2017年08月06日

中学生日記

「初老」はもともと四十歳の異称だと最近知って衝撃を受けた。自分は立派な中年(どういう)だと思っていたのに、もう初老ですら遥か昔に通り過ぎていたのかと。
その爺がまた恋に落ちた。馬鹿ではなかろうかと思う。何度も落ちた穴にまた落ちるのがそんなに好きか。しかも例によって仕事関係で知り合った相手だ。不仲になったときのリスクは大きい。職場を賭けた綱渡りがそんなに好きか。重々わかっている、はずなんだけど多分これはわかっていないのだな。馬鹿だから。
そしてまだ何も伝えられてはいない。つまり片思いだ。中学生かお前は。相手も同年輩なのに。

最初に出会ったのは1年前。外資系のオフィスで名刺交換したときはなんか地味なおばさん(そのときは本当にそう見えた)だな、という印象しかなかった。自分より歳上かとさえ思った。アルトの声と問いかけに即断せず冷静に考えてから返事する一瞬の間がその印象を強くしたのかもしれない。
だが何度か会議やイベントで同席するうちに、彼女の仕事人としての優秀さが並大抵のレベルでないことに気づく。時差のある本国との連絡のためかとんでもない時間にメールが飛んでくるのだが、その内容の的確さに舌を巻いた。国内ならひとつの案件で何度でもメールを往復させるのだろうが、海外相手の場合それをやっていると日数がいくらあっても足りないので、経過の報告・彼女側の判断・それに伴う提案(複数)がまとめてコンパクトにしかし濃密に記述されていた。しかも彼女はそれを三ヶ国相手に調整しているのだ。なんなんだこの人は。日本語の誤字を指摘するぐらいしか私にはできることはなかった。

尊敬の念をたやすく好意に振り替えてしまうのが私の軽薄たる所以なのであるが、この夏海外視察に同行したことでその思いが制御不可能なまでに膨張していたことに気づいた。なんてことだ。この人、すごく魅力的じゃないか。国境越えるまでなぜそれがわからなかったんだろう。
海外旅行会話帳の1ページ目の挨拶文を覚えられない私を尻目に彼女は先方の担当者にどんどん紹介して(顔なじみらしく話は早い)、背伸びしてさくっと頬にキスされている(背は高くない)。見ているこちらの心の中で白人憎し、の炎が強まる強まる。オフタイムにも訪問先の趣味のいいレストランをしっかり押さえて、残念なことに向こうの偉いさん同席ではあるけれど晩御飯を楽しませてくれたり、移動の車の窓から道中の史跡をさらっと紹介してくれたりするなどまったく死角はないのだった。
車中で結婚歴あるのかどうかはわからないが現在独身であること、歳も私より若いことなどをかろうじて聞き出せたのは数少ない収穫だった。でもこっちが関心もっていることもミエミエになってしまった。日本にいるときよりも彼女はさらに魅力的で、それはスーツでなく強い日差しに耐えられるよう通気性のよさげなファッショナブルな服を着ていたこと(一度風でめくれてお腹が見えた)、そして彼女もまた出張をエンジョイしている様子だったことが原因だろう。仕事の打ち合わせで熱が入るのは同じだが、それがいつもより5割増しで浮き浮きしていることは隠せなかった。彼女はこの仕事と渡航先、そしてそこにいる人々とのふれあいが何より好きなのだ。私との出張を喜んでいたと思うほど自惚れてはいない(そうだったらいいのに)。
先方との記念写真を出先から会社に送ったら「横に写っているこの美人は誰だ」と問い合わせが複数来た。彼女の瞳の大きさと輝き、鼻のかたちの良さに俺もこっちに来てから気づいたんだよ申し訳ない。おかげでビジネスツアーはつつがなく終わり、職場へのみやげも整った。頬にキスみたいな真似は死んでもできないけど、握手ぐらいしておけばよかった、と帰途空港で分かれてから大いに後悔。地団駄踏んだかもしれない。

日本に戻ってからの彼女は放射されていたオーラを少し内側にしまっていつも通りの落ち着いたお姉さんに変身し、私への態度もビジネスライクすなわち礼儀正しくきちんと距離を測ったものに戻った。「こんな舞台があるんだけど興味ありませんか?」的なあからさまなデートの誘いもさくっと無視して、外資系ならではの長い夏休みに入ってしまった。
ということは脈なしではないか。という当たり前の結論にぶんぶんと首を振って、今は彼女の夏休みが終わるのを待っている。バッドエンド率90%だけど、少なくとも夏の記念写真は残るのでいいではないか。記念撮影の際に私の一眼レフで彼女のクローズアップを撮ったのは内緒だ。画像の中で彼女は私に向かってこの上なく美しく微笑んでいる。
ああ、早くまた会いたいな。私はいつまで経っても中学生のままだ。どうしようもなく。
posted by NA at 13:17| 東京 ☁| Comment(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月14日

かきあげ女王伝説

しばらくブログ更新をかまけて他のSNSで遊んだり煽ったりしているうちに、首相や大臣は次々変わるわ東北はひどいことになるわ東北だけでなく東日本広域に厭なものが飛んで来るわ電気は消えるわ電車は減るわエスカレータは止まるわ給料は減るわで、まあいろいろあった。うちの会社でも家族が流されて死んだ人は何人かいた。人はいずれ死ぬものであるにせよ、不意打ちされて死ぬのはできれば避けたいものだ。もし願えるのであれば。

「最近ブログ書いてないじゃん」とここの存在を知っている数少ない友人に言われた。こやつはメールも寄越さなければ友人同士を常時繋ぐ種類のべんりウェブサービスが大嫌いなので、本当に用事がなければまったく没交渉なのだが、そのときはビールを飲むという大事な用件があったので久々に顔を合わせたところだった。「死んだかどうか気になるのでたまには何か書け。長い文を書け」と大意そのようなことを言われた。確認したければ電話しろ、俺の言いたいことは140字で尽きていて、それも140字書いてみたら正直無用であることに気づくようなことばかりだ、と言ったのだが、電話は面倒くさい、無用かどうかは自分が判断する、お前が決めるのは僭越ではないかと難じられた。
なので久々にどうでもいいことを書く。

教育関係で委託されている仕事が毎年夏にあって、毎年ある仕事がたいていそうであるようにうんざりするようなルーチンワークの積み重ねだ。たぶん特殊な注射をされた猿とかの方が上手にこなしそうなことを、それまで担当しなかった社員が通過儀礼よろしく割り振られる。夏休みで暇な学生を集めてためにならない催しを開くのだが、仕切り役雑用役(ああ、もちろん雑用という用はありませんとも)にも学生を幾人か使っており、その仕切役が委託元関係の研究室の院生なのだ。で、知的な美女であった彼女(院生だ)は学部生の頃からもう5年にも亘ってこの仕事に噛んでいるため、当然我々よりも遥かに実務に長けており、世の中一般がそうであるように教えを乞う側が乞われる側にいつか媚びへつらう関係が醸成されるのは当然の成り行きだった。かくして、例年もそうだったようだが擬似女王とその取り巻きという構図がいつしかできあがっていった。

女王様(面倒臭いので以下これでいく)は髪が豊かに長く、我々が質問や願い事を上奏すると必ず「そうですねえ」と髪をかきあげてからものうげにお返事くださるのであるが、これがどうもよくなかった。きれいに脱毛処理された脇の下を見せつけて(女王のお召し物は必ずノースリーブであられた)お返事くださるのに味をしめた後輩の馬鹿者は、自分で腕時計をしているのに時刻を聞くのおろかな振る舞いに出るなど、現場では余計な質問回答処理が頻発した。もっとも馬鹿の質問に対する答えをその場の男子社員が全員注視しているのだから馬鹿はひとりでは済まないのだが。おそらく彼女も当然その雰囲気をわかっていたはずだが、艶然と髪をかきあげるしぐさは最後まで変わらなかった。ノースリーブもだ。

麗しき日本の風習ウチアゲはこの仕事の最終日にもちゃんと行われた。女王のしぐさには催眠効果があるのか、はてまた脇下の特殊な腺から媚薬成分でも発せられているのか、ビールを飲み過ぎた私は、もしかしたら彼女は私に気があるのではなかろうかと大いに勘違いしていた。10年前だったら突撃して玉砕していたことは間違いない。だが、優雅に髪をかきあげながら脂分の少ないつまみと共に少量のビールを飲んでいた女王は、しかし「今日はもう帰ります。来年またよろしくお願いします」との挨拶と共に、余韻もなくさっさと引き上げてくれたのだ。かくして悲劇は回避された。

他の女子バイトも女官よろしく一斉に引き上げ、あとは野郎だけの無礼講となった。我々は学部生のアルバイトらに散々冷やかされた。「みっともない」というのだ。面目ない。だがしかし、目の前でああいうしぐさをされては心穏やかでないのも当然ではないか。反論したら意外な顔をされた。

「どうしてですか?」「中学生でもきょうびそんなもん気にしませんよ」

うむむ。だがしかし(なおも反論を試みた)、妙齢の女性が女性の象徴であるみどりの黒髪をかきあげて無防備な肢体を一瞬さらしたら、そこに惹かれて交尾をしたい思いをそそられるのは、極めて自然な反応ではなかろうか(実際はもっと直截な表現だった)、君たちだってそうではないのか。正直に言いたまえ。もしかしたら少々ムキになっていたのかもしれない。笑われた。

「だってもうオバさんでしょ彼女」「ですよね」

我々は一様に驚きをもって彼らの発言を受け止めた。こちらとあちらで、ぜんぜん違う景色を観ていたらしい。でも、ああいう子としたくない?(実際はさらに直裁な表現だった)

「えー(笑)」「まじっすかー」

他の仲間からは「世の中30、40になっても彼女らは自称女子なんだぞ」とわけのわからない抗弁もあったがもはや会話は成り立たなかった。自分らにとって大事なものが他人にとっても大事とは限らない、当たり前のことが痛く胸に染みた。

まったく最近の若い男子の女性に対する冷静な見方は頼もしい限りである。いずれ女性が全裸で街中を歩いていても安全な世の中が来るに違いない。我らの民族は遠くない将来少子化の末に滅びるであろうことを確信した一夜だった。本当にどうでもいい話だったな。
posted by NA at 00:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月08日

夏と眼鏡

素晴らしいキャリアを引っさげて途中入社してきた彼女が一年経たずに退職願を出したとき、職場の中でそれを疑問に思う人はあまりいなかった。現在の我々の仕事はあまりにもしょぼすぎるからだ。
話半分かもしれないが、彼女がこれまで知り合い仕事を共にしてきたという綺羅星のごとき有名人らの名前を我々は口を開けて聞くしかなかった。携帯でいつでも連絡取れるだって。そんなご立派な方に、コピペができれば猿でもオーケイな資料整理や色分けすれば知育向上には役立つかもしれんような紙仕分けなぞをさせていていいわけがない。
「寿退社か」「出身の関西に戻るらしい」「でも親は青山に住んでたはずだが」「つてを使って国際機関に入るという噂もある」などなど進路について謎を残したまま、貧乳インテリ眼鏡っ子萌えを多くの心(おれのも含む)に残して彼女は颯爽と我が社を去った。うちはサンダルが似合う職場なんだ。きみのヒールはもったいなかったよ。
二ヶ月前のことだ。

くそ暑い夏がやってきて列島に腰を落ち着けなかなか去ろうとしない中、なぜか彼女と酒を呑む機会ができた。もちろんその他大勢の眼鏡萌えと一緒だ。ふだんの夏より鬱陶しさ五割増のくそ暑いビアホールで、しかし颯爽とやってきた彼女は相変わらずすごい美人で涼しげで快活で、そして職場にいた頃より大声でめいっぱいの尊大キャラになっていた。
今にして思えば、噂が噂を呼んで尾鰭背鰭胸鰭までついた怪魚状態のセルフイメージを逆手に取っての女王演技だったのかもしれないが「よくって、あたくしにどなたもビールを注がないの?」と叫ぶ彼女に我々は馬鹿みたいにげらげら笑いながらビールを飲んで飲んで飲んだ。彼女は女王様らしく偏食が激しく、ほとんど酒ばかりしか口にしていなかったように思う。
七時に始まった会は十時を回っても終わらず、別の女の子がひとり飲み過ぎて具合が悪くなり、彼氏を携帯で呼んで介抱させる騒ぎになり、そしてげろはげろを呼んでさらに別の者がつぶれ、いつの間にか精算も終わっていて気がついたら全然帰り方向の違う私が彼女を送る羽目になっていた。

彼女も会の終盤には泥酔状態に近くなり、自分の両親兄弟がいかに優秀な人間であるかを延々繰り返していたが、自然解散後に店からそう遠くない児童遊園でへたりこんでしまった。「もう駄目。げぼしたい」「うちのお父さんはあんたと全然違うんだから。カンリョーよう」「動けない」「お兄さんは中国で発電所建てるのよ」「ほっといていいから。帰ってよ」「私、どうなの」「気持ち悪い」「あたしは家族の恥」「吐きたい」「お父さんは海外に長いこと行ってた」「寝たいの」「ここで寝る」「もう駄目」
美人の口から出た同じ言葉でも文脈によってはこれほどまでえろさがなくなるのか、と、こちらも酔眼の私はいささか感心して聞いていた。でも住所不定のお友達らしい影が滑り台の上やブランコの陰に散見される中にいいとこのお嬢さんを置いて帰るわけにいかないので、とりあえず抱えて平坦部分の極めて少ないベンチ(たぶんお友達よけのためだ)に寝かすしかなかった。
「あたし50キロあるよ重いよ」と言われ、そうか生身50kgとはだいたいこれぐらいなのかと身を持って知ることができたのは収穫だったと思う。

やがて彼女は「吐く」ときっぱり宣言して吐いた。少量の偏食おかずと胃液とアルコール分の混じった液が地面を濡らし、心なしかそれは闇の中で赤く見えた。立派なブランドものらしいバッグが何度も砂の上に落ちた。サマーニットの裾も何度もめくれてかたちのよい臍がのぞくたびに引き下ろしては、やはり育ちのいい娘は小さい頃から親が臍のかたちもケアしているのだろうか、とか極めてどうでもいいことを考える。腕の中で揺れる彼女の柔らかい部分が触れて、正直怒張した瞬間はなかったわけではないが、今晩私にセックスが降臨することがないだろうことも悲しく予想がついていたので、そのうち怒張の方があきらめて血液をどこかに逃がして行ってしまった。げろを吐いている美女をその夜のうちに抱く方法はネットのどこかに書いてあるのだろうか。

近くの救急病院に担ぎ込んで点滴を打つ知恵もないまま、ホームレスの皆さんが見るともなしに見守る公園で結局一時間以上のたくっていただろうか。少年の頃俺は、自分が四十過ぎになったらアラサーの美人と夜の児童公園で非生産的な抱擁を交わすことになると少しでも想像し得ただろうかどうだろうか。酒のんで馬鹿やって潰れて、やってることはあまり変わってないけど。いや、変わってないということは絶対想像していなかったに違いない。私はもう少し立派な大人になっているはずだったのだ、空想の中では。

残念ながらこの後も読んでくれている方を楽しませられることは何ひとつ起こらなかったので、あとは端折る。公園の前をたまたま通りかかったタクシーを散財覚悟で呼び止めて青山方面に向かって数千円走ってビル街から突然なぜこんな所にあるのかわからない一戸建て高級住宅街に入ったあたりで彼女が車を止めてしまいそこからさらに二人三脚的なよれよれ歩きで時折歌を歌ったりしながら小一時間立派なおうちの間をさまよい歩き幸い途中で彼女の携帯が鳴って立派なパパが歩きで迎えに来て(デザインTシャツ姿だった。官僚も家ではデザインT着るんだ)午前三時半にしてようやくエスコートが終了したのだった。
パパ到着少し前にそそくさおでこと手の甲にキスをしたけどきっと彼女は覚えていない。なんかいやったらしいキスの仕方だな、と自分でも思った。男ならげろまみれの唇を奪わんかい。

彼女を親元に帰し、とりあえず六本木か渋谷か、とにかく夜明けまで始発まで落ち着けるところに落ち着こうと豪邸立ち並ぶ街を背に歩き出して、例によって私は気づく。短期間しか一緒に仕事をしなかった彼女を(何も知らない癖に)めちゃくちゃ好きだったことを。めちゃくちゃ好きだった子の体重をさっきまで支えていたことを。かっこいい眼鏡をかけた彼女の顔を、今晩一度も正視しなかったのを。自身も高学歴でありながら、彼女が深く深く旧帝大院卒の親兄弟に対する劣等感に悩まされているのに何もできなかったのを。コンプレックスとお腹を無防備にさらけ出した彼女は、きっと何かを求めていた。
また見逃し三振か。

数日後、酔態とは打って変わった折り目正しいお礼メールが当夜の出席者同送で届いた。あの夜彼女は高熱を発してしばらく寝込んだという。もちろん私に対する個別の言及などない。近く次の仕事が決まる、とさらっと書いてあった。正社員かどうかは書いていなかったが、いいとこの会社らしい。この就職難の時代に、優秀なる親兄弟の案内だろうか。不釣合いな階層同士で遺伝子の交雑を起こしてはいけない、と行間を深読んでいて、ふと我に返る。自分には勇気に似た何かが欠けている。
次の打席もまた三振だろうか。そもそも打者として起用されるだろうか。
posted by NA at 08:46| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月01日

ガンダムを見に行く

二年前から延々継続していたプロジェクトがようやく終わった。気がつけば八月も晦日になっている。どたばたと銀座のビストロでチーム員と打ち上げ兼送別会(終わりを見越して翌日付で人事異動させられたメンバーも数名いた)を開き、ひたすらワインの栓を抜く。

プロジェクト自体は、いくつかの大きな損失発生、志と異なる仕様変更の数々を度外視すれば成功という毎度ながらの煮え切らない結末だった。世の中そうそううまくはいかない。
ただ、今回は遂行のプロセス全体を可視化できるように交渉の過程や行政、取引先などによる紙資料もすべてフォーマット化して徹底的に一元管理することを心がけた。ふつうの会社ならば基幹システム刷新の際に実現していそうなことではあるが、上下関係に基づく旧態依然の馴れ合いとニコポン主義で運営されてきた我が社にとっては、この程度でも現場にとっては大変革ではあり抵抗も強かった。とりわけ地方営業所の年嵩の連中は書面で報告を出すことを嫌がり、パソコン操作を「できない」と抛り出す始末。深夜に電話で個別サポートを求められ、「ではcコロン円マーク……」「なんやコロンって。さっぱりわからんわ」と不毛な会話を繰り返す羽目になった。

まあいい。とりあえず仕事は終わったのだ。そして誰ひとり休みを取れなかった夏もとうに盛りを過ぎて、季節は秋との間の曖昧な何ものかに移り変わっていた。
ビストロで数十人で始めた宴会はバーにはしごしてラーメンを食べる頃には男女四人にまで減っていた。零時過ぎ。だが何か物足りない。プロジェクト完遂の興奮が冷めず名残惜しい。酒や飯はもういい。今から盛り場に移動して踊るには我々は疲れすぎている。我々の居場所はどこにあるのか。

ガンダムだ。きょうが公開最終日だった」ひとりが突然そう叫ぶ。タクシーで行けばすぐの距離。夏の終わりのガンダムか。
「公園の中に立っていたんだよね。まだ解体されてない?」
「わからん。でも造るときにも脚から少しずつ、結構手間取っていたみたい」
「今から入れる? 閉まってない?」
「表から撮った写真とかもあったと思う」
「とにかく行ってみようよ。ダメもとで」
大学生でもないのになんだこの会話は。そうだ、俺たちにはガンダムがあったのだ。

潮風公園は幸い閉鎖されていなかった。探すことしばし、検索するとどうやら等身大ガンダム像は「太陽の広場」なるところに建てられたらしい。
暗い公園をそぞろ歩きする四人。なんだ真夜中過ぎなのにこの人通りの多さは。なんだこの期待の高まりは。
女の子が悲鳴のような声を上げた。木立の上に何かが突き出て見える。走り出す。
視界が開けた。

gundam.jpgガンダムはそこに待っていた。
東京湾の夜景を背に、微動だにせず(当然だが)。思っていたよりも大きく、量感は圧倒的だった。
「でけー」
「すごーい」
間抜けだがそれ以上の言葉は出てこない。皆呆けたように見入るほかなかった。別にガノタでもないのに、涙が出そうになった。
アニメーションの中で誰かが想像したものが、実体としてそこに存在するということ。単純なその事実がこれほどまでに感動的だとは思わなかった。

日蝕。らりピー事件。総選挙。あと何があったんだったかな。すべてそっちのけで仕事に明け暮れた夏の最後にガンダムを見た。何の脈絡もないけど、終止符の打ち方としてこれ以上のものはなかったと思う。2009年の夏は、夜景の中に浮かび上がるガンダムの姿と共に永く記憶に残るだろう。
posted by NA at 13:00| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(1) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

聞き耳頭巾ふたたび


前夜未明まで仕事をした都合で、昼前に遅めの出勤。乗った電車の向かいの席にはこれと言って特筆するところのない女子高生二人組が腰掛けていた。もう期末テスト前の短縮授業なのだろうか。
空いた電車ゆえ声はよく響く。彼女らが降りるまでの20分間話していたテーマは、同じクラスらしき男子らの顔の大きさだった。これだけ。

「シミズって顔でかいじゃん」
「えー、そんな大きくない」
「肩幅あるからそう見えないけど、けっこうでかい」
「そう? シミズ背もあるし」
「でもバランス悪い。ジュードーって感じ」なんかひどい偏見があるような気がする。
「ヤマグチの方が大きくない?」
「んー、いい勝負?」といった調子で以下名字を変えてえんえん続いた。
「一緒に歩いたら比べられちゃう。恥ずかしい」
「でもわたしらより小さいのも困るよね」などなど、世の中に無責任でいい世代の特権を余すことなく発揮しまくった会話ではあった。

腹に据えかねた私は、やにわに立ち上がって「人様の顔の面積を論ずる前に、おまいらの脚の太さをなんとかしろ」とは言わなかった。大人だし。実際太かったんだけど。
乗換駅で彼女らが降りた後、例によって周りで聴くともなしに聞いていた他の大人たちがどことなくばつが悪そうな面持ちだったのは、会話内容と決して無関係ではなかろう。男子高校生諸君、君らのクラスの女子は、男子のいない所ではこんなことを話しているのだ。知ってたか。

出社して同僚の女子に「なんか顔の大きさばかり気にしている女子高生と乗り合わせたよ」と話したら、彼女(巨顔ではない)はふふふと笑って「そういうものなんですよ今は、ふふふ」とだけ言った。そういうものなんですか今は。うむむ。
いつの間にか男たちを選ぶ尺度が顔面の寸法に変わっていたのだろうか。あるいはもしかして知らないうちに、マイケル・ジャクソン急死がきっかけにでもなって顔の大小が社会的問題となるような変化が起きていたのか。わからん。人より大きいからと言って小さくできるものでもないしなあ。

そこではっと気がつく。もしかしたら対面に座った私の顔面サイズが、彼女らの顔談義を触発したのではないか、と。以後一日中気になってトイレで鏡に見入ったり指で枠を作って外接長方形のサイズを測定したりしていた。まったく女子高生恐るべし。
ラベル:女子高生
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2009年03月24日

おそろしい話

ぞっとする話を、職場に派遣で来ている女子の人に聞いた。舞台はうちの会社ではない、ということだが、果たしてどうだか。

同じ登録先で派遣社員をしている彼女の友達に、彼女の派遣された先の社員(中年男)が岡惚れして何かと馴れ馴れしくしてきたそうだ。本来開示されていないはずの携帯メアドもなぜか入手して「若手呼んで合コンやるけどあいてない?」とか絵文字入りメールを頻繁に送ってきてうざいことこの上なかったという。
いい加減に返事をしていたら脈ありと勘違いしたのか、仕事の愚痴や家庭の不満(妻帯者らしい)を書いてくる始末。メールは徐々に頻度を増し、放っておいても次第にエスカレートして文章がどんどんポエミー(笑)になってきたという。詳細は教えてもらえなかったが「文中に90年代のJポップを引用したりして相当いっちゃってる内容」とのこと。
さらにその中年、「○○ちゃんはメルトモ」「○○ちゃんとは気が合う」「もしかしたら○○ちゃんもまんざら」とろくでもないことを周りに吹聴し出したらしい。こうなると冗談では済まないレベルだ。

そやつの上司に訴えたら社内問題になることはまず間違いないが、左遷されたりクビになったりして逆恨みされるのは厭だし、職場自体は気に入っているのでもう少し続けていたい、というのが彼女の希望だった。さりとて変な評判がひろがるのも迷惑だし癪だ。仲間に誤解されたくはない。

で、彼女が自衛のためにどうしたかというと、中年から来たメールを派遣社員同士で作っている内輪のメーリングリスト(みたいなもの、と言っていたのでSNSかも)に自動転送する設定をしたそうだ。勤務中に飛んでくる馬鹿ポエムメールが同じ社内を含め様々な所に務め派遣OL仲間に瞬時に転送され、そのキモさは職場での一服の清涼剤として大いに尊ばれているという。毎日ネタに事欠くことなくコメントも大にぎわい。めでたしめでたし。

これを読んでいるあなたが、職場の若い派遣社員の女の子に思いを寄せてのぼせ上がりメールを送ったりしているようだったら、送信直後に職場の複数箇所で「プッ」と吹き出す声が上がったりしていないか気をつけた方がいいよ、という話でした。まあ気づかない方が幸せかもしれない。派遣社員のおもちゃにされても嬉しいのであればそれもまたよし。

……という顛末に表向き大笑いをしつつ、しがない中年男としては肝を冷やして太宰治「御伽草子」の「カチカチ山」で狸が絶命間際に「惚れたが悪いか」と叫ぶくだりをふと思い出したりもする。悲しからずや、もてない男は何をしたところで結局は笑いものなのだ。
posted by NA at 17:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

Rise and Fall

いろいろなことがありすぎた一日。

小規模ではあるが全社的プロジェクトを無事終え、後始末とメンバーの反省会と称した打ち上げで週末福岡を訪れた。企画の舞台が主に西日本方面だったことに加え、新年度からは緊縮財政でそんなことはもうできないだろう、という打算もあって存分に反省した後の日曜日の日中は物見遊山して夜はふぐ鍋をつついたのだった。

鍋がお開きになり、よせばいいのに「屋台いこ屋台」と地元の同僚。これが他の地域であれば夜はせいぜい笑笑と和民からのチョイスを強いられるのが関の山だが、さすが眠らない街、ちゃんとラーメン屋もおでん屋もビニール扉の内側で営業している。ビールがなくなればそばのコンビニで買ってくるという適当さで、例によって三軒目以降の記憶はおぼろげである。いつの間にかホテルに帰投していた。

翌日月曜日は代休でとっとと東京に帰ればいいのだが、若い頃世話になった人が営業所長(撤退間近)をしている大分に寄る羽目になっていた。私の仕事とは直接関係ないが、彼のPCに業務用アプリをインストールしても「path not found」だかという表示が出て往生しているという。本社のIT企画管理に窮状を訴えてもインストーラの入ったCD-ROMを寄越すだけでまるで相手にしてくれない。うんぬんかんぬん。
傾き始めた会社の仕事というのは得てしてこういうものか、と思う。殺伐としている。

なぜ最後まで宴席につきあったのか(最後かどうかわからんが)俺の馬鹿馬鹿と死にそうになりながら午前六時に起きて駅までダッシュして特急に乗る。博多周辺は賑わっているものの、北部九州の沿線はやたら広い空き地が目につく。広い敷地に展開していた工場などの事業所が撤退すると跡を埋める施設はそうそう見つからない。重工主義の成れの果てを時系列で追いかけるように列車は南へ向かう。

電話で何度聞いてもらちがあかなかった問題が、実物を目の前にしたら一発で片付いた。
要するにインストーラそのものではなくてコンフィグなどを配置するためのバッチが不正終了したあおりで、プログラムなどを格納するパスは切り損なったものの\windows\system32配下に設定ファイルが生き延びていたのが原因だった。別のマシンを参考にフォルダを新規作成してついでにインストールに必要らしいファイルをコピーすると、あっけなく導入完了、通信開始となった。用件終了まで一時間かからなかった。
「よくわからんが同じ配置にする」というDOS時代以来のメソッド(もちろんレジストリや重要ファイルのバックアップは取った上で)は今回も有効だった。こんなことでいいんだろうか。

早い昼飯を食べながら所長と旧交を温め、赤字で醜態をさらしている会社のトップの為体や結婚も仕事もしない最近の若い社員についての愚痴を聞かされる。責任のあまりないことも含めて不満の捌け口が自民党に向かっている昨今の状況はいかんともしがたいが、ごく一時期を除いた長期政権の責任というのはそういうもんだ、とかなんとか。
現状は政治家自身ももう何をどうしていいかわからないし、民主党も政権を取ったら取ったで処置なしの国内情勢には手を焼くだろう、とのご託宣をいただく。オバマが民主党の大統領候補になった時点でヒラリー・クリントンを日本のトップにスカウトすればよかったのに、との馬鹿アイデアも披瀝してくれた。馬鹿アイデアではあるが、そこには確かに希望のようなもの(やけっぱちであることは承知で)がある。

午後からの会議(これゆえに朝が早かった)がある彼と別れて、別府温泉で饅頭でも買ってから帰ろうかと思ったら、厭な音を立てて携帯が鳴った。留守番の同僚からで、プロジェクトのまとめを役員に諮るため、足りないデータがほしいと急に言いやがる。
「そのファイルは素材なら本社のファイルサーバに入ってるじゃん」
「俺には読み方がわからん」
「××(屋台野郎)に聞けよ。俺PCは持ってきたけど通信環境はないんだ」
「馬鹿かおまえは。丸腰で出歩くなよ。あいつは携帯の電源入ってないとかで捉まらない。馬鹿が」結構焦っているらしく会話が荒んできた。やりとりを繰り返して馬鹿の数をさらに増やしたあげく、急いで帰社して仕事をすることにした。大分にいることは(別に秘密ではないが)内緒にしていたので今更営業所に帰るわけにはいかないし、そのへんのネットカフェからLAN経由で社内サーバーにアクセスするほどの馬鹿ではない。あ、また馬鹿だ。
今思えばこの判断が間違いだった。

早く着こうと市内から空港までの足に大分ホーバーフェリーを選ぶ。これがまた何というか、乗り心地は最低で座敷からは立ち歩けず窓の外は水飛沫で碌に物が見えない代物で、座席前にあるビニール袋の世話になることも一瞬脳裏をかすめたほどだった。既に体調はおかしくなりかけていたのかもしれない。

空港手前で追い打ちがあった。電波状況の悪い声が「会議の時間が繰り上がった」という。何やらほかに対処しなければいけない案件が勃発したらしい。ならこっちはやめてくれ。
「出せない、と言え」
「無理だよ無理」緊張するとこやつは言葉にへらへら笑いが混じる。
大分を離れたのは失敗だった。空港内を探すがおみやげ屋ばかりでビジネスセンターらしきものは見あたらない。あったのかもしれないがどのみち搭乗時間が数十分後に迫っていた(ホーバーはそういう運航スケジュールになっている)ので落ち着いて仕事などできそうにない。出発ロビーでカートを引きずり右往左往する。

腹をくくって、機内で仕事をすることにする。周りの目が気にはなるが仕方ないし、一応社外秘であるところのデータ自体は手元にない。うろ覚えのデータフォーマットを元にExcelで表の書式を内心泣きながら作り、帰社したら膨大な集計値をすぐ貼り付けられるように……いや、羽田から会社までのタイムラグを考えると不可能に近い。
経験者ならご存じのように、揺れる機内でExcelのセルを指定してプロパティや数式を設定して範囲コピーするという一連の作業は、タッチパッドしかポインティングデバイスがない環境ではほとんど拷問である。なぜ俺はこんな苦行に挑んでいるのだ。どういう罰ゲームだ。鍋の記憶はどこに行った。おみやげ買ってないや。ああしまった。
今日は大事な日だったから代休取ったのに、今まで忘れていた。

羽田に救いの神が待っていた。ビジネスラウンジだ。
カートを引きずって通過しかけて、あわてて引き返して受け付けのお姉さんにクレジットカードを見せる。万歳。ネット環境が使えるビジネスセンターが一部屋空いていた。
ネカフェとどれほどセキュリティ的に違うのかはわからないが、痩せても枯れても東京国際空港、パケット傍聴して復元したシートを2ちゃんねるあたりにさらし上げすることはないであろう、と期待する。というかもうそれしかない。
冷静に考えれば無理難題に応えると次の無理難題はさらにハードルが上がるので解決しないに越したことはないのだが、このときはもう意地になっていたし同僚を尻目に鍋食ってきた負い目もあったことは否めない。「所詮遊びかよ(w」という視線を見返したかった。

詳細は省くが、何とか会議までに資料を間に合わせ「こんなんでどう?」と鼻持ちならない態度で送りつけてやる。自分で首絞めてるよおまえ。
会議の常上司の常として、どうやらそのファイルはそこにあることが大事で中身に役員はあまり興味なかったらしい。伝えた奴のバイアスが入っている可能性もたぶんにあるが、「ご苦労」ぐらいのやりとりでスルーされたという。そういうものだ。

心地よくない疲労感とまあまあの達成感を味わいながら、知り合いの自宅近くのケーキ屋に電話を入れてバースデーケーキを予約した。不満そうな店員をなだめすかして文字入れを頼みつつ今日の最大の目的はこれだったのに、と思っているとリマインダーメールが携帯に転送されてきた。先日某所でエントリーしていた資格試験の発表は今日だったのだ。なんというイベント交差点。
苦労してiPhoneからアクセスし、IDとパスワードを一万回間違えたあげく発表ページにたどり着く。とりあえず一次は合格だったらしい。落ちた人の方が少なそう、とか文句は言うまい。祝杯のネタが一個増えた。まあ次はだめかも知れないが。

しかしこれで終わらないのが世の中なのだ。
夕方以降覿面に体調が悪くなり、またまた詳細は省くが結局ケーキはお届けしただけで退散。
疲れもあって早寝したが、零時過ぎに不快感で目が覚めると、どうやら結構発熱しているらしい。筋肉も痛い。これはもう間違いなくあれだ。
かねて喉の具合が優れなかったこともあって念のため日常的に不織布マスクをしていたが、気密環境の機内や人混みの中で私がウィルスを拡散していたら、誰に謝っていいのかわからないがもう申し訳ないの一語に尽きる。世界の皆さんすみません。
というわけでイオン飲料飲んで寝る。

posted by NA at 02:09| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月30日

楽天ETCカードの解約方法

金融危機の影響か、先日の「Amazonクレジットカード」のサービス終了に続き、楽天からも「重要なお知らせ」がメールで届く。不採算事業の整理・見直しが急速に進んでいるようだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 お知らせ 】楽天KC・ETCカードの年会費に関するご案内
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

楽天KC・ETCカードにつきまして、下記のとおり年会費を申し受けることと
なりましたのでご案内申し上げます。



1. ETCカード年会費額
【現 行】無料
【改定後】525円(税込み)
※楽天プレミアムカードに楽天KC・ETCカードを付帯する場合は免除(無料)
となります。

2. 年会費ご請求月
ETCカード発行月の翌月(毎年同月にご請求)
※年会費ご請求月には、e-NAVI明細サービス(楽天KC会員専用オンライン
サービス)や請求明細書にてご請求をお知らせいたします。

3. 改定時期
【1】既にETCカードをお持ちの方(ETCカードの発行が2009年1月31日以前の方)
2009年4月27日請求分より順次

【2】新たにETCカードをお申込の方
2009年2月1日発行分より


今後とも楽天KCをご愛顧賜りますよう、お願い申し上げます。

以上
「重要」と表題にはあるものの、よくあるダイレクトメールに紛れて見逃していたらえらいことになる。「【重要なお知らせ】楽天KCからのお知らせ(2009/01/29)」でなく、しっかり「ETCカード有料化のお知らせ」と書くべきだと思うがどんなものだろうか。

ともあれ解約しようと思ったら手元にETCカードが見あたらずあせる。出張の際に出先で使うことばかりだったので、会社のデスク(施錠できる)にしまっていたことを思い出し一安心。
ivrkyannserugamen1.bmp楽天のサイトで解約手順を探したら、なぜか画像で貼ってあった。変更があった場合、ソースのテキストを書き換えるよりも画像をアップロードし直す方が簡便なのだろうか。
ということで自分用備忘録に取っておく。あした会社から解約しよう。
ラベル:ETC 解約 楽天
posted by NA at 05:47| 東京 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

電車で聞き耳頭巾

会社からの帰途、通勤客だらけの電車に、接続駅から女子小学生らしい三人組が乗ってきた。四、五年生ぐらいか、皆眼鏡をかけている。そういえばここの駅前に大手進学塾があったな。俺も軽はずみに結婚をして子供をつくっていればこれぐらいの子を持つ親なんだろうなあ、とつまらないことを考える。

小学生たちは怒っていた。どうやら駅で電車を待っているときに、通路をふさいだか何かしたはずみで大人から「どけ」と言われたのがよほど腹に据えかねたらしい。つい聞き耳を立ててしまう。周りの通勤客も彼女らの会話に聞き入っていたようだ。
「ぜんぜん知らない相手にタメ口きくわけ?」と太り気味の子が一番憤懣やるかたない様子。邪険にされた相手は四十か五十ぐらいの男、らしい(「歳はお父さんか、おじいさんぐらいかもしれないけど」との言葉に軽くショックを受ける)。
「理由を言うんならまだいいよ、『邪魔だからどいて』とか」
「しょうがないんじゃない、大人なんだし」と中肉の子がクールな口調で煽る。もうひとり、背の低い子は友人の会話を黙って聞いている。

「でも私らこれからの社会を担う世代なのにさあ」

さらっと太子がいい、残りの二人もそれにさらっと同意を示したのに虚を突かれた。だから自分たちは尊重されてしかるべきだ、という趣旨の言葉が続いたがびっくりして正確なフレーズは忘れてしまった。動揺が表情にあらわれそうになりあわてて首を曲げ顔をそらす。聞いていることが露見してはまずい。
小学生たちはその後も「なぜ見知らぬ大人ごときが自分たちに命令口調でものを言うのか」をテーマに延々語り続けていた。

この一件をもって今どきの子供論を展開するつもりはない。進学塾に通っている(かどうかも不確かだ)プライドの高い小学生がストレスを発散させていただけのことだ。ただ「高齢世代=自分たち若い世代が支えなければならない厄介者」の一員である誰かに侮辱されたことが許せない様子は言葉の端々から伝わってきて、たぶんこの子らはニュースや親らとの会話などを通じて高齢化社会を感覚的に厭なものとして受け止めているのだろうな、と思わされた。

私も人並みに思春期を過ごしたときには親世代が鬱陶しくてたまらなかった。ただ、それは相手が強大で抗いがたい存在であるという認識とセットになっていた。だからこそより鬱陶しかったわけだが。

大人に対して「これから自分らが社会を支えてやろうというのに、何という恩知らずな」とみる彼女らの認識が間違っているとは言えないだろう。電車内でいきなり世代間の剥き出しの敵意に出会ってうろたえている私がナイーブすぎるのだと思う。自分が大人の側にいるという自覚が薄いからだろう。
しかしこの寂寞感は何なんだろうな。
ラベル:小学生
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2008年09月23日

十歳年下の連中と合コンをしたわけだが

何年ぶりだかわからないぐらい久しぶりにそういう機会が巡ってきたわけで。3対3。まあ所詮員数合わせ、枯れ木も山の賑わいであろうとさしたる期待はしなかったし事実何も起きはしなかった(合コンで何かが起きる確率自体が0.1%以下だと思うが)。ただ意外だったのは、女の子と他愛もない話をすることの楽しさだ。

ふだん娯楽の少ない生活を送っているので些細なことが殊更大きく見えるのであろう。だが、誘ってくれた若手(しかしこいつは妻帯者で単身赴任中だ)の話の振り方は確かにうまくて、娘たちはけらけら笑って飲み物を平気でおかわりして酔っぱらっていた。刑事か新聞記者か、相手のプライバシーを手を変え品を変え巧妙に聞き出す手腕は見事の一語。こういうキャラクターが宴席の場にいるといないでは大違いである。きっと現嫁もこの話術でゲットしたのであろう。合コンで場を盛り上げる技術は、我が国においては不当に軽んじられているのでないか、とさえ思った。
女の子三人はそれぞれ対照的キャラクターで、フェロモン系ボーイッシュ系地味系ときちんと分担していた。そのうちの高学歴貧乳眼鏡っ娘に一目惚れしたのは内緒だ。なにぶん貧乳教徒なもので。

しかし交際相手が十歳下、というのはあり得ないよなあ、と改めて思う。世の中にそれぐらいの歳の差でつきあったり夫婦になったりしている人たちは少なからずいるが、我が身のこととしては想像できない。私以外の五人が気を遣って私が疎外感を味わわぬよう盛り上げてくれていた節もそれとなく感じられ、そのへん運動神経の悪い小学生のような悲哀も少しながらあるのだが、まあ楽しい時間を過ごさせてくれた後輩らに感謝ということで。

駅まで送ってさようなら解散。メアドも携帯番号も交換せず、つまりそれはいろいろな意味でだめだったのだろうが、でも心は晴れ晴れとしていた。世の中男と女でできているんだよな、うんうん、と酔っぱらった頭で思ったものだ。幹事役が最初から目をつけていたらしい貧乳娘を送ると称して連れ去ったのだけがほんの少し気がかりだったが、それもそれで合コンの景色だ。他人に利用されない人生に何の意味があろう。
ラベル:合コン
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2008年09月10日

南関東の秋

今年は九月八日から秋、ということで個人的に決定。早かったなあ。
ラベル:
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2008年07月03日

カックロ開眼

カックロの解き方というものを今まで勘違いしていたことに突然気づく。
最近ハマっているKongregate(Desktop Tower Defenseの上の広告バナーでおなじみ)のオンライン版フリーKakuroをやっていて突如天啓が訪れた。
天啓というほど大した発見ではなくて、要するにブロック全体の合計がわかっていれば個々のセルが未確定でも残りの値を推測する材料に十分なり得る、という、わかっている人には当たり前の事実にこれまで思い至っていなかっただけのことだ。

kakuro.PNGたとえば左図(部分図)のようなパターンなら、グレーで塗りつぶした3セルの合計は(13+22+17)-(13+16)=23であって、23は6+8+9にしか分解できないから、右の16(組み合わせは7+9のみ)との見合いで最上段は左から6, 7となることが自明である。kakuro2.pngあとは芋づる式に埋まって右図のようになる、という具合。

今まではグレーの上の部分の領域も含めて数の組み合わせを思い悩んでいたのだから、我ながらまったく要領が悪いことこの上ない。二桁の足し算引き算はたぶん小学二年生ぐらいの課程だろうから、小学校低学年でこのぐらいのことを理解している子供も少なくはないだろう。いやはや。

だが、なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう、と思う一方で、何かに気づいた瞬間の喜びを久しぶりに味わえたことも事実だ。Water体験とでもいいますか。
学習の楽しさはいくつになってもいいものだ、と改めて思ったので恥を承知で記録したという次第。
posted by NA at 01:12| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月08日

発掘としての引っ越し

世間には引っ越しが好きという人がいて、賃貸契約の2年ごと、もしかしたらそれより短い単位で次から次へと家を替えている。ものぐさな私には決して真似できない。
ただ、引っ越しの醍醐味というものも確かにあるのかもしれない、と気づく。

本棚だの机だのクローゼットに分散された生活道具の数々は、それら自体が過去の生活に付されたタグみたいなものだ。多くは時期ごとに層を成す諸々を発掘することは、自分自身の越し方との対面に似てはいないか。
家財がなく身ひとつで家から家へと渡り歩くような引っ越しマニアには当てはまらないが、そうでない人にとっては引っ越し作業は過去との再会のかたまりだ。昔のノートについ手が止まり、本の間から出てきた写真に思いにふけることがしばしばではないか。

と引っ越ししながら思った。
ラベル:引っ越し
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2008年05月27日

あやうし東西線

sleepingman.jpgわれらが東京メトロ東西線の車内環境が最近さらに劣悪化しつつある。
四月になると地方出身者が首都圏に大挙新規参入してきて、乗車中に携帯かけたり混んでいるときでも座席に平気で荷物を置いたままにしたりする嘆かわしい光景が増える、という傾向はここ数年見受けられたのだが、今年度は五月の終わりに近づいてもいまだに見かける。朝から腹を出してシートに横に寝ている馬鹿(と言わせていただく)も既に数例目撃した。

既存ユーザーの「車内の掟に従え」オーラが年々弱まっているのは東京天文台の観測でも明らかになっているが、このままアノミー状態に突入してしまうのだろうか。もとより混雑率198%を誇る東西線だけに、通勤ラッシュ時の些細なトラブルの累積で車内の不満が臨界点を超えようものなら暴動の引き金にもなりかねないと私は危惧している。冗談じゃなしに。

昨夜はきちがいとしか思えない太った眼鏡中年女と同じ車両に乗り合わせた。
車両トラブルによるダイヤ乱れで激混みの車両なのに、出入り口に陣取って場所を譲らないばかりか、避けて通ったサラリーマンの脇腹に手刀で突きを食らわしていたのを見て目が点になった。あれは明確に意図的な攻撃で、たまたま手が当たった、というものでは決してない。
さらに地上区間に出るとやおら携帯を取り出して大声で通話を始め(言うまでもなく周りはぎっしりの人込み)、誰だかの悪口を喚き散らす始末。乗客の迷惑そうな顔も、目の前に貼ってある「通話はご遠慮下さい」シールも当然無視。
さすがに車内アナウンスが聞こえたらしい通話相手が遠慮して切ったようだった(本人は「別にいいのに」とか言ってた)が、通話が終わると今度はドア脇に座り込んで頭陀袋から書類と電卓を取り出して何やら読みふけり出した。繰り返すが満員の通勤電車である。近くにいた勇気あるサラリーマンが意見しても知らぬ顔。別に体調が悪い様子でもない。これは無神経を通り越して明らかにおかしい。どう考えても。
しかし私も呆れるばかりで自分から注意したりはしなかったのだから、決してえらそうなことは言えない。

そういえば先日、また電車内でのわいせつ行為を乗客が見過ごす事件があった。ソースは日刊スポーツの車内ナンパ断られ、逆ギレ強制わいせつ
 JR東海道線の快速電車内で女性を脅し、胸を触ったとして滋賀県警米原署は19日、強制わいせつの疑いで、大阪市平野区、派遣工員安岡栄次容疑者(33)を逮捕した。
 調べでは、安岡容疑者は18日午後3時35分ごろから約15分間、豊橋発米原行き快速電車の大垣―関ケ原間で、2人掛け席の窓側に座っていた大阪市福島区の専門学校生(19)の隣に座り、「オレと付き合わへん?」などと“車内ナンパ"を始めた。女性が強く拒否すると、肩に手を回し「付き合わへんか」などとしつこく迫った。女性が席を離れようとすると「言うこと聞かなかったら殺したるぞ」「しばくぞ」などと脅し、腹や腕を殴るなどして服の上から数回胸を触った疑い。
 調べに対し、安岡容疑者は「手が勝手にそこに行った。わざとじゃない」と否認しているという。
 女性がすきを見て逃げ出し、車掌に連絡。米原駅で駅員が安岡容疑者を米原署員に引き渡した。女性は岐阜県内の知人を訪ね、帰宅途中で、大垣駅から乗車していた。女性は「痴漢です。助けてください」と声を上げたが、車内の他の乗客は気づかなかったという。
 JRでは、06年8月に特急「サンダーバード」車内で女性の隣に座り「大声出すな。殺すぞ」などと脅し、体を触った上、車内のトイレに連れ込み乱暴したとして、滋賀県内の解体工の男が強姦容疑で逮捕・起訴(一審懲役18年=控訴中)された。車内での性的暴行の防止策として、JRでは特急に警備員を乗せて巡回するなどの対策を取っている。
ことがわいせつ行為でなかっただけで、私の電車でも本質的には同じことが起きていた。暴行事案を見過ごしていたのだから。突きを受けたサラリーマンの骨が折れてでもいれば立派な傷害事件である。

この女がきちがいであるかどうかはともかく、公共交通機関に乗っていると年々車内が殺伐化しているのを肌で感じる。車内ひいては社会から寛容さが失われつつあるのではないか、とかまとめるのは誰かに任せるとして、自分としてはとりあえず東西線だけは何とかしたい。いったいどうすればいいのだろう。
posted by NA at 04:36| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月20日

卑怯者の発言

あまりにひどすぎるので何かコメントせずにはいられない。「そんなの関係ねえ」高裁違憲判断で空幕長(ソースは共同通信)として報じられた一件である。
 防衛省の田母神俊雄航空幕僚長は18日の定例会見で、航空自衛隊のイラク空輸活動を違憲とした名古屋高裁判決が現地で活動する隊員に与える影響を問われ、「純真な隊員には心を傷つけられた人もいるかもしれないが、私が心境を代弁すれば大多数は『そんなの関係ねえ』という状況だ」と発言した。
 有名お笑いタレントの言葉を使い、司法判断をやゆしたと取られかねない発言に批判が出そうだ。
他紙サイトもほぼ同様の報道をしているが、初報はいずれも論評抜き。どこも腰が抜けている。その中で産経サイトがなぜか共同電を使っており、さらに幕僚長の写真も載せているのが注目に値する。確かにこの方がページビューは取れるだろう。

asahi.com:イラク違憲判断、空幕長が「そんなの関係ねえ」 - 社会

隊員の心境「そんなの関係ねえ」…一部違憲判決で空幕長 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
NIKKEI NET(日経ネット):政治ニュース−政策、国会など政治関連から行政ニュースまで
自衛隊イラク派遣:輸送違憲 空幕長「関係ねえ」 会見で「隊員の心境代弁」 - 毎日jp(毎日新聞)
「そんなの関係ねえ」 イラク派遣に関する高裁違憲判断で空幕長 - MSN産経ニュース

前後にどのようなやりとりがあったかはわからないが、ほぼ正確な発言であろうとの前提で話を進める。
人事権者である石破茂防衛相は、この無責任極まりない男を即更迭すべきだ。

ある集団の多数が思ったことがそのまま正しいという理屈はない。隊員の「心境を代弁」したつもりであるからと言って何を発言してもいいということにはならない。
物事にはタテマエとホンネがある。どう考えても現行憲法九条と自衛隊の存在は矛盾する。今の自衛隊は、非戦憲法反対の立場からすればタテマエで雁字搦めになっていて、その行動には至るところで制約がつきまとう。それは今の自衛隊に科せられた十字架である。
自衛官は憲法論議に加わってはいけないとは思わないが、実務部隊の長でありながら反憲法を口にするのはおかしい。法律を蔑ろにする軍人が兵力を掌握することは危険極まりないからだ。異議申し立ては現場を離れてからしてほしい。軍部が暴走した戦前の反省を踏まえ、憲法の下で活動しなければならない自衛隊の最高幹部のひとりとして、あまりにも立場を弁えなさすぎる発言である。

……というおそらく常識的な批判とはまた別の点で、私はこの発言を許し難いと思った。
「隊員への影響」についての回答というかたちをとっているが、ここで語られていることが彼自身の心情であることは論を俟たない(まさか半日で隊員に世論調査でもしたのか?)。この内容を自分の立場で発言したら明らかにまずいだろう、という意識があったからこそ、隊員のせいにしたのだ。
典型的な責任転嫁である。こやつらは次の戦争(がいつかは知らないが)でも同じことをきっとするだろう。旧軍の無反省体質は自衛隊にも引き継がれている。およそ軍隊というものが稀有な例外を除いてそういう性質の集団なのかもしれないが。ともあれ、自国民の乗った漁船を撃沈したイージス艦関係者の醜態を見ていてもそれは容易に想像がつく。こんな発言を許してはならない。
posted by NA at 23:55| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月22日

八代

出張で熊本・八代に行った。
ホテルは楽天トラベルで探して適当にこの辺が相場だろうという価格帯の宿を見繕って予約したのだが、都市部のホテルと違って地方のホテルの値段設定がでたらめであることをうっかり失念していた。

レンタカーでホテルの駐車場に入る。中に入る通用口が変だ。周りにぴかぴか光る電飾がかかっている。何というか、ラブホテルにあるような感じのやつ。最近ラブホテル使ってないけど、まだあるんだろうか。
ぺらぺらのベニヤ張りの通路を通ってフロントに。フロントというか、クレセント錠の窓がついたただの受付だ。ロビーとは言えない殺風景な空間の片隅にはコインランドリーもある。ウィークリーでも貸しているらしいので、まあそういう肉体労働者の方が多く使っているホテルなんだろうな、と思うことにする。

受付の前に立つが、中にいるおばさんはしかし何も反応しない。一応予約客なんですが。声をかけてチェックイン手続きをする。
料金は前払い。クレジットカードを使えるかどうかわからないという。時間の無駄なので現金で払う。領収書もこっちから言わないとくれないらしい。その代わり独自の紙製会員カードはくれた。二十個スタンプを貯めると一泊ただになるようだ。うれしくない。そんなに来るか。

とりあえず荷物を置きに行く。当然のようにエレベーターはない。廊下の絨毯の上に無線LANルーターがじかに置いてあったがもはや驚いたりはしない。ホテルというよりはワンルームマンションのようで、ドアには個別に新聞受けが設置され、これまた当然のようにドアホンも各部屋にある。
部屋の中は妙に広い。小奇麗に掃除されている点は評価しよう。こんろとフライパンと皿があるな。電子レンジもある。やはり中長期滞在用か。しかしこのベッドの異様な広さは何だ。そしてなんで客が感想を書く「お客様用ノート」が部屋にあるのだ。据え置きのテレビ(DVDプレーヤーも付いている)ではアダルトビデオが課金無しで見られるではないか。

いろいろ疑問を感じつつフロントに下りたら、さっきのおばさんはもういなくて別の兄ちゃんが端末をいじっていた。従業員はどうやら時間帯ごとにひとりしかいないらしい。
そして、ロビーの壁の裏側に「泊まり5,500円、3時間3,000円」と書かれた料金表を発見した。なんのことはない、ラブホテルみたいでなくてラブホテルそのものだったのだ。
posted by NA at 23:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月14日

通勤電車には不適切な本

つめつめ満員状態の朝の快速電車で、前に立っている背の低い中年男の息が荒いのにふと気づく。薄い髪越しの地肌が汗ばんでいる。
狭く揺れる車内で彼が一心不乱に読んでいる文庫本を肩越しにちらりと見ると、案の定ポルノだった。フランス書院文庫らしい。

別に朗読しているわけでもないから何を読もうと勝手ではあるが、こういう状況で読みたいジャンルなのかこれ。周りにOLもいるのに(幸い気づいている様子はない)朝から何やってんだ、と疑問に思った。世間では痴漢冤罪事件も起きているというのに、そんなに脇の甘いことをしていて大丈夫なのかお父さん。
 大阪府警阿倍野署は11日、交際中の女(31)と組んで痴漢事件をでっち上げ、会社員男性を警察に引き渡したとして虚偽告訴の疑いで、京都市山科区北花山寺内町、甲南大4年蒔田文幸容疑者(24)を逮捕した。
 女が阿倍野署に「(蒔田容疑者から)痴漢事件を装い、示談金を取ろうと持ち掛けられてやった」と自首して発覚した。同署は女も立件する方針で、余罪も追及する。蒔田容疑者は「弁護士が来ないと話さない」と供述しているという。
 調べでは、蒔田容疑者は2月1日午後8時半ごろ、大阪市営地下鉄御堂筋線に女と乗車。堺市の会社員の男性(58)に近づき、目撃者を装って「尻を触っただろう」とうそをついて天王寺駅で取り押さえ、阿倍野署に引き渡した疑い。女は車内で泣き崩れる演技をしたという。
できればこういう人のそばにはいたくないのだが、なにぶん満員電車ゆえ移動はおろか体のポジションを変えることさえままならない。背中にぴったり張り付いた状態で我々は高速移動を続ける。
小声でフゥーフゥー興奮している中年男の後ろ(彼の前面がどうなっていたかは知らない)で過ごす10分間は、体感的には30分以上にも思えた。しかし情が移ったのか、乗り換え駅でともども降りたとき、なぜか「ああお父さんはとりあえず無事だった」とほっとしたりもした。

きっと愛読している作家の新刊か好みのシチュエーションの話に出会ったかしたので、矢も盾もたまらず読みふけってしまったのであろう。通勤電車の掟破りの没入ぶりがうらやましく……は決してないが、まあ人に迷惑をかけない限り許せないこともないような。寛大すぎるかな。やっぱ見た目にキモいことはそれだけで罪になってしまうのか。

いずれ児童ポルノだけでなく成人ポルノも規制される日が来るんだろうな、となんとなく思う。個人の内面に立ち入って非難する論者の多さに比べて、不道徳な趣味を抱えた者たちの反論はいかにも弱々しい。遠からず想像の王国の中でも人は自由でいられなくなるのだろう。
ラベル:中年 通勤電車
posted by NA at 17:52| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月29日

ダンシング・ヴァニティ(筒井康隆)

以前にも書いたことがあると思うが、中学生で「宇宙衞生博覽會」を初めて読んだときのことは今でも忘れられない。筒井作品はそれまでにもいくつか読み、ファンになってはいたが、筒井文学の真価を悟ったのはこの単行本に触れたときだった。
「悟った」と偉そうなことを書いたが、何分厨房ゆえ文学について何かを知っていたわけではない(まあ今も大差ないが)。だが、一読後「大変な物を読んでしまった」と震え、「もう今までの自分ではいられない」と真剣に思った。これは自分にとっての文学的な事件だと理解した。それは間違っていなかったと思う。
当時としては画期的にグロテスクだった人体毀損小説「問題外科」ももちろんショッキングだったが、それ以上に「蟹甲癬」「顔面崩壊」「関節話法」「最悪の接触(ワースト・コンタクト)」「ポルノ惑星のサルモネラ人間」と続くSF作品集が素晴らしかった。世界の見方が変わった、と言っていいだろう。特に巻末を飾る「ポルノ惑星」は題名に反して神々しさすら感じさせる大傑作だった。もし私が語学の天才だったら百カ国語に訳して無料で配っている。絶対。

所詮厨房なので、それまで碌な世界観を持っていたわけではないが、自分が今生きている日常とはまったく別の宇宙が想像の中ではあり得るということ、そして想像の中でも心を揺さぶる真実は描き得るということを、私はこの決して厚くはない短篇集によって知った。横尾忠則による悪夢のように美しい装丁(ただしハードカバー。文庫版はセルフパロディのようなめちゃくちゃな絵になっている)もあって、文字通りわが宝物といっていい一冊だ。
そして今にして思えば、この時期が作家筒井康隆にとって文学的創造力のピークだったのだろう。誰にも頂点はある。

ここ数年、思うところあって筒井康隆の新作はパスしてきた。今回、各メディアの書評で興味を覚え、ハードカバーを久々に買うつもりで本屋で手に取った「ダンシング・ヴァニティ」は、しかし硬い表紙ではなかった。ソフトカバー四六判。作中で物書きの主人公が立派な体裁の単行本にこだわる場面が出てくるのは何かの符合か。

読み終わった今、いささか困惑している。各紙誌の書評で称揚されている「反復」の効果がいま一つわからない。いや、やろうとしていることは理解できるのだが、心を動かされはしない。これは「老人の繰り言」を文学的に昇華した結果なのだろうか。読後感がうまくひとつの焦点を結ばないのは、私の集中力低下によるところも大だろう。
だが、ここしばらく感じていた「かつての大天才筒井もすっかり枯れたか」という失望を今回覚えなかったことも事実だ。

筒井康隆が老いと夢想と死を中心に据えた作品を書くようになって久しい。「夢の木坂分岐点」がその嚆矢だったと思うが、少し遡った「イリヤ・ムウロメツ」「旅のラゴス」あたりの英雄物語にもその気配は感じられる。
かの断筆宣言事件をはさんでいよいよ沈鬱の度を増してゆく筒井作品は好きになれなかった。「敵」「恐怖」「ヘル」などの短めの長篇は、同じ主題の焼き直しにしか思えず、失望しか覚えなかった。毛色は違うが「わたしのグランパ」も理想の終焉を描いたものとして同列に位置付けられよう。「銀齢の果て」以降の作品はまだ読んでもいない。

「ダンシング・ヴァニティ」もまた老年と死をめぐる物語だった。残念ながら、面白かったとは間違っても言えない。しかし、これは私自身の加齢と昨年来の体調不良による影響もあるとは思うが、生と死を扱ったストーリーに忌避感を以前ほど覚えなくなったことに気づいた。そして、あり方は昔と大きく異なるものの、迫る終末を前にじたばたともがき醜態を曝す登場人物の姿はまぎれもなく筒井的であることにも。
頂点からの坂の下り方にもいろいろある。透徹した視点で死を超越した物語を描くよりも、自分に似せた主人公らが俗世間の泥濘に塗れて見苦しく足搔く様を書くことを筒井康隆は選んだのだろう。潔いと思う。

三月発売のファウストに載るという初のラノベ「ビアンカ・オーバースタディ」(「モナリザ・オーバードライブ」へのオマージュか?)がどんな作品に仕上がるかがちょっと楽しみになってきた。「時をかける少女」の筒井、という現代の青少年が感じているイメージの上に構築され、それを思いっきり卓袱台返しする小説になるのでは、との予感を勝手に抱いているのだがどうだろう。ラノベでは数行で語られがちな薄っぺらい死を塗り替える、驚天動地の作品が生まれはしないか、とほんの少しだけ期待している。
posted by NA at 02:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月22日

月面シンクロナイズ

2月21日は満月だった。

こよみのページ

昨夜は新幹線の窓から丸い月を眺めて「いい月だなあ」と思っていたが、その同じ日、中国でサッカー日本代表のこの人も月について書いていたことを後から知った。
ガンバ大阪・安田理大選手のブログ
ホテルに帰り、カーテンを閉めようとして、ふと夜空を見上げたら、まん丸なお月さんの中でなんとウサギさん達が応援してくれてました。

「みちピョン頑張るんだピョン!!」

ってことやから、早くピッチでピョンピョン暴れれるように完治させます。
(原文はカナが半角)
なぜウサギが出てくるかは原文を見てのお楽しみ。
安田選手、文才あるなあ。「大阪人」の面目躍如。次の試合も頑張ってほしい。

安田選手の見たのは20日夜の満月少し手前の月だろう。彼以外にもここ数日、冬の晴天に輝く月を愛でた人はたくさんいるに違いない。
月への眼差しが可視化できたら面白いのに。無数の突き刺さる矢印たち。
ラベル:安田理大
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2007年12月04日

なんでこんなに

残業中の職場のテレビでNHK歌謡コンサートがついている。残っているのは野郎ばっかりである。
別にテレビ画面を見ているわけではなく、みな端末に向かって音だけが聞こえる状態。淀んだ空気。

大泉逸郎が出てきて「孫」をうなっているらしい。
大泉「なんでこんなに可愛いのかよ〜」
社員A「子供、かわいいよね」
社員B「んあ」
社員A「早く帰るか」
社員B「さっさと仕事せえ」

とあまり機嫌のよくない、会話ともいえない反射的やりとりが続く中、一瞬の沈黙(BGMは「孫」)にたまたま一人がぼそっと漏らした

社員C「ペニス顔って下品だなあ」

の一言で数人が同時に吹き、職場が恐慌に陥ったことを記録しておこうと思った。
みんな疲れてるんだね。

孫 大泉逸郎 歌詞情報 - goo 音楽
ラベル:空耳
posted by NA at 20:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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