2008年04月07日

古文について

いや、何の脈絡もないんですが単なる思い付きで。

学校で習う古文って、どうして現代に近いものからだんだん遡って行かないんだろう、とふと疑問に思った。いま使われている言葉から一番(かどうか知らんが)遠い表現で、現在の風俗とはほとんど断絶したものごとについて語られたものから読まねばいかん、と誰が決めたのだろうか。

昭和期から初めて、徐々に前の時代の作品をさらっていくという学習スタイルで何か問題があるのだろうか。
明治時代は文明開化に伴って様々な表現上の実験も行われた時代であるため若干混乱してはいるが、それでも万葉集や源氏物語を読解するよりは平易に理解できる文章が多かろう。そして江戸時代、さらに安土桃山時代(の文学作品ってあるのか知らないが)、戦国時代…奈良・平安時代へと進むのだ。

と考えると当然、歴史もその順で学んだ方がよかろうね、ということになる。
わしらがこうして繁栄を謳歌していられるのも第二次世界大戦で負けたからであって、という現実から教えるのは簡単なのか難しいのかにわかに判断しかねるが、とりあえず事実は事実として教える方がよろしいのではないかと思う。できることならば小学校あたりで現状の把握と昭和初期までのタイムスリップは終えておいて、中学生の古文と歴史の授業はシンクロして、いわば政治と文化を同時並行で教えるとまたいろいろ面白い発見があるのではないか、と思ったりする。
大昔のことを知らなくても社会生活にはほとんど差し支えないが、近現代史の知識がないのは結構まずいのではなかろうか。日本は戦争でアメリカや中国に勝ったと思っているぬけ作は少なくないはずだ。

歴史書というものは昔→現在への編年体で書かれるのが当たり前なので、それを踏襲すると時の流れに逆らわないカリキュラムに当然なるのだが、子供というものは普通自分の身の周りにしか興味を持たないものなので、教育の現場においては逆順もありではないか、と思ったりした。
公教育にここまでの飛躍は到底期待できそうにないが、私立の小中一貫校でどこかそういう画期的な教育法を編み出してはくれないものだろうか。別に間違っても死ぬわけじゃないし。
タグ:歴史 古文
posted by NA at 23:59| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 重箱 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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