2005年11月16日

営業ものがたり(西原理恵子)

もしこのサイトを訪れて下さったあなたが西原理恵子を少しでも知っているなら、こんな駄文など読まずにとっとと本屋へ走るべきだ。
卑と聖の間を大きく揺れ動く輪の中で私たちの日々は営まれている。サイバラはその両極点を高速で往復しながら、傑作「うつくしい のはら」を描いた。

通勤電車の中で、卑語に自虐ネタ満載の「営業」の日々を描いた漫画の数々を笑いをかみ殺しながら読んでいた。やがてこの作品のページに到達、「しまった」と思った。隙だらけの心が不意打ちを食らった。泣きそうになった。
上を見たりしてこらえてページをめくると、再び「まんこ」を連呼するような下品路線のページに戻る。めまぐるしい。最後まで読み終えて、もう一度「のはら」を読む。また泣きそうになった。

「うつくしい のはら」は、手塚治虫「史上最大のロボット」のリメイクである浦沢直樹「PLUTO」へのオマージュとして描かれた。成立の経緯についてはエキサイトブックスに詳しい。
エピソードを自在に引用・拡大して手塚世界と思う存分戯れる浦沢版と違い、サイバラが大手塚に挑んだ手法は居合い抜きにも似た正攻法だった。「史上最大のロボット」では一瞬垣間見えた、壊される/殺されるために生まれることの悲しみを、短いページ数の中で一閃、奥行き深く描ききったのだ。短いページだからこそ可能だったとも言える。
戦争、貧困、教育、親子。多様な断面を持つ原作から悲哀のエッセンスだけを抽出した、まさに珠玉の短篇だ。

だからこそ、彼女はこの作品を(誇張されてはいるが)現実の汚泥に塗れた混沌を体現したような「営業」シリーズの真っ只中に配置したのだろう。あざといといえばあざといが、純化だけでは人は生きられないからだ。
「あたしは泣かせようと思えばこんなの簡単に書ける」と言わんばかりに先に進む無頼派サイバラはかっこいい。彼女が経由した様々な回り道が、この本には凝縮されている。

Amazonの書評にも同様の提案があったが、この作品を各国語に翻訳した絵本を作って販売し、売り上げの一部をUNICEFでもUNESCOでもいいから寄付するわけにはいかないものだろうか。ホワイトバンド運動などよりよほど有意義だと思うのだが。
posted by NA at 21:59| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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