2010年07月10日

問題は比例区だ

昨年の総選挙のときに書いたエントリの焼き直しになるが、やはり言わずにはいられない。選挙区はともかく、大勢の中から少しでもましな候補を通す余地のある参議院比例区では、政党名よりも議員となったときの戦闘能力の高い人材が選ばれるべきだと思う。

昨年は有田芳生は新党日本から立候補して健闘及ばなかったが、さすがに今回は民主党比例区に鞍替えした以上はまず通るとしたものだろう。民主党が数合わせで呼んできた芸能人スポーツ選手らに個人名票数で及ばず再び地に塗れるようでは、この国の政治に未来はない。そもそも元からないという意見もあろうが。
というわけでその他の政党の比例区候補のうち、専門性が高く少しでもましな政見を持っていそうな候補を選びたいものだ。

社民党ならば「相変わらずか」と笑われそうだが、やはり保坂展人が通ってほしい。活躍が期待できる一番手であることに変わりはない。福島瑞穂よりも個人票が多く取れればいいのだが、福島瑞穂にはリベラル女性票が大量に集まるんだろうしなあ。社民党が2議席以上取れることを願うしかないのだろうか。それで通らなければ、所属する党を間違えたということだろう。
今回台風の目となったみんなの党(世論調査ではかなりの比例議席が見込まれるらしい)では、何はさておき官僚告発で実績のある若林亜紀を必ずや通さねばなるまい。彼女に国政調査権を与えずして何のための選挙か、とすら思う。この人が警察官僚崩れの後藤啓二弁護士と同じ名簿に並んでいるあたりがみんなの党の醍醐味なんでしょうか。
自民党は極めて迷うところだが、主義主張の違いとウェブサイトの悪趣味に目をつぶって片山さつきか。個々の発言を見ると案外まともなことを言っていたりするのだ。しかしあのウェブサイトだけはなんとかしてくれ。頼むから。
あとは……あー、まあ皆さんのご判断で。共産党とか、本当にもう少し党員個々の発信能力を高める方向で改革した方がいいと思うんだけどねえ。

人にいれたはずの票が党全体の当選者計算に適用される、現行の非拘束名簿式比例代表制選挙というわけのわからん仕組みはとっとと潰した方がいいと思うが、とりあえず今回は、ちっとはできる政治家を選ぶために最適化された投票行動をしたいものである。諸氏の賢明な投票を願ってやまない次第。
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2010年07月06日

菅直人首相に一度だけ機会を与えてもいいのではないか

いまだに「管直人」と名前を間違えられていることが多い菅直人首相率いる民主党内閣の支持率が早くも急降下している、としきりに報道されている。
どうでもいいがGoogleで「"管直人" -"菅直人"」で検索してみたら約308,000件ヒットした。「"辻本清美" -"辻元清美"」の約92,900件を遥かに凌駕しているのはさすがというべきなのかどうなのか。一国の首相となった以上は「竹冠でなく草冠です」キャンペーンぐらいしてもよかったのに、その暇もなく参院選で敗れて退陣することになるのだろうか。

消費税10%問題での発言のブレが響いているとかどうとかいう解説が多く目につくが、そもそも選挙前に増税の議論をふっかけたというところで支持率が下がるのは当然の展開だった。事前に民主党内で十分議論したとも思えず、なんでこのタイミングでその話題を出すかなあ、と疑問に思ったが、あれが菅首相なりの誠意(誰に対する?)の表れなのだろうか。

私はどちらかといえば民主党には好意的な人間なので(好意もそろそろ尽きかけているが)、菅直人が何もしないでただの選挙管理内閣として終わってしまうのは惜しいとは思う。というか、そもそも首相がころころ変わるのはいい加減にしてほしい。もうずいぶん前になってしまったようだが実は二年前にはまだ顕在だった福田内閣が突然退陣したときにも(福田氏のキャラクターにいささかの好感を覚えていたこともあるが)「まだ変わらんでもいいのに」と惜しむ思いが強かった。何も成し遂げないうちにいなくなってしまっていいのか、と。

ほぼ60年間政権を握ってきた自民党から民主党への権力交代が、ここまでのところ目覚しい成果を挙げていないのは事実だ。政党の枠組みを含めてしばらく政治は流動するだろう。たとえ残ったとしても、民主党も三年後には相応の裁きを総選挙で受けることになろう。
だがそれまでの間、二世三世首相でない叩き上げの菅直人に一度だけチャンスを与えてもいいではないか、と、大甘評価であることは百も承知で私はそう思う。右に左に揺れまくる舟にいつまでも乗っているのはおかしい。もちろん左に傾きすぎて沈んでしまっては元も子もないが。

菅直人が週刊誌が叩くように官僚の手先と化してしまったのであれば、それはもう我々の知る菅直人ではないのでさっさと政界を引退してもう一度お遍路にでも行っていればよろしい。だが今のところ彼はまだほとんど何もしていない。仕事しろ菅直人。
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2010年06月30日

小沢一郎は大芝居を打っているのだろうか

民主党幹事長から退いたはずの小沢一郎(敬称略)をめぐる話題がなんだから急に増えてきた。以下は両方asahi.com。
「約束、実行しなきゃ駄目」 小沢氏、菅執行部を批判
 民主党の小沢一郎前幹事長は28日、党が子ども手当の満額支給断念など昨年の衆院選マニフェストを見直したことについて「約束は実行しなきゃ駄目だ。政権取ったら、カネがないからできません、そんな馬鹿なことがあるか」と述べ、菅執行部の対応を批判した。愛媛県今治市での会合で語った。
 小沢氏は公示日の24日は山梨、25日は青森と1人区を中心に選挙遊説を続けている。新執行部が人事や政策で「脱小沢」路線を進めたことに対し、様子見の姿勢を示していた小沢氏だが、選挙戦が始まってからは執行部批判を鮮明にした。

枝野幹事長「小沢氏は無責任だ」 公約見直し批判に反論
 民主党の枝野幸男幹事長は29日、衆院選マニフェストを見直した党執行部を小沢一郎前幹事長が批判したことに対し、「税収の大幅な落ち込みにあわせ、やむを得ない場合には国民に理解を求める。硬直的、形式的に物事をすすめ、かえって国民に迷惑をかけるのは無責任な大衆迎合だ」と激しく反論した。
いったいこれは何なんだろう、と思う。よろず経済評論家の山崎元氏は消費税で迷走する菅直人首相にトドメを刺す小沢一郎氏の「正論」という論考で
「『政権をとったら、金がなかったのでできません』などと、そんな馬鹿なことがあるか。約束したことは守るのが政治であり、約束できないなら言うな」
 この批判は、あまりにも鋭い。菅首相に対して、国民の多くが抱いているであろう、もやもやした違和感をこれだけ的確に言い表した言葉を筆者は聞いたことがない。こう言われると、多くの人が、スッキリと分かったという気分になるだろう。
 しかも、今のタイミングで、小沢一郎氏にこう言われたのでは、菅首相も立つ瀬がない。
 菅氏から「しばらく、静かにしていろ」と言われた小沢氏だったが、ほんのしばらくの間確かに静かにしていて、口を開いたら、それがトドメを刺したというのに近いのではないか。
と小沢の発言を支持している。要するに参院選は民主党の負けと見切って造反に出た、という見立てである。政治のプロでない当方としては「ふーん」と思うほかない。鈍いかもしれないが、さほど注目も浴びていない菅内閣が大勝することは絶対にあり得ないだろうが、さりとて大敗もしないような気がするからだ。

もしかしてもしかして、小沢一郎は2005年衆院選で自民党に圧勝をもたらした「抵抗勢力」をひとりでやっているのではなかろうか。つまり菅首相とは出来レースだったのだ。彼一人で守旧派抵抗勢力側を引き受け、選挙終盤に菅がばっさり小沢を切る筋書き。世論はやんやの喝采を送り、支持率再びV字回復。とかなんとか。
民主党が選挙で圧勝するにはこれぐらいの仕組みが必要だと思う。どうだろか。はてさて。
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2010年05月06日

鳩山首相はもうどっか行っていいから本当

勝手にハードルを上げまくったあげく右からも左からも袋叩きに遭う道を選んだのだから何ともはや。asahi.comの普天間、県内移設を要請 首相、沖縄知事にから。
 鳩山由紀夫首相は4日、就任後初めて沖縄県を訪問し、宜野湾市の米軍普天間飛行場の機能の一部を県内に移設させる方針を仲井真弘多知事らに伝えた。首相は鹿児島県徳之島も移設先として検討していることを認めたが、具体的な内容について説明しなかった。「最低でも県外」としていた首相に沖縄県側は反発を強めており、今回の訪問で5月末決着が絶望的な状況を打開することはできなかった。
 首相はまず、沖縄県庁で仲井真知事と会談。「県外移設の実現を期待する声が高まっている。普天間飛行場の危険性の除去と、沖縄県の基地負担の軽減に取り組んでいただきたい」との知事の要請に対し、「現実に日米の同盟関係、近隣諸国との関係を考えた時に、抑止力という観点から(国外移設は)難しいという思いになった」と説明。
 さらに「(普天間の機能の)すべてを県外にというのは現実問題として難しい。沖縄のみなさんにもまた、負担をお願いしないとならない」と県内移設に理解を求めた。
私は夢想が好きだ。もしかしたら平和憲法をタテに在日米軍の駐留を撤廃する大技を鳩山首相が仕掛けてきて世界中上を下への大騒ぎ、という事態を心のどこかで期待していた。もちろん鳩山首相が優柔不断の坊ちゃん政治家であって自主憲法制定論者でもあって、地方政治に対する影響力はゼロに等しいであろうことはだいたい想像できていた(しかし沖縄行が就任後初めてだとは思わなかったなあ)。懐刀たるべき官房長官にあのような融通の利かない人間を選んだんだか押し付けられたんだかでは込み入った利害の調整などできるはずもなく、ひどいことになりそうな予感は募るばかりだったが、それでもなんかウルトラCはあるんでないか、沖縄でちっとはましなことを話すんではないか、と心の底でちみっとは思っていたのだ。

いやあ、大間違いでした。この人問題の所在がぜんぜんわかってなくてそれをそのまま喋ることが誠実だと思ってました。我々は米国の属国であることを公然と認めました。もう本当しょうがないこれは。誰が相手かわからないけど笑ってごまかしたい。なんというか、身内では全然ないけどスーパー身内の恥感覚。穴掘りたい。

就任後の第一声あたりで「沖縄の米軍基地はしかるべき期間中に全廃する」とかなんとか打ち上げていれば、おそらく米国も「すわ大変だ」と懐柔大行進なり公式の抗議なりを打ち返すなどして、オープンな場であるべき日米同盟の未来像を協議する契機をつくることはできただろう。もちろんこれは大博打であってこの提案自体の成算は非常に薄いが、政権交代というものの意義のひとつは前例にとらわれない問題提起にこそあるのであって、結果として基地は残るにしても、これを機会に対等の立場で議論を行うことはできたはずだ。でも彼と彼の政権はそれをやらなかった。というか怠った。八方美人的に振る舞って掛金のレートを一方的に上げたあげく高転びした。馬鹿ではないのかもしれないが馬鹿のやることをやっているので馬鹿と言ってもいいと思う。

と書いて、これは自分が仕事などで失敗するときのまさしく王道パターンと同一であることに気づいた。同僚や取引先に気兼ねして強いことを言えず仕事を抱え込むだけ抱え込んだあげく納期には遅れる予算足を出す出来は最低、というコンボ。日本人気質の最悪の部分、というと「俺は違う」と怒る方も少なくなかろうが、我が国がかつて第二次世界大戦で逆ギレの末に大炎上をやらかしたロジックもまたこれと相似形であって、そういう意味では政権交代の節目に全く我々にふさわしい首相を我々は選んだのかもしれない、と思う。であればこその身内の恥感覚か。

ともあれ、この強烈な終わった感は何なんだろう。次の首相(もう代わると決めてかかっている)は選挙でも経ないことにはゼロからのスタートはできないので、取れる方策などたかが知れている。日米当局者が大規模部隊による上陸戦がどこで起きうると思っているのか知らないが、海兵隊の日本駐留自体は今後も既成事実として積み重ねられていくのであろう。迷惑施設押し付け合いでしかない米軍基地移設論争の不毛もまた続くのだろう。
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2010年04月12日

さようなら井上ひさしさん

本の世界に導いてくれた作家が亡くなった。以前、山下勇三さんが死去したときのエントリに書いたが、朝日新聞で連載されていた長篇「偽原始人」が、私にとって初めての自覚的な読書体験だったからだ。
asahi.comの作家・劇作家の井上ひさしさん死去 「吉里吉里人」などから引用。
 軽妙なユーモアをたたえた優れた日本語で「吉里吉里人」「國語元年」など多くの小説や戯曲、エッセーを書き、平和運動にも熱心に取り組んだ作家・劇作家で文化功労者の井上ひさし(本名・井上廈)さんが、9日午後10時22分、肺がんで死去した。75歳だった。
 山形県小松町(現川西町)生まれ。5歳で父と死別し、経済的な事情から一時、児童養護施設で育った。仙台一高から上智大フランス語学科に進み、在学中から浅草・フランス座で喜劇台本を執筆。卒業後、放送作家となり、1964年にNHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」の台本を山元護久氏と共作し、鋭い風刺と笑いのセンスで注目された。
 69年には劇団テアトル・エコーに「日本人のへそ」を書き下ろして本格的に劇作家デビュー。72年、江戸の戯作者(げさくしゃ)を描いた小説「手鎖心中」で直木賞、戯曲「道元の冒険」で岸田国士戯曲賞を受賞した。
 東北の一寒村が独立してユートピアをめざす小説「吉里吉里人」(81年)をはじめ、「不忠臣蔵」(85年)、「東京セブンローズ」(99年)、戯曲「天保十二年のシェイクスピア」(74年)、「化粧」(82年)など、壮大な想像力と平明で柔らかな日本語を駆使し、大衆的な笑いと深い人間洞察を両立させた秀作を多数執筆。エッセーや日本語論でも活躍した。
 83年には自作戯曲を上演する「こまつ座」を旗揚げ。「頭痛肩こり樋口一葉」(84年)、太宰治を描いた「人間合格」(89年)、林芙美子が主人公の「太鼓たたいて笛ふいて」(02年)などの優れた評伝劇や喜劇を次々と上演。97年には新国立劇場の開場公演「紙屋町さくらホテル」を手がけた。同劇場には庶民の戦争責任を問う東京裁判3部作「夢の裂け目」(01年)、「夢の泪」(03年)、「夢の痂(かさぶた)」(06年)も書き下ろし、10年4月から3部作連続上演が始まった。09年に初演した「ムサシ」が10年にニューヨークとロンドンで上演される。
「吉里吉里人」が30年近く昔の小説だとは思わなかった。あの鈍器のように重く分厚い単行本を、中学生だった私はこともあろうに数日がかりで全編本屋で立ち読みしたのだ。
小説新潮連載中から「すごい作品だ」という世評を聞いて、読みたい思いが募っていた。餓鬼の悲しさ、小遣銭は文庫本を買うのがせいぜいで、さりとて図書館に入るのを待っていたらいつになるかわからなかった。だから腕の疲れを感じながらそれでも朝から晩までずっと立ち読んでいた。週末だったのだろうか、なんでそんなに時間があったのかは覚えていない。おおらかだった駅前書店に感謝したい。

「日本人のへそ」「表裏源内蛙合戦」「天保十二年のシェイクスピア」「しみじみ日本・乃木大将」といった初・中期の戯曲は大好きだった。全共闘運動の失敗を踏まえた「それからのブンとフン」の苦さを少年の頃どこまで理解できたことだろう。思えば前記の舞台作品も「偽原始人」も「吉里吉里人」も敗北者たちの物語ではあった。「珍訳聖書」もふざけた題名に比して沈痛な読後感をもたらす戯曲だった。
私の十代は井上ひさしの小説とともにあった。「黄色い鼠」「十二人の手紙」「青葉繁れる」「ドン松五郎の生活」「手鎖心中」「下駄の上の卵」「イーハトーボの劇列車」「四十一番の少年」……ああ、思い出せばきりがない。筒井康隆と井上ひさしは少年時代の私のヒーローだった。
初期の珠玉の短篇「あくる朝の蝉」は日本ペンクラブ電子文藝館で閲読可能だ。兄弟を題材にした古今の小説の歴史に残る名作だと思う。再読して、孤児院という特異な環境に適応してしまった「弟」の振る舞いに、昨今の幼児虐待事件に通じる痛ましさを覚えた。井上ひさしが幼い頃から向かい合ってきた闇がここには映し出されている。

著作リストを見ていて、最後に彼の本を買ったのは十年以上前になることにも気づいた。長期連載の末に結実した長篇「東京セブンローズ」は、緻密な考証に基づく前半の太平洋戦争下の庶民の生活描写の素晴らしさと、イデオロギーが色濃く打ち出された後半の失速があまりに極端すぎた。なぜここまで丁寧に育てた舞台をただの主張のための小説にしてしまうのか、と残念に思ったのを覚えている。
作家井上ひさしの行動原理となっていた平和主義が小説の中で主張として展開されたとき、それをただのお題目としか読めなかった当時の私の狭量にも問題はあっただろう。今読み直したらまた別の景色が見えるかもしれない。しかし、政治活動に傾倒していく中で発信される彼の言葉の数々は残念ながら私の心に響くものにはならなかった。俺はその意見にはおおむね賛成だけど小説で読みたいとは思わない、と。

しばらく交渉の途絶えていた、でもとても懐かしい知人の訃報を前に、今私は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。晩年の訴えにも耳を傾けるべきものはあったかもしれない。私は彼から読書の習慣をはじめ多くの知を手渡されたのに、ついにふさわしい敬意を払うことのないままだったから。せめて残された本にもう一度会いに行こうと思う。文豪という呼称は決してふさわしくない、わが友井上ひさし。
ラベル:井上ひさし
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2009年11月29日

持てる者が奪われるドラマを観たい

九日間にわたった、政府の行政刷新会議による事業仕分けが終わった。もとより人間のやることに無駄がないはずがない。不断の洗い出しは当然行われるべきで、そのことに異を唱えるつもりはない。また個々の仕分け判断の当否については既に様々な議論が繰り広げられており、特に付言できるような内容も思いつかない。ただ、それ以上に興味を持ったのは「事業仕分け」そのものに対する一般の関心の高さだ。残酷な期待の強さとでも言おうか。

従来密室で行われていた予算策定のプロセスを公開の場に移したアイデアは画期的だった。そしてマスコミによる報道のみならずtwitterやUstreamによるダダ漏れが可能になったことが新たな報道スタイルをつくりネットユーザーの関心を惹きつけたのは間違いない。
だが何よりも大きかったのは、「事業仕分け」が決して十分ではないにしても表題に書いたような一般国民の願望を叶えたからではなかったか、と私は思う。

少なくとも郵政政局以来、日本の市民感情=世論の最大の原動力は嫉妬ではなかったか。既得権益を享受している人・グループの存在を明らかにすれば、有権者の怒りはそこに集中する。全体におけるバランスやその結果何が起きるかなどの影響が顧慮されることはない。そんなむずかしいことを言われても怒れないからだ。
持てる者への嫉妬の感情は無論新しいものではないが、以前はそれを無分別にあらわにすることへの躊躇もまた併存していた。いつかは自分もまた持てる者になれるかもしれないから、という希望が歯止めをかけていたのだと思う。成長が自明の前提だった時代が終わり格差の固定化が露呈した頃から、日本人は内面の嫉妬を押さえ込むことをやめた。

夏の終わりの総選挙では自民党は既得権益の側に立つ政党とみなされ、ゆえに惨敗させられた。そして事業仕分けでは、説明に奔走した官僚が実際どこまでの権限を握っていたかはわからないが、彼らは既得権益を代弁する側とみなされ公開処刑よろしく持っていたとされたものを奪われるゲームの主人公となった。
さて、奪われるドラマの次の主人公は誰だろう。総選挙で辛うじて生き延びた自民党長老らあたりが似つかわしい気がする。生存者を新たな災厄が見舞う第二幕。官僚らは彼らの口利きや工作の記録を山ほどファイルしているに違いない。いかに彼らが人脈や金脈を駆使して私腹を利していたか、来年の参院選の前あたりを狙ってひとりまたひとりと暴き立てる戦略を民主党が講じていてもおかしくはないだろう。走り出した革命はギロチンにまで行き着かねばならない。やり場のない怒りは世界のすべてがなくなるまで燃え尽くさなくてはならない。我々の文化大革命は始まったばかりだ。
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2009年09月23日

臼井儀人さん逝く

生前の臼井儀人さんに一度だけお会いしたことがある。デビューされて六、七年目ぐらいだろうか。もちろん個人的な知己だったわけではなく、仕事を通じての打ち合わせだった。
会食もしたが、ずいぶん昔のことで仕事の詳細もそのとき話した内容ももう覚えていない。ただ、漫画「クレヨンしんちゃん」の印象と違ってとても穏やかで常識的な人だな、と思ったことはよく覚えている。あまりのあくのなさにむしろ拍子抜けした。

もちろん漫画家と漫画は別のもので、作者本人がおしりを出して町中を駆け回ろうものなら手が後ろに回るに決まっている。赤塚不二夫のような人の方がむしろ例外なのだ。だが、たぶん我々はそのとき臼井さんに対して「何か漫画みたいに面白いことを言ってくれ」と期待していたのだろう。もしかしたらあからさまにそういう言動があったかもしれない。ああ恥ずかしい。しかし、実際にはより多く喋っていたのは私と私の上司であり、気がつくと臼井さんは「ほうほう」と相槌を打つ聴き手に回っていた。
今にして思えば、あれは取材だったのかもしれない。取引先を接待する(接待になっていなかったが)我ら馬鹿会社員の姿が、もしかしたらその後「しんちゃん」のどこかに出てきたりしてはいなかっただろうか。

子持ちの友人ら(特に母親)には概して「しんちゃん」は評判が悪い。子供がアニメのしんちゃんの真似をして屁理屈の捏ね方、口答えの仕方を覚えた、と彼女らはこぼす。アニメが原作をどれほど忠実に反映しているかは知らないが、しんちゃんの口にする言葉にはそれだけリアリティがあったということなのだろう。
想像でしかないが、漫画化する過程で大幅にカリカチュアされたにしても、「しんちゃん」のエピソードは多くが取材の産物なのではなかろうか。五歳であそこまでませた子供はそうはいないだろうが、言葉にはできなくとも大人を観察する能力は誰もが持っているはずだ。「しんちゃん」は子供の感情に言葉を与えた。だから子供からはこよなく愛されたのだろう。

毎日.jpに臼井儀人さん死去:がけ下撮影、滑落か 遺品カメラに写真――版元会見という記事が出ていた。
 人気漫画「クレヨンしんちゃん」の作者、臼井儀人(本名・臼井義人)さん(51)の遺体が群馬、長野県境の荒船山で見つかったことを受け、版元の双葉社が21日、東京都内で記者会見を開いた。赤坂了生編集局長は「臼井先生の無事を祈ってきたが、このような結果になり無念。大きなショックを受けている」と語った。
 島野浩二編集局次長ら同社関係者は20日、身元確認のため現地入り。群馬県警下仁田署で、遺品のデジタルカメラなどを見せられたという。約30枚の写真が残っており、最後に転落したがけから下を撮影したとみられる風景が収められていた。島野局次長は「好奇心旺盛で、よく写真を撮る人だった。撮った瞬間、足を滑らせたのでは」と話した。
きっと臼井さんは最期の瞬間まで取材をしていたのだろう。

「クレヨンしんちゃん」は物語を紡ぎ出すプラットフォームとしても極めて優れていた。ジャンルを超えた名作映画「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」はしんちゃん一家や友達、幼稚園の先生らのキャラクターを存分に生かした群像劇になっていたが、これも原作からアニメを通じて育まれたそれぞれの造形の秀逸さゆえだろう。
臼井さん亡き後も、豊穣な「しんちゃん」の世界がいつまでも続くことを願ってやまない。それが故人に対しても何よりの供養となるだろう。すばらしい作品を残してくれた臼井さんに心からの感謝を捧げたい。どうか安らかにお眠りください。
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2009年09月06日

首相指名選挙で「白票」はないだろう

政治に対する関心は(今だけかもしれないけど)高いものの政界方面の常識が備わっていないためか、報道を見ていて意味や理由がよくわからないことが多い。たとえば、首相指名選挙 自民、白紙投票へ(各紙で報じているがソースはTOKYO Web)とか。何をしているのだこの人たちは。
 自民党は四日、特別国会の首相指名選挙への対応について、白紙投票で臨む方向で調整に入った。執行部は当初、麻生太郎首相に投票する方針を示していたが、衆院選敗北の責任がある首相への投票に党内で反対論が相次ぎ、方針変更した。(中略)政府高官は四日、首相指名選挙について「党内は白紙に傾きつつある。白紙から出直すということだ」と述べた。
 町村派など党内の一部には、首相指名選挙で新総裁名を投票できるよう、総裁選を特別国会前に前倒しするよう求める意見も出ていた。しかし、首相と党三役は二日の会談で、総裁選の前倒しは日程的に困難との認識で一致。首相は「白紙でも何でも党内がまとまる方法でやってくれればいい」と述べていた。
総理大臣を指名するのは国会議員の権利であり有権者から委託された義務であるはずだ。「んなこと言ったってどうせ鳩山由紀夫になるに決まってんだから」ということなのだろうが、選挙で生き残った人材の中で最適な選択肢を早急に提示できない政党に危機管理能力があるとはとても思えない。例によって反対論者として石破茂氏ぐらいの名前しか挙がっていない(ほかにもいるはずだろうに)のが、自民党の現状をよく表していると思う。マスゾエはどこに行った。

民意から壮絶にダメを出された麻生氏を今更首相には推せない、というのはわかる(著名ブロガー玄倉川さんは「麻生総裁の名を書くべし」と主張しておられるが、選挙結果をまったく省みないのはどうかと思う)。選挙中とは別の判断が早急に求められているのだ。
ここで憂国の弁を振るって自らに党の再生を委ねることを訴える議員のひとりやふたり出てこなくては、まったく先行きはおぼつかないと言わざるを得ない。民主党首班が成立した後に党総裁選をやったところで、どれほど気勢が上がることか。主役を張りたければ自分で舞台を造れ、と言いたい。何怒ってるんだ俺。

民主党の組閣騒動も何だかよくわからない。だいたいこの党にはご立派な「次の内閣」なる名簿があったはずではないか。党のサイトを見たら2009年5月19日付の「次の内閣」閣僚名簿があったので、なくならないうちに備忘録として貼っておく。
大 臣
ネクスト総理大臣鳩山 由紀夫
ネクスト副総理大臣小沢 一郎  菅 直人  輿石 東
ネクスト国務大臣岡田 克也
ネクスト官房長官直嶋 正行

大 臣副大臣
ネクスト総務大臣原口 一博黄川田 徹加藤 敏幸
ネクスト外務大臣鉢呂 吉雄武正 公一白 眞勲
ネクスト防衛大臣直嶋正行(兼務)山口 壯一川 保夫
ネクスト内閣府担当大臣松井 孝治泉 健太藤本 祐司
ネクスト財務大臣中川 正春松野 頼久大塚 耕平
ネクスト金融担当大臣(経済財政担当)大畠 章宏下条 みつ 大久保 勉
ネクスト厚生労働大臣藤村 修山井 和則中村 哲治
ネクスト年金担当大臣長妻 昭蓮 舫
ネクスト経済産業大臣増子 輝彦大島 敦藤原 正司
ネクスト法務大臣細川 律夫加藤 公一松野 信夫
ネクスト文部科学大臣小宮山 洋子牧 義夫鈴木 寛
ネクスト子ども・男女共同参画担当大臣神本 美恵子西村 智奈美島田 智哉子
ネクスト農林水産大臣筒井 信隆笹木 竜三高橋 千秋
ネクスト国土交通大臣長浜 博行後藤 斎室井 邦彦
ネクスト環境大臣岡崎 トミ子伴野 豊ツルネン マルテイ

ネクスト官房副長官長妻 昭(年金担当大臣兼務)    福山 哲郎
この方たちが政権奪取の暁にはそのまま大臣となってスムーズに山積する懸案処理に移行するものとばかり思っていたのだが、何か違ったんでしょうか。落選していれば仕方ないがそういう事情でもなさそうだし。
民主党に必要なのは、拙速を恐れず目まぐるしいぐらいに諸々の滞っていた案件を処理する能力であろう。もし方針が間違っていたらソッコーで直せばよい。ごめんで済めば警察イラネ、と言われるかもしれないが、国民が停滞よりも混乱をいとわず変化を望んだのが今回の選挙結果なのだ。政権を取ってから熟慮してどうする、と言いたい。この日が来ることを計算に入れてなかったのなら何をかいわんや。

ということで民主も自民もよくわからない理由でおたおたしてないでさっさと先に行け、選挙は終わった次は実践だ、という話でした。まどろっこしくて厭になる。

追記:
自民党内のいざこざからは距離を置き、きっちり議員としての仕事をしている人もいる。⇒衆議院議員 河野太郎発行メルマガ「ごまめの歯ぎしり」ブログ版 » 質問主意書
「民主党政権になったらまともな副大臣が来るだろうから、きちんと資料を整理しておく」のくだりに苦笑。えーと、前任者は誰だったかなっと。
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2009年08月29日

(選挙後の)自民党に期待する

総選挙の結果はどうやらこのまま民主党の圧勝で終わりそうだ。
自民党がjimin.jpドメイン内で展開している、ネガティブキャンペーンというよりはもはや公認怪文書(「怪」は出所不明の意味ではなく内容についてだ)とも言うべき悪口雑言の数々は、1955年以降ほぼすべての期間で日本の政治を担ってきたこの政党の断末魔を示すものとして末永く記憶とウェブ魚拓に残るだろう。
他方で民主党のラベルが貼ってあればそうとうめちゃくちゃな候補も議員バッジを獲得する状況にあるらしく、このへんは1989年、1993年、2005年あたりの選挙と何ら変わりはない。自民党にも石破茂のような真っ当な人間はいるので、彼らが引き続き国政に携われるよう、各選挙区の有権者の慧眼に期待するほかない。

改めて思うのは、明治維新との類似性だ。ビバ維新、ということではなく、一度「政権交代」の流れができたらとにもかくにも意義そっちのけで重心が一気に傾いてしまう付和雷同的国民性の変わらなさ、の方に関心がある。
歴史について専門に学んだわけでもない私が書くのも僭越だが、もともと尊皇攘夷を掲げて蜂起したはずの反幕府勢力が、列強との差の大きさや政治制度を学ぶにつれて当初の主張はどこへやら、とにかく形式的には大政奉還というかたちで政権奪取は貫通したものの理念的にはまるで違うかたちの結末を迎えたのが明治維新だったと思う。
93年総選挙も政策的には既存政党とどこがどう違うのかよくわからない新党ブームで一時は自民党が政権を失うところまで行ったが、今回のえじゃないか的民主党政権樹立(明日の夜の話だが)もその意味では同じだ。政策は選択肢ではない。マニフェストの詳細を取り上げて「だから民主党政権はとんでもない」と論ずる自民党のスタンスは、そもそも前提からして間違っている。誰もそんなもの読んでもないし気にしてもいないんだから。

93年は55年体制最後の切り札だった社会党カード(この政党は野党でありながら、最後まで総選挙で過半数を窺えるだけの候補者を立てることはなかった)を使うことでアンシャン・レジーム側が政権奪還に成功、さらに2001年にはこれまた禁じ手だった小泉純一郎の登用でさらに延命してきた自民党ではあったが、小泉内閣はまさしく人工心肺でしかなく、外したら機能が停止するだけの存在だった。というわけで2006年以降の自民党は政党としては事実上脳死状態で、個々の臓器だけが長らえていたのだろう。

まあそんなことはどうでもいい。
選挙後にこの党が「自民党」の看板を保つかどうかはわからないが、おそらく相当数の重鎮が落選するか、比例区で復活するにしても党内基盤の多くを手放し権力を喪失することになる代わりに、若手が台頭して精悍な保守主義を軸とした機能的政党に生まれ変わるならば、次回以降の選挙で必ずや国民に必要とされるであろう。
明治維新の主役は10代を含む若い志士たちだった。各地で誕生している30代市長は、今この国を覆う変革機運がもたらした以外の何ものでもない。本人は政治に直接かかわることに興味があるかどうか知らないが、切込隊長のようなイデオローグを中核に据えて若い世代の意見を中心に建て直しを図ることが急務だろう。まあだったら「自民党」でなくてもいいじゃん、ということになるのかもしれないが。

二大政党制は結局よく似た双子の鵺のような政党を現出させるだけで、あらゆる権益層に配慮しまくってばらまき合戦に勝った方が政権を獲得するということになるのかもしれない。だが、大敗して既存のしがらみから一度すっぱり切れた後の自民党だったら、あるいは別な展開もあり得るのではないか、と思う。
2ちゃんねるあたりに棲息している頭でっかちにイデオロギーを振り回す自宅警備の若者らに媚びを売る必要はないが、官僚であれ産業界であれ、老人の支配に飽き飽きしている若い世代に必要とされるような、そういう政党に生まれ変われるのであれば今回の大敗も決して無駄にはならないだろう。死亡宣告はまだだけど、自民党の復活に期待したい。
posted by NA at 14:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月24日

比例区は自公民以外に

新聞各社が次々「民主党300議席」を打ち出す中、BIGLOBEニュースに民主党 歴史的大勝で比例区候補が足りない!という記事が出ていた。元ソースは日刊ゲンダイ。
 たとえば北海道だ。民主党は12の小選挙区で全勝の勢いだ。となると、比例区で救われるのは単純比例候補だけになるが、民主党は4人しか名簿に登載していない。
「4年前は比例の獲得議席は3でしたが、今度は4議席が確実。もし5議席なんてなったら、候補が足りなくなります」(民主党関係者)
 前回総選挙では、大勝した自民党が東京ブロックで比例候補が足りなくなり、他党に“当選枠”を回した。それを教訓に、民主党は東京、南関東ブロックなどでは比例候補を十分用意している。だが、中国ブロックは1人だけ、九州ブロックも2人である。地方の方が民主党へのなだれ現象が起きているだけに、「候補が足りなくなった」なんて事態も大ありだ。
おめでたい話ではある。比例区候補ひとり当たり600万円の供託金を惜しんだばかりに当選をフイにするケースがあちこちで出てくるかもしれないとは。
まあどのみち民主党圧勝の勢いは変わらないのだろうから彼らにとっては些細な問題なのかもしれない。だが、小政党にしてみればその一議席は喉から手が出るほど(なんというホラーな比喩)ほしいに違いない。

ブログ「Munchener Brucke」のkechackさんが東京―社民党保坂展人は国会からさよならか!!というエントリーを書いておられた。民主党圧勝の勢いの陰で、社民党や新党日本は厳しい選挙戦を強いられているという。
 今回の新聞報道を見て、民主党が勝ちすぎてよくわからない比例単独候補を国会に送り込むより保坂展人や有田芳生を国会に送った方が役に立つと思って、民主党支持者の中でも比例は社民か新党日本に切り替えようという選択投票をする人も出てくるではあろうが、民主党は組織選挙ができない党なので、党本部の支持で戦略的票分けみたいのは難しい。
個人的に保坂展人の「かんぽの宿」売却問題の追及やネット規制反対の立場からの発信能力の高さはかねて高く評価していた。党派を超えて必要と思える数少ない議員のひとりだった。そして有田芳生が議員になって国政調査権を手にしたら、必ずや統一教会の日本での違法な活動を暴き出し自民、民主議員らとの癒着を白日の下に曝してくれるに違いない、と思っていた。
そうか、この二人ともだめなのか。東京の有権者でない私としてはただ残念としか言いようがない。

二大政党がいずれも過半数に届かない場合は、間を埋める中小の政党がキャスティングボートを握ることになる。2005年までの公明党はその好例で、党自体はごく一部の支持しか得ていなかったのに実力以上に様々な影響力を国政に行使して地域振興券を配り大臣を輩出したわけだが、今回はどうやらその心配はなさそうだ。社民党や新党日本が党として生き残るかはどうでもいい(社民党がどういう政党であるかは以前のエントリで党員の方から話をうかがってよくわかった)が、国会議員になれば数人分の活躍が期待できる彼らの前途を閉ざすのは、この国にとって損失であるとすら思う。

どこのブロックにせよ、有権者がもし変革を求めて民主党候補に投票するのであれば、比例区こそ人物本位で政党を選んでほしいと願ってやまない。具体的には自民、民主、公明以外で、議員たるにふさわしい人が上位に掲げられている政党の健闘を祈りたい。
何も考えずに投票した結果、名簿搭載候補不足で意図せぬ政党に議席が渡ってしまう失敗だけは避けたいものである。いや本当にもったいない。
posted by NA at 13:14| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月20日

懲罰としての総選挙

今度の総選挙で民主党が勝ってもそんなに驚きはない、つもりだったけど、さすがにてきとうなコメンテーター数人で作ってるような週刊誌でなくて新聞が書くとインパクトはある。asahi.comが「民主300議席うかがう勢い」という記事を配信していた。本当だろうか。公示日から選挙情勢調査やってたのか、というのも驚き。
 30日投開票の総選挙について、朝日新聞社は18、19の両日、全300小選挙区から統計的に選んだ150小選挙区の有権者を対象に電話調査を実施し、全国の取材網の情報も加えて選挙戦序盤の情勢を探った。その結果、(1)民主は単独で過半数(241)を大きく超え、300議席台をうかがう勢い(2)自民は選挙前議席(300)の半数に届かず、それよりさらに大きく後退する可能性(3)比例区では、公明、共産はほぼ前回並み、社民はやや苦戦――などの情勢がわかった
asahichart.jpg記事に付いているグラフを見ると民主党は明らかに310ぐらいまでがこゆめのグラデーションなのだが、記事では表現に若干手加減を加えたのだろうか。
他社調査の結果も見てみたい気がするが、まあ総選挙にしては異例の長い準備期間を経て民主党の不祥事もぼろぼろ出尽くして解散から最長の日程を組んだあげくのこの数字なのだから、これからそう大きく民意が動くとは考えづらい。このまま行っちゃうのかもなあ。

今回の選挙で興味深いのは「民主党支持ではないけど政権は交代してほしい」というスタンスの人が多いことだ。各種世論調査を見ていると、設問の都合もあろうが民主党に対していろいろ批判的な声はそれなりの割合であるものの、肝心の投票先になると自民よりも民主の方が圧倒的に多い。国民が一斉に政治的ツンデレになったのでなければ、これは明らかに「自民党に入れないための民主党支持」だ。
民意は自民党を罰することを望んでいる。その結果として行き先が民主党になっているだけだ。

なぜ自民党が罰せられなければならないのか定かではないが、私見ではその理由は景気回復失敗や雇用や外交や環境といった個別のイシューに因るものではなく、もう単純に「期待を裏切った」ことに尽きると思う。
2005年に我々は日本がかつてなかった日本に変わるのではないか、と期待してちょちょっと自民党によろめいて爆勝させてしまった。しかし4年経った今、事態は何ひとつ改善されていない。小泉純一郎という稀代の山師(前にも使ったような気がする)に騙されたのだ。ふざけるな。自民党に天罰を下さねばならぬ。お灸だお仕置きだスパンキングだ三角木馬だ。とまあだいたいそういうふうにお考えの方が少なくないのではなかろうか。懲罰の方法はともかく。

冷静に考えれば、郵政民営化で日本の財政運営から官僚機構から何からすべて変わると思うこと自体が明らかな錯覚だったわけで、針小棒大トリックを信じてあり得ない夢を見た側にも責任はあるのだが、それでも騙され感が減るわけではない。
しかるにその責任者は大勝利からわずか一年でその任を離れ(そりゃまあ、できもしない夢を見させたんだから逃げるよなあ)、後継者に祭り上げられた勘違い坊主は自分の手柄でもないのに相応の地位と勘違いして尊大に振る舞ったあげく高転びしてわずか一年でぽんぽん壊して辞めてしまい、次には何か地味な人が来て(個人的には嫌いではなかったが)よくわからないうちにこれも一年で辞めてしまい、それでやってきたのがおよそ小泉改革とは関係ない麻生首相で、政策的にも何が何だかぜんぜんわからない迷走に拍車がかかって大臣の首ばかり宙を舞う。
もうこれは、経緯はともあれ「すまん、前の前の前の人との約束がどっか行っちゃって本当に悪かった」と謝るしかない、と思うのが世間の常識ではなかろうか。

なのにこの財閥のぼんぼんといえば、この期に及んで「自分はぶれない」とか胸を張って、街頭で口汚く民主党を罵るばかりなのである。それより前にすることがあるだろうが、とテレビで見るほどに思う。小泉元首相ほどの人転がしのテクニックがあるわけでもなし、人員削減とコストカットとトヨタ優遇税制で押し上げられたGDPに特段の意味があるわけでもないと誰もが感じているところで尊大に振る舞って見せても、票は減りこそすれ決して帰ってはこない。別にマニフェストがいいから民主党に支持が集まっているわけではない。自民党自身が問題視されているのだ。

朝日の調査結果だけで即断してはいけないだろうが、もし本当に壊滅的敗北が目前に迫っているのであれば、心ある自民党(前)議員らがやるべきことはひとつしかない。親分麻生に改心を迫って有権者に詫び土下座戦略で少しでも損害を減らす方向に転換するか、あるいは下克上かだ。今更首相を辞めさせる方法はなくとも、自民党総裁をクビにすることはできるのではないか。そして選挙後の首班を今からでもいいから指名し直すのだ。
民主党が本当に300議席超を獲得したら、自民党議員らは間違いなく四年間干乾しにされるだろう。万年野党ならまだしも、与党から野党に転落しての四年間は長い。「次の選挙を待つ」ことを正当化して負け数を増やして悦に入っている麻生首相をこれ以上その座に置いたままでいいのだろうか。前途ある自民党議員よ蜂起せよ。
posted by NA at 05:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月20日

なぜ公明党と戦わないのか


結局日和ったか小沢一郎、と思わせる結末。NIKKEI NETから小沢氏は東京12区に国替えせず 民主、独自候補擁立へを参照。
 民主党は21日に決まった衆院解散を「政権交代解散」(鳩山由紀夫代表)と銘打ち、8月30日の投開票日に向けて一気にアクセルを踏む。小沢一郎代表代行は17日夜、都内のホテルで岩手4区からの「国替え」が取りざたされる東京12区の関係者らと対応を協議。近く独自候補を擁立し、自らは同選挙区に転出しない考えを明らかにした。
 東京12区は太田昭宏公明党代表の選挙区で、自公政権との対決の象徴として取りざたされてきた。小沢氏は17日の協議で「全国の選挙区に影響を与える重要な選挙区だ。勝てる候補で、親しい人を立てる。一任してほしい」などと力説。来週中に記者会見し、候補者を発表する方針だ。
代わりに鳩山由紀夫が出るのならまだしも、まあぽっと出の元秘書か民放キャスター崩れあたりに振られるのがオチとみた(せめて30代のましな候補にしてほしいものだ)。ネットには出ていないが、朝日の朝刊では「将来の公明党との連携の可能性」が国替え取り止めの理由に挙げられていた。
民主党中心の政権に公明党が参加する頃、冬柴鉄三がいる兵庫8区に切り込んで返り討ちに遭った田中康夫とその一派はあっさり切り捨てられるのだろう。かくして公明党は引き続きキャスティング・ボートを握ることになる。めでたしめでたし。

昨年書いたエントリ(もう八ヶ月も前になるのかあ)で「まあ実際のところ民主党とはそういう大胆な賭けに出る党ではないよな、いろいろな立場の利害が絡んで身動き取れないだろうなあ、とわたくしは見くびっている」とずいぶんえらそうに挑発して見せたが、果たして読みどおりの顛末となった。相手のある勝負事であれば、優勢を意識して守りに入るような緩手を打った側は必ず痛い目に遭うのが常だが、はてさて。
思うところは前回書き尽くしたので繰り返さないが、今回民主党がたとえ自民を制して第一党になったところで、所詮公明込みでの過半数で政権を維持しようという腹ならば大して長持ちすることはなかろう。麻生首相、以て瞑すべし。

「繰り返さない」と書いていながら繰り返しになるが、麻生首相最後の賭けとして自公連立を解消するのがこの際の最善手ではないか、と改めて思う。おそらく小沢一郎の今回の決定の背後には、民主と公明の間で密約とまでは言わないにしても何らの意が通じていることはまず間違いないからだ。自民党と民主党の候補が大接戦を演じている選挙区で、本来自民を支援すべき学会票に多少手心を加える、ということは往々にしてありそうな話だと思う。
裏切るかもしれない味方はもはや味方ではない。このまま支持率低下のバンジージャンプに挑み続けるのも傍目には面白いので悪くはないが、最後にひとつだけ「ぶれない」ところを見せておいた方が「次」の首相の目を残すためにも必要ではないか、と愚考する次第。安倍某とは違うところをきっちり示しておくべきではなかろうか。以上文中敬称略でした。
posted by NA at 09:51| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

麻生政権末期の風景

多分に朝日新聞バイアスが入っている記事だとは思うが、読んでいてうら悲しいものを感じた。ウケてるかな?総選挙にらみ懸命演説 首相の都議選行脚より。
 「妊産婦健診は14回無料!」「出産一時金は4万円値上げ!」。テレビのショッピング番組よろしく語っているのは、麻生首相だ。東京都議選の応援演説で、「負けると極めて深刻な事態」と懸命な行脚が続く。
 平日は公務が終わった夜、休日は昼間から一気に7、8カ所。都議選告示までに自民公認の立候補予定者全58陣営を回る算段で、既に47陣営を済ませた。「都議選に負けると極めて深刻な事態」と自ら認める通り、総選挙に向けて背水の陣だが、では何を語っているのか。
 首相は通常、沿道の人たちと笑顔で握手しながら事務所に入る。5〜10分程度の応援演説では「これ一本に絞って8カ月やらせて頂いた」とまず景気対策をPR。12日、練馬区の事務所では定額給付金への感謝の手紙を披露し、「休日は高速道路、どこまで行っても千円」。さらに「いま子どもが産まれないっていうのは大変な騒ぎ。妊産婦の健診は無料にします。14回無料!」と訴えると「オーッ」という歓声と拍手が起きた。
 畳みかけるように「出産すると一時金が来るんですが、これは4万円値上げして42万円!」。エコカー購入者への政府支援が始まった翌20日には「エコの車を買えば25万円。25万だぜ?」。テレビのショッピング番組のようだ。
 笑いを取ることにも腐心。定番は第一声で「今日初めて、生で麻生太郎のツラ見た人?」。聴衆から手が挙がると、「テレビで見るよりいいと思った人? お母さん、見る目ある。まだ眼鏡替えなくても大丈夫よ」。
 失言は周辺が心配していたほどではなく、「今回は必ず惜敗を期して」と必勝と言い間違えて失笑を買う程度で済んでいる。
本当は金の話以外も少しはしているのだろうが、現場の受け止め方としてはおそらくこんな感じなのだろう。麻生首相本人もきっと忸怩たる思いで、あるいはやけっぱちになってバラ撒き政策を喧伝しているに違いない。

定額給付金についても、たとえば最新の産経FNN世論調査では評価する人が37.6%(評価しない人が58.4%)にとどまるなど、配ってはみたもののありがたみを感じてくれる人は少ない結果に終わったようだ。一時的に椀飯振る舞いをしても、既に増税された分の一部の返納、もしくは後年度の負担増で返す羽目になることを多くの人が感づいているのだと思う。
国政の抱える多くの問題は麻生政権誕生以前から持ち越されたものではあるが、国の最高責任者としてとりあえず形ばかりにしても対応しなければならない不運は同情に値する。ともすれば傲慢にも見える麻生氏のキャラは、国の勢いがよかったときにはそれなりに頼もしく映ったかもしれないが、このご時世ではまったく逆効果でしかない。

東京都の有権者にしてみれば、都議選は参院選以上に無責任な投票が許される選挙なので(おそらく身近な政策課題の解決は市区の選挙にお任せ)、付和雷同な都民の性格からして自民党と公明党には相当厳しい結果になるだろう。そうなった方が面白いからだ。
となれば、総選挙前の麻生退陣も現実のものとして視野に入るだろう。

個人的には、自民党が次の総選挙で勝つ道はふたつしかないとみている(そう願っているわけではない)。前者は、入閣などと生ぬるいことを言わず、橋下大阪府知事を衆院候補者として立て、当選した暁には橋下氏を首班に政権樹立することを公約する方法。公示前に小池外相や東国原総務相(が別にいいとは思っていないが)など、大胆な人事の次期内閣リストを前面に出して選挙に臨む。つまり、今の自民党を全否定して戦うほかないと思う。
目玉はいろいろありそうだ。村上春樹文科相、なんて本人が受けるわけないか。ガザに行くより100倍ハードル高いぞ。ならば青色LEDの中村修二さんでどうか。当然勝間和代も経済関連ポストで入閣するのだ。あ、でも田母神防衛相だけは勘弁してくれ後生だから。
かつては社会党から首相を立てた連立政権を組むなど、打つ手を選ばず政権維持に腐心した自民党なので、これぐらいの芸当はあり得るかもしれない。もっとも、さすがに自民党本体の解体を伴う博打ともなれば党内分裂は必至だ。患者が自分で手足を切断する手術をするみたいなものだし。しばらく乱世が続くことになろう。
ふたつと言っていながら、もうひとつを書き忘れるところだった。北朝鮮への宣戦布告である。もちろんそれを願っているわけではない。以下略。

妄想はともかく、今の自民党では誰が首相を務めたところでさほどの支持浮上は見込めないことは確かだ。麻生首相の悲しいバラ撒き行脚はいつまで続くのだろうか。都議選どまりか。
posted by NA at 10:39| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月16日

民主党代表選の行方

小沢一郎(以下全部敬称略)の辞任を受けた民主党代表選は、早くもきょう行われるらしい。急すぎる。せっかく代表選にかこつけて全国ニュースの枠を独占する機会だったのに何考えてるんだ民主党は。
で、asahi.comによると鳩山由紀夫が優勢なんだとか。マジかよ。
 民主党代表選に出馬する鳩山由紀夫幹事長(62)と岡田克也副代表(55)は15日、日本記者クラブ主催の公開討論で、内政・外交政策や党運営の方針をアピールした。16日の両院議員総会で、同党の国会議員による投票で新代表が選ばれる。朝日新聞の情勢分析では、鳩山氏が優位な状況となっている。
 16日午後の両院議員総会で両候補がスピーチとディベート(討論)をした後、同党の国会議員221人(衆院112人、参院109人)が投票を行って選出される。
 朝日新聞が議員への個別取材などをもとに情勢分析したところ、鳩山氏が自らのグループ(約30人)や小沢氏の支持グループ(約50人)を中心に幅広く支持を固め、過半数をうかがう勢いだ。
 岡田氏は前原誠司副代表のグループ(約20人)や野田佳彦広報委員長のグループ(同)の大勢を固め、菅直人代表代行のグループ(約20人)、旧民社党(約25人)、旧社会党(約20人)の両グループにも食い込んでいる。
 しかし、鳩山氏は、小沢代表の影響力が強い参院で大きく差をつけており、岡田氏は参院や態度を決めていない中間層に照準を合わせ、懸命に追い上げている。組織的な締め付けを嫌って態度をあいまいにしたり、16日のスピーチを聴いて判断したりする議員がまだ数十人おり、両陣営が争奪戦を展開している。
政策はどっちつかずで議員の顔ぶれも玉石混淆ではあるが、少なくとも政権交代可能な政党である限りにおいて民主党は支持に値すると思っていた。しかしいい加減見切りをつけた方がいいかも、という気がする。本当に鳩山代表で次の総選挙に勝てると思っているのか。

小沢側近だったからどうとかではない。鳩山由紀夫個人に恨みがあるわけではないが、文京区に豪邸を構える彼が政治エリートの一族の御曹司であり、いわゆる格差社会の頂点に位置することの意味を軽く考えてはいけない。代表に選ばれた場合、発言とは別に「選挙の顔」としての彼がどのようなメッセージを放射するかを考慮すれば、その選択はあり得ないだろう、と思うのだが。

一人区がもっぱら地方に存在する参院選においては、都市部に多い無党派層を狙ったイメージ選挙よりも組織中心の選挙運動の方がより有効かもしれない。2007年の参院選で民主党が圧勝した要因のひとつがそこにあったことは事実だと思う(安倍政権が自ら墓穴を掘ったのも大きいが)。だが、衆院選は1票の価値が均されている分、都市部の意向がより強く反映される制度になっている。民主党の参院議員らはそこをわきまえているのだろうか。

民主党が今年政権を奪取し損ねたら、おそらく来年の参院選では自民党に相応の揺り戻しがあるだろう。2007年の負け分を相当程度取り戻すに違いない。2013年にも民主党(存在しているとして)は参院での議席をかなり手放すことになるだろうから、この先7年にわたって安定多数を握っての政権交代はあり得ないことになる。やれやれ。民主党議員らは今夕、そういう決断に関与するのだ。わかってるだろうけど。

ともあれ今日の夕方の結果に注目。
posted by NA at 11:09| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月12日

小沢民主党代表、ようやく辞任

何の工夫もないタイトルしか思いつかなかったのは、今更感が強かったためだ。この二ヶ月の空転は、民主党の危機管理能力に大きな疑問を抱かせるに十分だった。いったい何だったんだろう。

西松建設献金問題は大山鳴動して何とやらで、毎日新聞が飛ばしていた「二階立件」も結局行われないまま尻すぼみで終わりそうである。検察の捜査が恣意的であった可能性は少なくないだろう。いっぱい路駐しているのに何で俺の車だけ駐禁切符を切られるんだ、という憤りを一億倍ぐらいしたら小沢氏の心境に近くなるだろうか。秘書かわいそうすぎ。
全国の検事を招集しながら大した成果を上げられず費用対効果では明らかに失敗だった東京地検特捜部、その尻馬に乗ってあやしげなスクープを一面やニュース番組冒頭で連発していた各マスコミもそれぞれ評価を大きく下げたことは間違いない。検察のリークならば何を書いたってオッケーオッケー、という風潮は裁判員制度導入後も続くのだろうか。

だが特捜部の思惑がどうであれ、一連の捜査は小沢氏が宰相の器にふさわしいかどうか、という問いとして世間に受け止められ、それに対する答えが小沢評価の暴落とそのおまけとしての麻生内閣の支持率微回復だった。その意味で、党首討論の予定を入れておきながら直前で辞任するというちぐはぐさはこの見解を小沢氏自らが追認したものと受け止められても仕方ないだろう。
あるいは三月の時点で一度素早く身を引き事件対応に専念していれば、どうして小沢もなかなか機敏ではないか、と評価を挽回する道に繋がったかもしれない。本人は必要なタイミングに必要なステートメントを発表し説明責任には十分意を尽くしてきた、との思いがあるようだが、残念ながらそれでは公に対してのアピールとしては不十分なのだ。マスコミを敵に回して反論することの困難さはわかるが(意見広告をテレビでばんばん打てる米国はいいな、と思う)、小泉後の宰相に求められているのがまさしくその才覚、ワンフレーズで局面を打開する表現力なのだと思う。性格のいい田中康夫がどこかにいないものか。

ともあれ小沢一郎は表舞台から去り、誰が次の民主党代表になるにせよ、総選挙は今すぐ解散か首相のすげ替えでもしない限りは自民党の記録的な敗北となる可能性が強まった。高速料金のおまけと定額給付金の助けもあって若干持ち直した麻生内閣支持率は再び下降線を辿るだろう。豚インフルエンザの封じ込めに失敗すればなおさらだ。
好きな方はお好きなのだろうが、首相会見や国会などでの麻生太郎の相手を見下した傲岸な受け答えは見ているだけでうんざりしてくる。見なければいいのだが。あるいは舞台上の漫才師に馬鹿にされて喜ぶ観客みたいなものか。虚仮にされているのは客ひとりひとりなのに。

ただでさえ気が滅入るニュースだらけの昨今、希望を抱かせる言動とルックス(これ大事)を持ち合わせた首相の登場は切望されていると思う。米国で「Change」を旗印にオバマ大統領が誕生した最大の理由はそこにあった。そういうキャラクターが今の日本の政界にいるのか、と問われても困るが、少なくとも人前ではえらそうに振る舞うのが仕事だと勘違いしている輩、自分の意見を相手に丁寧にわからせる努力を怠っている輩の出番がないことだけは確かだ。
posted by NA at 05:42| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(1) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月25日

草g剛は早く治療を受けるべきだ

昨日は同情的なことを書いたわけだが、記者会見の一問一答を読んでいて別の考えが浮かんだ。
草g君はアル中ではなかろうか。日常生活に支障をきたすレベルにはまだ達していないだろうが、かなりアルコール依存の度合いは深刻とみた。
 ――いつもどのくらいお酒を飲むんですか?
 草なぎ(以下同じ)「はい、あの、たくさん飲むんですが、どのくらいというのは決めていない。すぐ終わるときもあるし、自分が分からないぐらい飲むこともあります」
 ――いつもどのくらいの量を飲んでいた?
 「撮影が入ると飲まないときもありますし、先ほど申し上げたんですが、一杯で終わるときもあるし、何杯飲んだかわからないときもある」
(asahi.comの「飲んで脱ぐこと、初めてだった」 草なぎさん一問一答より。そういえばもう「容疑者」呼称が取れてるな)
アルコール中毒によって心神喪失状態に陥ることが一度ならずあったことを窺わせる問答だ。若いと思っていたが彼はもう34歳、深酒によって脳や内臓にダメージが蓄積されていてもおかしくはない。体調に任せて適量を理解せずに飲んでいることも受け答えから想像できる。asahi.comの見出しとは裏腹に、香取慎吾とパンツ一丁になって大騒ぎしたこともあるらしいので、このままだとさらに言動がエスカレートする可能性も考えられよう。
冗談じゃなしに結構やばい状態にあるのではなかろうか。本人もその徴候を感じていたらしいことも触れられている。
 ――いつかは気を付けないとという気持ちはあった?
 「ありました」
 ――メンバーから注意されたことは?
 「ありました。飲み過ぎるので、やっぱり体にも良くないし、たぶん今日みたいな事件をメンバーは前から考えてくれていたと思うんですけど、それをぼくがもっときちんと受け止められなかったことを反省しています」
復帰後にまたビールなどのCMに出る可能性も想定してか
僕がもっと成長して、大人になって、友だちや親友と食事をしているときにお酒を飲むと楽しい話もできるので、大人として、お酒が飲める日が来ると、おいしい酒が飲めるとおもいます
などとぬるいことを言ってもいるが、これを機会に健康状態を正確に把握して断酒しないと、芸能生命はおろか本人の健康すら危うくなるおそれもあると思う。
トップスターがアルコール中毒であることをカミングアウトして医療施設にかかれば、とかく酒の上の失敗には寛大な日本社会に対しても非常に大きなアピールになるだろう。彼が売り物の「真面目」「清潔」イメージを取り戻すにはそれが一番と思う。
posted by NA at 09:55| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月24日

別にいいじゃん

もちろん褒められたことではないけど、酒だけの問題ならば若者にはよくありがちな愚行ではないか、と。NIKKEI NETの記事を参照。
 東京都港区の公園で裸になったとして、警視庁赤坂署は23日、人気グループSMAPのメンバー、草なぎ剛容疑者(34)=同区=を公然わいせつ容疑で現行犯逮捕した。当時かなり酒に酔った状態だったという。
 同署は23日午後、自宅を家宅捜索したが、押収物はなかった。24日送検する。
 逮捕容疑は同日午前3時ごろ、港区の檜町公園で全裸になった疑い。同署によると、同容疑者は「全裸になったことは反省している。何で裸になったかは覚えていない」と供述している。(22:42)
普通ただの酔っ払いを保護した後にいちいち家宅捜索はしてないだろうから、おそらくおくすり服用を疑ったのではないか、と思う(だとしたら初動遅すぎだけど)。とりあえず薬は関係ないものとして話を進める。

で、事件が発覚するや否や、彼の出演番組差し替えるわCM降ろすわの大騒ぎぶり。深夜に公園周辺の住民を奇声で起こしたのは確かに迷惑ではあるが、閑静な住宅街ならともかく東京ミッドタウン周辺なんだから多少のハプニングはあってもおかしくなかろう(暴論)。それが厭ならばもっと地価の低い所で暮らせばよろしい。
日頃お茶の間(死語)に親しまれている芸能人草g剛のイメージとは大きく違う行動であるが、花見や宴会で裸踊りをしている馬鹿共が全員捕まってその上警察署前で移送途中に晒し者にされているかというと決してそんなことはないのであって、トラ箱に抛り込んで半日たったら白湯でも飲まして追い返せばいいぐらいの、およそ事件とは言えないレベルの出来事ではなかろうか。

酒というのは無理矢理飲まされたりする分には結構迷惑な代物で、飲まなければコミュニケートできないと信じ込んでいる愚か者どもが最近減ってきているのは慶賀すべきことだと思う。地位をかさに無理矢理飲みに誘ったあげくさっさと酔って絡んで説教するたわけ上司にはうんざりである。こういうやつらが犯罪者として挙げられるのには反対しない(どんな罪になるのかしらんけど)。ましてや飲酒運転などもってのほかである。
でも草gはとりあえずひとりで徒歩で泥酔していたらしい。直前まで一緒にいた女にでも振られたのか。まそれはどうでもいい。げろを吐いていたかどうかはざっと見た報道ではわからなかったが、げろ無しならば当面の問題は騒音と露出したちんちんだけではないのか。別に仕事中に醜態を晒したわけでもない。

ジャニーズ事務所は嫌いだが、それ以上にミスの許されない無菌社会はもっと厭だ。裸の兄ちゃんひとりが公園で酔ってくだを巻いていたところで社会にどれほどの危険があろう。草gが遠からず復帰して裸ネタで笑いを取ることを期待したい。
ラベル:草g剛 泥酔
posted by NA at 07:34| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(1) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月11日

漆間官房副長官を取材していた記者たちは全員腹を切れ

題名は比喩表現なので間違っても自殺教唆で告発したりしないでください。> 読者各位

なんか変な方向に転がっている西松建設違法献金問題だが、漆間官房副長官のオフレコ懇談での発言を巡る迷走ぶりはこの国のメディアと権力の関わり方を如実に映し出していて興味深い。とえらそうにコメントしてる場合ではない。以下のやりとりを読んでひたすら呆れるほかなかった。なにこれ。
出典はasahi.comの漆間氏「記憶では、言ってない」〈記者会見やりとり〉。他社サイトにも同様の内容は出ている。強調タグは引用の際に付けた。
 漆間巌官房副長官が九日、自らのオフレコ発言について首相官邸で行った記者会見のやりとりは以下の通り(質問は一部要約しています)。

 ――今日の国会答弁で、漆間官房副長官は「特定の政党、特定の政党の議員について、検察の捜査が及ぶか及ばないか、それについて申し上げた記憶はない」と発言されました。この発言の趣旨ですが、自民党と、特定の政党に言及して発言はしていないということでしょうか。
 「これもまさに記憶を再現したわけでありまして、私の記憶と、それから同席していた三人の秘書官の記憶とつきあわせた結果、そういう発言は私はしたことがないという、そういう記憶になったので、そういう風にお答えしているわけです」
 ――ご自身の記憶では言ったつもりはないけれども、言ったか、言わなかったかは、断言できないという意味でしょうか。
 「それは私自身は、あの、本当に記憶が正しいかどうか、私、メモ取っているわけではありませんし、それからもちろん、当然、録音とかしているわけではありませんから、だから、私は私だけの記憶じゃなくて、同席していたものの記憶もあわせて、どういう風に話したかということを言えば、そうなる話でありまして、もし私の記憶に誤りがあれば、それは違うのかも知れません。ただし、それは他の秘書官とも、そこの部分は一致しておる部分でありましたので、それをお話ししたと。それはあとは、まさにそれを聞いた皆様方が、どう受け止められたかというご範疇の問題になるのではないかということであります」
 ――当日の懇談には私も参加しておりましたが、私がその場で官房副長官に「この捜査が自民党に及ぶようなことは、あるいは閣内に及ぶようなことはないでしょうか」という風に質問したと記憶してます。それに対して、官房副長官、どのようにお答えになったか、記憶にある範囲で、もう一度再現していただけないでしょうか。
 「私は確かに、ご質問を受けたってのは覚えておるんです。そのときに、ご質問の中に、請求書があった場合にはどうなるんですか、という風に私は受け止めたんで、従って請求書があるというのは一つの傍証にはなるとは思いますけど、それだけで立件することは不可能ではないでしょうかという趣旨の、私は発言をしたと記憶していますけれども」
 ――それは多分、後段の他社さんの記者から重ねてあった質問だと思うのですが、冒頭部分で私が今申し上げているような質問をしたと思うのですが。
 「冒頭部分であったか、そのかなり前のところで質問があったというのは記憶があります」
 ――その時に、請求書うんぬんという話ではなくて、自民党に及ぶことはあるかないかという質問だったと思いますが。
 「それは、私は全然そういう問いがあったという記憶がないんです。私は請求書という話があったという風に記憶してますんで、請求書がある場合にはどうなるんですかという質問だと思って、私はそれを、先ほどお答えしたような言い方で申し上げたという記憶なんですが」
 ――私が冒頭、質問をしたということはご記憶にあるということなんですが、私はその請求書の部分というのは、その段階では要因としてあげていないと思うんですが。
 「ああ、そうですか。それはどんな質問をなされたんですか」
 ――私が今申し上げた通り、もうちょっと詳しく言うと、山口首相補佐官なんかから報告を受けられましたかとお尋ね申し上げて……。
 「それは私は受けてます、はい、はい」
 ――その後、しばらくのやりとりの中で、自民党、もしくは閣内に及ぶことはないかという質問をしたと記憶しています。
 「ああ、そうなんですか。それは残念ながら、そこのところの記憶はまったくございません」
 ――三人の秘書官も含めて記憶を総ざらいする限りでは、そういった発言はないだろうということなんですけれども。
 「はい、はい。だから私はそういう風なことで、私もメモも何にもないので、まあ、当時いた人間とつきあわせた結果の私の記憶で、これまたお話ししたということなんです」
 ――私も含めて多数の社が自民党に捜査が及ぶことはないだろうとの見通しを述べられたと集約されるような受け止めをしているんですが、三人の秘書官よりもっと多い二十人とか。
 「それは、それは国会の場でも申し上げておりますけれども、それをどう受け取るのかは、それは私自身が判断する話ではありませんので、それは皆さん方も、あそこではメモ取らずに、後でそれぞれの記憶に基づいて再現されてメモをつくられたんだろうと思いますから、その記憶が皆さん方の方が正しいのか、あるいは、私の記憶が正しいのか、ということになってしまうんだろうと思います」
 ――事実上、自民党に捜査が及ばないというふうに多数の人間が受け止める蓋然性があるご発言をなさったことはお認めになる。
 「だから、私がもしそういう風なことで、皆さんに受け止められるとすると、私が認識しているのは領収書が、領収書があるかどうかってことが、あの、立証上の問題ということできたときに、あの、領収書が、すみません、請求書の話です。請求書がある場合にはどうですか、と聞かれたときに、請求書があるということだけ、それは傍証にはなるけれども、それをもって立件するということは、立件することができるというのは疑問であるというふうに答えたと。その辺のところをとらえて皆さんが、それは元々請求書がないようなケースがあったかも知れませんので、それは政党の話をしていると受け止められたのかなという意識は後になってあるんですけど、ただ、私は直接、政党名をあげて聞かれたという記憶はないので、そこのところはだから、特定の政党の議員に対して、捜査が及ぶところがないとか、そういうことを申し上げた記憶はないというふうに言っているわけですけれども」
 ――そういう意味でいうと、報道が誤ったという認識でおられる。
 「いや、それはまさに、報道の皆さんの記憶の問題と私の記憶の問題がどちらが正しいかということだろうと思います。ええ」
 ―― 一般論を述べたとおっしゃいましたけれども、仮に一般論であっても、今の立場で、捜査に関して言及すれば、何らか検察の捜査情報を得ているのではないか、あるいは、発言することによって、捜査に介入する、圧力をかけると受けとられるという見方もあると思うが、そういったことについては。
 「それは国会でも、もちろん言いましたけれども、私は検察の捜査についてコメントできる立場ではないと、そこで終わらせておけばよかったと思っているんですが、そうでなくて、私も昔、捜査に携わったことがあったので、いろんな説明を加えたと。そこの部分に、皆さんが認識する点で誤りを生じさせるようなことを起こさせてしまったので、私としてはそこの部分、余計なことを言ったということが大変申し訳ないことをしたという認識ではおります」
 ――今回の国会のやりとりをうけて、民主党からは漆間官房副長官の辞任要求について必要に応じて出てくる可能性があるという言及もあったのですが、ご自身の進退についてはどのように。
 「それは、私は任命権者が私にやろうというなら、それは従うつもりでございます」
 ――現時点で不適切だったというのは、検察捜査についてコメントを一般論とはいえしなければよかったと、その部分だけ。
 「今から考えますと、一般論であっても、あの非常に微妙な時期の懇談ですので、あの場で、一般論であってもしゃべるということが果たして、適正なものであったかと言われれば、私としてはそれはそういうことは言わない方がよかったという意味の反省は今、現在持っております」
 ――反省した、国会の場で申し訳ないというのは、言及したということでしょうか。
 「だから、私としては、私の本意でない形で最初に報道が出たものですから、それで記者の皆さんがどう受け止められたのかなということは感じたわけですけど、いずれにしても、基本的に私の真意が伝わらない形で報道されたということが、多くの皆さんにご迷惑をかけたから、それは申し訳ないという気持ちでおりますし、同時にやはり、一般論といえどもですね、捜査に関して話をするということは、基本的にはあの場では適当ではなかったんだなということで、やはりそこは検察の捜査についてコメントする立場にないので、コメントを控えたいということで止めておけばよかったなという意識では現在おりますということです」
 ――もう一度確認ですが、これまでの国会の答弁で、特定の政党のことを言った覚えはないと言っているが、これは漆間副長官も秘書官のお三方も、「自民党」という言葉は使ったことはないと。
 「ええ、私はそういう風に」
 ――そういうことですね。
 「はい」
 ――それで、先ほど他の報道機関の方の質問にあったが、自民党という言葉があったかどうかということに関しても、そちらの秘書官も含めて、なかったということでよろしいか。
 「私の感じでは、自民党ということについて私が答えたことがあったかということについては、そういうことは記憶していないという話だったんで、少なくとも自民党という言葉が出たという風には私は記憶していないと総合して答えたと」
 ――それは秘書官の方もまったく同じか。
 「そう私は思っていますが」
 ――ということは、質問の側にも答弁の側にも自民党という言葉は一切ないということになる。
 「ええ、私はそういう風に考えてます。私がどういう風に答えるかということについては、秘書官にも具体的に見せていますし、それでその結果について、秘書官から異存がないという話を聞いていますんで」
 ――そうすると、まったくない自民党という言葉が今回の報道では勝手に独り歩きしたと。
 「いや、それはまさに私の記憶間違いか、あるいは、立ち会っていた人の記憶にもなかったことなのか、ここがまったく根拠になるものがありませんので、何が間違いだとかということには、私は言及はできないと思っています」
 ――記憶の方の仕方は一人ひとり違うと思うのですが、秘書官の方三人と漆間官房副長官の間で差異はなかったんですか。まったく同じで、自民党とは出ていない。
 「いや、まったくというか、私はこういう風に答弁したんだけれども、答弁したというか、発言したんだけれどもということについて、それでどうだという意見は聞きました。それについては基本的に異存はないという話だったので、そういうことで、私の記憶はこういうことですということで、今日の国会でもご答弁したというわけであります」
 ――懇談の場で、自民党という言葉は脇においておいても、「及ぶ」あるいは「波及する」というようなことをおっしゃったことはご記憶にないのでしょうか。
 「及ぶとか何とかっていうことを、私が言ったのかどうか、まあ、そこまで気にしませんけれども、私自身が直接申し上げたのは、先ほど国会で言った部分だと思っておりますので、元々、自民党とかそういう風な意識は私の中にはなくて、むしろ請求書があるかないかというようなことが、ちょっと議論になったなという、その部分は私の記憶の中には鮮明に残っているんですけれども。だから、一部記事の中に、請求書がないから向こうに行かないんだというような記事が出ていたんで、しかし、それは私は言ったのは、請求書があっても立件することは難しいんじゃないですかという趣旨でしゃべってますから、だから、請求書がないから行かないという報道もあったので、それもあれ? と思ったんですけれども、ただ、私がそういうことを言ったという記憶はございませんけど」
 首相官邸報道室「途中で失礼します。質問はまだあると思いますんで、残りの質問は後で続けさせていただきますので、国会が早くなっておりますのでいったんここで副長官が……」
 ――すみません官房副長官。記者団の間では細かな言葉遣いは別として、自民党に波及しない趣旨の発言をしたということは一致した認識を持っているんですが、官房副長官が自民党という言葉を使ったかどうかは別として、官房副長官がそういう趣旨の発言をされたかどうかというのはどうでしょうか。
 「だから、それは私の記憶にはないと言ってますんで。それをどういう風に判断されたかが、それは記者の皆様のまさに自由な判断で、それを私がどうのこうのするという話ではないだろうと、こういうことです」
 ――確認なんですが、記憶にないということは、発言は出された可能性は否定できないということでよろしいんですか。
 「私の記憶が間違っていればそれはそうなんですね。皆さん方の記憶の方が正しければ、そうなんです」

 (漆間氏が国会出席のため中断。再開後)

 ――先ほどのやりとりの焦点になっていたのは、懇談において「自民党に及ぶのではないか」という質問に対する答えがどうであったかということだったと思うが、官房副長官は、質問の中にあったと記者側が思っている「自民党」という三文字の意識はなかった、という認識なのでしょうか。
 「記憶がないんですよ」
 ――その代わりに傍証の一つであった請求書という言葉はあったと思っているのですか。
 「そうなんです。私は請求書は、基本的には傍証の一つになるだろうけど、それをもって、立件するということは、立件できるということは疑問だと思いますよ。という風にお答えしたんですけど、どこかの新聞で、私が領収書はないので、自民党に及ぶ(及ばないの誤り?)という趣旨の記事が出ていましたので、そこをとらえて、そういう風にご理解されたのかな、と思ったというのが、私の正直な感想でありまして、確かに領収書については、私の頭の中に残っているんですけど、全体として一般論として、うかがってますから、その中で、特定の党の話が出たという記憶は私にはないです」
 ――請求書とか、領収書という質問は私がしました。自民党の方も、請求書とか領収書とか物証が出てくれば、できるのか、という質問をした記憶があります。
 「いずれにしても、そういう風に(質問)したんですか?」
 ――はい。自民党という言葉を質問の中でも、使っているんですけれども、記憶はないですか。
 「記憶はないですね。だから、いずれにしても、基本的に、私は、領収書なのかどうか知りませんが、請求書については記憶はあるんで、請求書というのは、確かに一つの傍証だろうけど、それをもって立件するというのは、先ほど申し上げたように疑問だと思いますよ、と言う風に答えたというのは、記憶にあるということです」
 ――文脈のつながりのなかで、自民党に及ばないと複数の社が書いてある。官房副長官側と報道各社の間で、すごく齟齬がある。
 「私の記憶と、皆さん方の記憶に基づいてつくられた記事と、齟齬があるわけですから、私は、その認識について、どういう記憶が正しいのか、申し上げるつもりはありません。ただ、私として一般論として、ものをしゃべったけれども、ああいうことをいうべきではなかったという反省はしております」
 ――国会答弁で、記憶の内容について、同席された秘書官三人と突き合わせた結果だとおっしゃっているが、具体的な作業は、官房副長官が自分の記憶されている限りについて文書なりにまとめて、それを秘書官にみてもらったのですか。
 「そうです。もし、付け加えることがあるなら、言って欲しいと。こういうことでやってます」
 ――その過程で、秘書官の方から付け加えることはありましたか。
 「私の方では、特にありませんでした」
 ――記憶の問題になっているからなかなか難しいのですが、自らの記憶と秘書官の記憶と記者団の記憶が違うんだということだと思いますが、記者団の方は、ほぼ全員が自民党に及ばないという趣旨の発言があったと記憶していると。一方で、漆間官房副長官の方にはないとおっしゃっている。あまりにも不自然な状況であると思われる。
 「不自然か、不自然じゃないかっていうのは、分かりませんけど、私はもともと一般論でしゃべってますから、一般論としゃべっている人間と、自民党に及ぶかということで聞いている人とは、全然、記憶に差はあるんだと思いますね。私の方は、一般論として聞かれてると思っていますから、特別の党のことを聞かれてると思ってませんから、そうするとこうですよ、と。こういう話になるんで。そうすると、今度は、皆さんの方は、まさに、自民党なら自民党という言葉をあげて聞いておられるということであれば、それじゃ、私の言っていることはこうだろうと、そういう記事につながることになったということだとは思いますけど。そこは、受けてる人間がどういう意識で、その質問を聞いていたか、それと質問した方は、どういう意識で私に質問したかと、その記憶に基づく、そのやりとりっていうのは、変わってくるんじゃないかなと言う感じがしているんですけれども。いずれにしても私は少なくとも、やっぱり、国会でも申し上げたけれど、一般論としても捜査について、やっぱり、基本的にお話しするというのは、大変、誤解を与えますし、もう一切、それは、やってしまったことで、みなさんにご迷惑をかけたということについては、本当におわび申し上げたいと思っていますけど」
 ――官房副長官のお立場で、警察の捜査状況を知りうることはできるのでしょうか。公式、非公式に捜査当局と接触されているのでしょうか。
 「現在やっている捜査当局と接触するなんてのは、できるなんて思ってませんし、それから、私自身も、検察当局に今度の事件に関して、(民主党の小沢代表の)秘書の逮捕の前後について、全く接触したことはありません。これは、私は国会でも答弁していますけれども、官房副長官だったから、検察当局の人と、夜の席でも、普通の席でもお会いしたことは全くありません。ただ、警察庁にいた頃は、それは全く違うことでしたので、別ですけど。いまの立場になってからは、そういうことは一切ありません」
 ――官房副長官は、検察の情報は入ってこないのかもしれませんが、警察の情報はどうでしょうか。
 「基本的に、捜査に関しては、入ってきません。それはよっぽど、すごい、あるんだろうと、大変な大きな影響があるというようなことがあって、こういうのを逮捕したとか、あるいは、こういうことがあったということで、対応しなきゃならないという事情が起こればあるかもしれません。だけど、基本的には、捜査がどうなのかとか、いつ、捜査をやるのか、そういう話は、入ってまいりません」
 ――漆間さんが就任してからは一度もありませんか。
 「私の記憶では、あれは、確か、厚生労働省の関係者がやられるという話がありまして、あのことについて、私の携帯に一番先に連絡が入ったことはありますけど、それはその事件で、これは他に波及するかもしれないという話だったので、そのときは、私の方は、(内閣)危機管理監をこちらに向かわせまして、対応を指示したということはありました」
 ――いわゆる事後の報告もないのでしょうか。
 「検察からは、全然ありません。警察の方からは、こういうことをやって、こうなってますという話は入ってきたことはあります」
煙幕を張っている部分もあるものの、要するに二十人ほどいる記者が全員思い違いもしくは聞き間違いをしていた、と官房副長官は明確に言い張っているのである。もしこれが事実だとしたら、こんな大事な話をちゃんと伝えられない人に記者という仕事をお任せするわけにはいかないのではないか。

官房副長官のオフレコ懇談というものは、文中で言及されているようにその場ではメモを取らないルールか慣例かがあるらしい。そういう話に基づいてメディアの側が「政府高官は」とか「政府筋は」とかが時局政局の問題などについてかれこれと語った、と記事化すること自体、既に異常である。
記録を取らない(先方が退席した瞬間に一斉に話の内容をノートに書き写すのだろうか)ことによる取材側のメリットはどこにあるのか。「こっちはいい加減に聞いているから気ままにしゃべっちゃってくださいよ。匿名だから無責任な発言もオッケー」という姿勢のあらわれではないか。

しかしもともと「政府高官」という呼称自体がネットのハンドルみたいなもので、三人いるという官房副長官の誰かの発言であることは自明だそうだからさらに呆れる。事実上対象がほぼ限定されている権力中枢の不心得な発言をどうしてきっちりさらけ出せないのだろうか。これは彼がその職務に相応しいかどうか危ぶまれるほどの失言である、との認識があればおのずと対応は違ったはずだ。
本当に「自民党に捜査は及ばない」という発言があったのであれば、ニュース価値を判断できないということでも、この場にいた連中は記者失格である。あんたらの目と耳は顔のちょっとしたアクセントかと言いたい。
記者クラブで独占して懇談を仕切っておいて、目の前で発せられた問題発言に対しても「民主党が漆間氏とみて追及」とひとごとのように書くとは何とも情けないばかちんどもである。

ともあれ、懇談に出席した記者の皆様は、取材内容の肝心のところが間違っていると言われて反論できていない状態なのだ。これで全員切腹、が嫌ならば職を辞して即座に田舎に帰り実家の畑を手伝った方がよろしい。人の話を聞いたとおりに字に書くという仕事はあなたたちには向いていない。
そうでなくてもし副官房長官殿の言い分が間違っているであれば、今すぐ全員できっちりやりとりの全文を再構成して公表すべきだ。ここまで馬鹿にされてていいんですか。副官房長官+秘書官三人を失脚させるかあなたたちが辞めるかのどっちかでしょう、ふつう。

きっと上杉隆さんあたりが内幕暴露も含めた辛辣な批判をニュースサイトで書くだろうけど、情報を内側に囲い込むための記者クラブは本当にもう瞬時に爆破して解体した方がいいと思った。岡田民主党(ともう決めてかかっている)は政権取ったらそのへんぜひ改革してほしいものだ。記者クラブを維持するかどうかはマスコミ側の判断だろうが、少なくとも政権側がそのルートで情報を流すことはやめてほしい。

しかし合議の末「そういう記憶になった」とぬけぬけと言い張る漆間氏もいいキャラである。どういうトータル・リコール野郎なんだか。
こういう手合いから取材するには、右上画像のビデオカメラ内蔵ペンぐらい持っていても罰は当たらないのではなかろうか。いや本当に。公開を前提とした無責任発言というのはどう考えてもおかしい。
posted by NA at 04:28| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(2) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月04日

小沢氏は即刻代表を辞任すべきだ

なんか直球すぎるタイトルだけど、本当にそう思っている。あれよあれよと逮捕者が出てしまった。YOMIURI ONLINEの民主・小沢代表の公設第1秘書を逮捕…東京地検から引用する。
 準大手ゼネコン「西松建設」(東京都港区)が、OBを代表とする二つの政治団体を隠れみのに国会議員らに企業献金をしていた問題で、東京地検特捜部は3日、小沢一郎・民主党代表の資金管理団体「陸山会」の会計責任者で小沢氏の公設第1秘書、大久保隆規容疑者(47)を政治資金規正法違反(虚偽記入、企業献金の受領など)容疑で逮捕した。
 また、同社前社長・国沢幹雄被告(70)(外国為替及び外国貿易法違反罪で起訴)ら2人を同法違反(企業献金など)容疑で逮捕した。
 海外で捻出(ねんしゅつ)した裏金を国内に持ち込んだことで発覚した同社の一連の疑惑は、政界を巻き込む事件に発展した。
 ほかに逮捕されたのは西松建設元取締役総務部長・岡崎彰文容疑者(67)。特捜部は同日午後、小沢氏が代表者を務める資金管理団体「陸山会」(港区)の事務所を捜索した。大久保容疑者は容疑を否認している。
 陸山会が献金を受けていた政治団体は、同社が1995年に設立した「新政治問題研究会」と98年に設立した「未来産業研究会」。それぞれ同社の別のOBが代表を務め、2006年に解散した。
 発表などによると、大久保容疑者は03〜06年、両団体名義で計2100万円の寄付を受けたが、実際は西松建設からの寄付だと知りながら、陸山会の政治資金収支報告書には、両団体からの寄付であると虚偽の記載をした疑い。国沢被告、岡崎容疑者は06年10月頃、西松建設からの献金なのに、新政治問題研究会の名義を使い、陸山会に100万円の企業献金を行った疑い。(後略)
民主党内では「国策捜査だ」との批判も出ているというが、この際同じ穴の狢らしい自民党の重鎮らもまとめて立件することを東京地検特捜部に期待しよう。

前にも書いたが、私はもともと小沢氏が首相になるということに現実味を感じられなかった。彼は所詮旧世代の政治家であり、国民や世界に向かって公の場で説明することよりも人間関係や地縁を礎に水面下で利害を調整(談合とも言う)し隠密裡にことを運ぶことを好むように見える。日本の政治において自民党に対抗しうる勢力を築いたことは評価するが、彼がトップにある限りそれは所詮第二自民党に過ぎないのではないか、との懸念は払拭できなかった。

西松建設献金問題は、小沢氏が次代の政治の担い手として相応しくないことを改めて示した。今やめてもまったく潔くはないが、速やかに党代表の座を退き政界からも引退することを求めたい。逆説的だが、それこそが民主党の衆院選勝利を確実にする最善手だからだ。
このタイミングで辞任すれば、今民主党から離れる議員や候補はいないだろう。全国で一斉にお詫び行脚なり街頭演説を始めて生まれ変わった民主党への支持を求めればよい。これまで必要とされてきた小沢氏の求心力は、辞職によって最大限発揮される。
今回の政治献金問題は構造的で悪質ではあるが、今のところ小沢氏が私服を肥やしていたという話にはなっていない。速やかに事態を処理できれば決して党勢には影響しないだろう。新しい党代表(やはり岡田氏だろうか)が小沢氏以上の首相適任者として国民に認められれば、麻生政権の対陣も早まるだろう。そうなれば自民党内の流動化も一層激しくなり、総選挙と政界再編も遠からず行われよう。

と民主党寄りの妄想を書いてはみたが、自民党によく似て状況把握能力に乏しく内部手続きにばかりこだわるあの政党のことだから、きっとそうはならないのだろう。とりあえず今日中に小沢氏が進退を明らかにしないことには、民主党には自浄能力がないと判断していいと思う。若手が実名で小沢批判をできるような政党であってほしいのだが。
posted by NA at 07:45| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月07日

泡坂妻夫さん逝く

訃報を聞いて別の二人のことを思い出した。引用はasahi.comの目にユーモア注ぐ 福田繁雄さん・木村恒久さん悼む
 人の「目」は常にだまされたがっている。そして、夢を見たがっている。だから、白い膜の上を踊る光を「映画」と呼び、うっとりとする。そんな目の欲望に、笑いを宿したトリッキーな作風で応えたグラフィックデザイナーが二人、相次いで世を去った。ともに昭和ヒトけた生まれ、11日に76歳で亡くなった福田繁雄さんと、先月27日に80歳で亡くなった木村恒久さんだ。
騙す、というと人聞きが悪いが、様々なテクニックを駆使してミスディレクションを誘う技で一世を風靡した匠らが同時期に亡くなったことには、偶然以上の何かを感じずにはいられない。


泡坂さんの紹介と業績については02/05付の読売新聞コラム「編集手帳」が短い文章でよくまとめてあった。
 本名を厚川昌男という。あつかわまさお――文字を並べ替えて「あわさかつまお」、推理作家の泡坂妻夫さんである。遊びの(たの)しさを至芸の域にまで高め、変幻自在なトリックで読者を魅了したその人らしい命名である◆生半可な遊び心ではない。例えば「しあわせの書」(新潮文庫)ではひらくページすべてに、ある仕掛けが隠されている。真似(まね)しろと言われたら脳みそが卒倒しそうな仕掛けが何かは、実際にお読みいただくしかない◆東京・神田の紋章上絵師(うわえし)、和服の家紋を描く職人の家に生まれた。幼いころ、縁日の夜店で見た手品で人を驚かせる喜びを知ったことが創作の原点になったという◆「乱れからくり」など数々の本格物には、職人肌の凝り性と奇術師の妙技が溶け合っている。貴公子風の名探偵・亜愛一郎(ああいいちろう)や、謎の外国人ヨギ・ガンジーの明察に、夜の更けるのを忘れてページを繰った方も多かろう◆遊び、みずから愉しみ、その愉楽を一作ごとに読者と分け合って泡坂さんが75歳で逝った。幾何の難問を解き終えたような心地よい読後感は、色あせることのない紋章として読者の心に残るだろう。
作風と戦中世代であることを安直に結びつけてはいけないが、常識を疑いものごとの姿を様々な角度から見ようとした懐の深さ、その視点を誰もが楽しめるエンタテインメントにまで高めた技術は共通していると思う。

一時期入手困難だった「しあわせの書」は幸い増刷されたようだが、これに続くトリック小説として同じ新潮文庫から上梓された「生者と死者」は、今時珍しい袋綴じ(もちろんそれが本全体のトリックにかかわっている)ということもあっておそらく再版は容易でないと思われる。実家のどこかに転がっているはずの文庫本を発掘しなくては。当時買い込んでアンカットのまま残しておけば一財産になったかもしれない。

「編集手帳」の短い字数では到底紹介しきれなかっただろうが、書名、章題、登場人物名、プロット、冒頭と結びの一文まですべて回文形式でできている長篇「喜劇悲奇劇」の途方もなさについてもぜひ触れてほしかった。軽いタッチで書かれているため正当な評価を受けていないきらいがあるが、現実の写し絵でなく、作り物細工物としての小説の極北を行く作品だと思う。
「亜愛一郎」シリーズにしても「妖盗S79号」連作にしても、泡坂小説の神髄は「人間を描こうとしない」ところにあったように思えてならない。人物描写が杜撰だったというのではなく、物語の枠組み全体をいかに奇妙奇天烈なものにするかが、特に初期においては最大の関心事だったのではないか、と振り返ってみて思う。中間小説寄りに重心を移した「折鶴」「蔭桔梗」などの諸作は職人らの世界を舞台に濃やかな人間像の彫琢に意を尽くし成功してはいるが、それは泡坂妻夫でなくても可能だった表現ではなかったか。

前述の二作の大仕掛けが「本」という媒体でしか実現できないという意味で、泡坂妻夫はきわめて書籍的な作家だった。ネット時代の泡坂妻夫は果たして現れるのだろうか。その功績の大きさを改めて痛感する。
posted by NA at 23:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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