだ?と思って記事を読むことはあっても、タイトルだけでどうこうと言うことはないだろうと、僕の感覚では思っています。
 記事の内容については、「白身は堅い。完全に固まっている。黄身の中心が、若干柔らかめである。」と書いていますので、読んで頂ければそれが「一般的に言われる半熟玉子」だと分かると思います。
 さらに、多くの人はその下についた膨大なコメントに気付くと思いますので「なんだ、結局これは32歳半熟男が恥をさらしただけか」と思って終わりでしょう。いずれにせよ、ファミリミーマート様および伊藤忠飼料様に実質的な損害は及ばないだろうと考えた結果の記事放置です。
と説明している。
あれだけのコメントスクラムに遭いながら毅然として己の考えを説明する姿勢は立派だと思った。私だったらさっさと逃げている。

購読料を払って読んでいる新聞・雑誌やまわりまわって消費者が広告代を負担しているテレビなどについて「間違った情報を流した」ことの責任を追求することは当然だが、個人のブログにそのようなことを求めても詮無いことではないか、と思う。無料の情報は自己責任で活用すべきだ。
筆者についてどう思うかは個人の自由だが、謝罪などを強制する権利は単なるギャラリーである第三者にはない。「こいつ物を知らないよね」などとの感想をコメントの場で共有するかどうかは場の持ち主の意向次第だろう。

ただ、上に引用した部分については若干異論もあって、それはつまり「人は往々にして見出ししか読まない」ということだ。
検索エンジンの表示画面やブログの人気エントリ一覧で当該文字列を見た人が、本文リンクを必ずクリックするとは限らない。たとえば、スマートではないが「(コメント欄も参照)」という文言をタイトルに追記するぐらいのことは、どこにいるかわからない読者への親切としてなされてもよかったのでは、という気がする。
ブログの言論全体の信頼性について一個人が責任を負う必要はないが、情報のダイジェストであるべき見出しと本文の乖離を避けるためにもそういうアフターケアの習慣が広まればいいな、と思う。

もっともこれはあくまでも「親切」として行われるべき内容で、繰り返しになるが親切は他人に強要することではない。
LSTYさん、お疲れ様でした。
ラベル:ブログ 炎上 半熟
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2006年09月14日

筒井主義の浸透と拡散

これ↓を読んで大笑い。

ピアノ・ファイア - 明日は全部沈没

この手のネタは簡単なようで案外むずかしい。
個人的にはコメント欄の「アルジャーノン」がツボでした。

日本以外全部沈没―パニック短篇集
筒井 康隆
角川書店 (2006/06)

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2006年09月13日

ナースのための通販カタログ

purenurse.jpgネットを逍遥していて、PURE NURSE WEB/ピュアナース ナースのための通販セレクトグッズカタログというサイトを発見。あれまあ。
きっと制服趣味な方には知られているのだろうが、人気・注目アイテムのページなどは白衣マニアさんにはこたえられませんでしょうな。もっともナースさん自身が「これかわいい」と勝手に買って勤務先で着たりするのは管理上いかがなものかと思いますが、そのへんどうなんでしょう。個人病院なんかだったら結構ゆるいのかなあ。
看護婦さんと合コンする機会があれば、事前にこういうところで情報を仕入れていくのもいいかもしれない。

ちょっと古いけど厚生労働省の資料によると看護師及び准看護師の平成14年時点での就業者数は740,375+423,018=1,163,393人ほどいるわけで、もちろん全員が若い女性ではなくさらには男も含まれていたりするが、マーケットとしては結構大きい規模であることは間違いない。専門の通販カタログが数種類あってもおかしくはなかろう。物によっては海外にも売れるだろう。


もっとも、私が知らないだけで結構業種特化型通販カタログって既にポピュラーなのかもしれない。朱肉リフィルや渋茶の真空パック、健康サンダルに鮮やかなデザイナーズ腕抜きなどを充実させた公務員向けとか、紫檀のデスクにレバーだらけの高級チェア、ゴルフ会員権はてまた外車と商品単価が一気に高くなる弁護士向け通販カタログとか。後者はなんだか当たり前すぎるな。
そしていずれは採算分岐点の高い印刷カタログに代わってWeb2.0のロングテールの魔の手だか尾っぽだかが各業種へと伸びていくのだろうけど。
posted by NA at 10:38| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 電網 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月11日

また利用されてしまうわけだ

IA Spectrumさん紹介のGoogle Image Labelerに小ハマリ。サーバーからランダムに選ばれたネット上の誰かと一緒になって、同一画像にタグをつける遊びだ。合致したら得点になって次の画像が表示され、90秒以内にできるだけたくさんつけるという趣向。
とルールを字に書くと複雑そうだけど操作は簡単極まりない。タグは英語限定かどうかわからないが、とりあえず日本語ではまったくマッチしなかった。まあ、する方が不思議かも。
例によって人間行動に関するデータの無償提供であることはわかっているのだが、ついつい熱中してしまった。もしかしてポイントは換金してくれるんでしょうか。

具体物の名詞ならばどうにかこうにかでっち上げられなくもないが、チラシなどの意味内容がポイントらしいもの、何かの動作などを示しているらしい画像(サムネールが小さいのでわかりづらいが、終了後に種明かしがある)などを制限時間内でうまく表現するのは難しい。察しの悪いパートナーでごめんなさい、とどこかの誰かに謝ってばかりで、最高で400点どまりだった。もっと英語勉強しないとなあ。
たとえばこのような荒れ野の小さいサムネール画像が出てきたりする。「何だろう?」と首をひねりながら荒野だの枯れ木だのと英単語を並べていたがまったくヒットせず、ゲームオーバーの後にテキサスを襲った竜巻の被災画像であることがわかる。アメリカ人だったら最初の絵だけで「あ、トルネードだ」とピンと来たりするのだろうか。

しかしGoogleは相変わらず途方もないことを考える。あらゆるデータを貪欲に吸収する様にはお手上げだ。
もちろんネット上のすべての画像に人海戦術でタグをつけようというわけではなく、人がキーワードを思いつくアルゴリズムを抽出するのが狙いだろう。特定のパターン(数回試行するうちに同じ絵が何度も出てきた)の画像を見て人が何の形を想起し、それをどのように言語化するかの一般的な相関を見出そうとしているのではないか。はずれキーワードも何らかのかたちで利用されていてもおかしくない。
ネット上の寡占状況に危惧を覚える反Googleな人は、ゲストアクセスしてできるだけでたらめなキーワードを入力すべきでしょう。マッチするかどうかはともかく。

このデータを基に、ある日イメージ検索の精度が格段に上がる日が来るのかどうか。それが成功すれば、動画も静止画の連続と考えれば解析は不可能ではないだろう。あとは計算機の演算能力さえ向上すれば、人間の作る画像など有限のパターンに分類可能だろう。
衛星写真を解析すれば撮影時にどこに何があったかを文字化することもできよう。データマイニングの結果某国の軍事行動開始の兆候をコンピューターが解析、なんてありがちなSF話も絵空事ではなくなるかも。

目にする世界のすべてがGoogleによって意味づけされるのも遠い未来の話ではないのかもしれない。それはどういう未来なのか私には想像もつかないが、決して薔薇色には染まっていないはずだ……とはGoogle万能幻想に侵されている人間のたわごとだろうか。
ラベル:google 画像 タグ
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2006年09月06日

炎上プロモーション

火事と喧嘩はネットの華なので、新媒体の周知には何はさておき人目を惹く派手な炎上騒ぎを演出するのがいい、ということなのだろう。とイザ!オーマイニュース日本版を見て思った。
偏ったライターを起用して意図的に脇の甘いエントリを釣瓶打ちさせてツッコミを誘い、2ちゃん・はてブ経由でギャラリーが集まるのを待つという単純なモデルながら、左右を問わず有効なメソッドのようだ。

しかしいずれのメディアにしても、既存のブロガーが軸足を移したくなるほどの魅力には乏しいように思う。もれなく火が延焼する建売住宅になぞ誰が住むものか。

さっき現状打破の名案が浮かんだような気がして書き始めたのだけど、眠いので頭から出てどこかに行ってしまったらしい。寝よう。ぐう。
というわけでこのエントリもいつか続きを書きます。書けるかな。
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2006年08月30日

懐かしのCM動画

YouTubeで「街の遊撃手」こといすゞジェミニのコマーシャルに久々に再会、しばし見入る。

現在市場にないサービスが、非合法なかたちではあるにせよ実現しているのだな、と思う。これもCGMのひとつのあり方か。

CM動画が放送文化の重要な一部分であることは今更言うまでもないが、過去の名作を見ようと思っても制作者やスポンサー、出演俳優などなどの権利関係が複雑に絡み合っていてなかなか商品化できないらしい。
実にもったいないことだ。

1秒当たりの金の賭け方が一般の番組とは桁違いで、制作時点での最新の表現や流行を取り入れたミニドラマがこのまま失われてしまうのは何とも惜しいことだ。と思う人が多いから、YouTubeなどの動画サービスでアングラ的に過去の名作がアップロードされ共有されているのだろう。
私はこれでも別に構わないけど、もし「あの商品のあのCMがもう一度見たい」というリクエストに答えてくれる商用サービスがあれば喜んで会員になる用意はある。それぐらいよくできたCMには魅力がある。
著作権や肖像権の侵害が良いはずもないが、もともと視聴すること自体には課金されず流されていたCMなのだから、柔軟な再利用の道は開けないものだろうか。

再利用の可能性があるのは何もPCでだけではない。携帯向けに名作CM(現行のものを含めてももちろんよい)を流すサービスがあれば、3G携帯の動画サービス利用、ひいてはテレビ電話の利用ももっと早く普及していただろうに、と思う。
街角で30分や1時間の動画を見る気には全然なれないが、ちょっとした待ち時間に30秒の動画をダウンロードして見るのは十分ありだろう。良質のCMはそれ自体が吸引力を持つ。商品のスポンサーがパケット代を一部でも負担してくれるのなら、敷居はさらに低くなる。

まあ規制と利権で雁字搦めの日本のキャリアやISPに期待しても仕方ない。いずれiTunes Music Storeあたりが名作CMパックでも売り出すようになるのだろうが、それまではYouTubeなどで我慢するほかないか。
ラベル:CM YouTube
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2006年08月29日

通話録音ソフトの必要性

INTERNET Watchに「Skype」や「Windows Live Messenger」の通話を録音できるソフトという記事が出ていたのでふむふむと拝見。
 テクノクラフトは29日、PCで再生中の音声を録音できるソフト「超驚録ver.3.0正式版」の無料ダウンロード提供を開始した。対応OSはWindows XP/2000 SP4。Windows Media PlayerとDirectX 8.1以上をインストールする必要がある。なお、ダウンロード時には、メールアドレス、年代、性別の入力が必須。
 超驚録で取り込めるのは、メディアプレーヤーなどで再生している音楽ファイルや動画の音声、ブラウザ上で再生している音声、ライン入力、マイク入力など。音声出力されるものをそのまま取り込む仕組みのため、「Windowsで再生している音なら、ほぼすべてを録音する」という。録音した音声はWAV、MP3、WMA形式に保存できる。
これは別に通話に特化したものではなく、ストリーミングオーディオなどをファイル化する用途で開発されたものではなかろうか。でも、売り方としてはなかなか面白い方向だと思う。

前のエントリにもちょっと書いたけど、いずれIP電話などの通話内容はサーバーにそのまま記録されて自在に参照できるようになるのではなかろうか。そして音声認識技術による自動キーワード抽出、タグ化によって、音声会話は再利用可能なデータとなる。その方が圧倒的に便利だ。ストレージのとどまることを知らない大容量化、複数サービスを統合したアカウントによるユーザーの囲い込みは、いずれそのようなサービスを実現せざるを得なくなるだろう。

そうなった暁には、記録すべき大事な会話はすべて一般の有線電話でなく個々のユーザーのアカウント経由で行われるようになる。というか、有線電話がそのようなサービスを提供するようになる方が早いかもしれない。最初は有料オプションで、いずれは標準で。
オンラインでの会話はすべて客観的に再現可能、となれば我々の社会の常識はかなり変わるのではなかろうか。電話を通じての約束ならば文書でなくても法的効力を持つようになる可能性もある。あるいはそれは徹底的な管理社会への一里塚かもしれないが。

という夢物語はともかくとして、PCを通じた情報の受発信を徹底的に記録して時系列で整理するという世界は間近に迫っているのだな、と改めて思った。
ラベル:IP電話 skype
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2006年08月27日

今更だけど猫コラムについて

読んだとき「こりゃ騒ぎになるな」と思ったが案の定、一週間を過ぎてなお延焼中。作家の坂東眞砂子さんの猫についてのエッセイの件だ。
痛いニュース(ノ∀`)が、日経に寄稿されたコラムの全文を転載している。

他の新聞などが取り上げる前に、ネット上ではもはや賛否両論出尽くした感がある(ニュースの消費がずいぶん速くなったもんだと思う)。彼女の文章は論理的な整合性を求めて書かれたものではないためツッコミどころも多いのだが、かつて飼い切れなかった猫を捨てた経験がある者としては一方的に論難する気にはなれない。
猫と人間は対等ではない。そして飼い主の責任の取り方にもいろいろある。

エッセイにも「私は自分の育ててきた猫の『生』の充実を選び」とあるが、多分坂東さんは猫一般をデフォルトで広く愛しているのではなく、現在自分の飼っている猫が別格で好きなのだろう。そして、愛する猫が本能に従って子を産みたがるのを叶えてやることと、その後に生じる諸々の厄介ごとを未然に防ぐことは彼女の中では決定的に相反する行いではないのだろう。決して共感はできないが、そう考えれば理解はできる。

可愛い子猫(飼ったことがあるから具体的に想像できる)の死が繰り返されてきたことを思うと胸が痛む。「家の隣の崖の下」の景色を想像すると暗鬱な気分にもなる。
でもある種の文学が生と死にまつわる日常の暗部から養分を吸い上げて人間の本質を描写してきたことは紛れもない事実であり、坂東眞砂子という作家はまさにその系列に属する文学者だ。彼女に対する非難はともかく、必要以上の悪罵が彼女の創作に向けられないことを願う。
ラベル:坂東眞砂子 子猫
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2006年08月22日

IP電話の使い方を考えた

はいはい羊頭狗肉シリーズのはじまりはじまり。語学をめぐるIP電話を利用した学習サービスの可能性について、帰りのタクシー(酔ってた)の中で妄想したのだ。

日本で外国語を学びたい少年少女がいて、他方外国にも日本語を学びたい人たちがいるとしよう。というかそういう状況は間違いなく既にある。
双方の興味・関心の重なる部分を仲介して繋げるサービス、というものはないのだろうか。たとえばアニメだ。共通の話題と必要さえあれば、お互いに教えあうかたちでコミュニケーションは可能だろう。インフラにはIP電話を使えばよい。
会員は自分の趣味・関心事(項目が多いほどチャンスは多い)、習得したい言語、会話可能な時間帯を登録してマッチングの機会を待つのだ。

もちろんネットサービスという形式でなく、IP電話のごく当たり前の応用方法として同じようなコミュニケーションを享受している人は多いだろう。ただ、出会いを自ら探せるようになるまでのハードルが、こと日本人においては非常に高いのではないか。相手探しの部分を代行してくれるサービスがあれば、きっと需要は少なくないのではないか。

すぐにビジネスになりにくいかもしれないが、たとえばこれが小学校や中学校単位での施行となると俄然現実味が増してくるように思える。お互いが相手の言語を習得するのでもよいし、中立的な言語(非ネイティブ同士が英語で話し合うとか)を通じてコミュニケーションを図るのもよい。下手なもの同士の方が往々にしてうまく話せたりするものだ。
正確な文法やマナーはとりあえずどうでもいい。まず話せそうな相手と試行錯誤しながら(最小限の挨拶ぐらいは覚えるべきだろうが)意思を通じ合うことを繰り返していくうちに、実践的な会話のスキルの初歩ぐらいは身に付くのではないか。とりあえず時差の少なそうなオーストラリアあたりからできないもんだろうかね。

駅前留学やらで高い授業料を払うよりも、見ず知らずのネット上会話の方が気楽で簡単で結構づくめのように思えるのだが、どんなものだろうか。
まあ俺が思いつくぐらいだからこういうサービスをどこかで誰かが既にやっているのだろうけど。
ラベル:IP電話 英会話
posted by NA at 01:58| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 電網 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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