2008年02月29日

ダンシング・ヴァニティ(筒井康隆)

以前にも書いたことがあると思うが、中学生で「宇宙衞生博覽會」を初めて読んだときのことは今でも忘れられない。筒井作品はそれまでにもいくつか読み、ファンになってはいたが、筒井文学の真価を悟ったのはこの単行本に触れたときだった。
「悟った」と偉そうなことを書いたが、何分厨房ゆえ文学について何かを知っていたわけではない(まあ今も大差ないが)。だが、一読後「大変な物を読んでしまった」と震え、「もう今までの自分ではいられない」と真剣に思った。これは自分にとっての文学的な事件だと理解した。それは間違っていなかったと思う。
当時としては画期的にグロテスクだった人体毀損小説「問題外科」ももちろんショッキングだったが、それ以上に「蟹甲癬」「顔面崩壊」「関節話法」「最悪の接触(ワースト・コンタクト)」「ポルノ惑星のサルモネラ人間」と続くSF作品集が素晴らしかった。世界の見方が変わった、と言っていいだろう。特に巻末を飾る「ポルノ惑星」は題名に反して神々しさすら感じさせる大傑作だった。もし私が語学の天才だったら百カ国語に訳して無料で配っている。絶対。

所詮厨房なので、それまで碌な世界観を持っていたわけではないが、自分が今生きている日常とはまったく別の宇宙が想像の中ではあり得るということ、そして想像の中でも心を揺さぶる真実は描き得るということを、私はこの決して厚くはない短篇集によって知った。横尾忠則による悪夢のように美しい装丁(ただしハードカバー。文庫版はセルフパロディのようなめちゃくちゃな絵になっている)もあって、文字通りわが宝物といっていい一冊だ。
そして今にして思えば、この時期が作家筒井康隆にとって文学的創造力のピークだったのだろう。誰にも頂点はある。

ここ数年、思うところあって筒井康隆の新作はパスしてきた。今回、各メディアの書評で興味を覚え、ハードカバーを久々に買うつもりで本屋で手に取った「ダンシング・ヴァニティ」は、しかし硬い表紙ではなかった。ソフトカバー四六判。作中で物書きの主人公が立派な体裁の単行本にこだわる場面が出てくるのは何かの符合か。

読み終わった今、いささか困惑している。各紙誌の書評で称揚されている「反復」の効果がいま一つわからない。いや、やろうとしていることは理解できるのだが、心を動かされはしない。これは「老人の繰り言」を文学的に昇華した結果なのだろうか。読後感がうまくひとつの焦点を結ばないのは、私の集中力低下によるところも大だろう。
だが、ここしばらく感じていた「かつての大天才筒井もすっかり枯れたか」という失望を今回覚えなかったことも事実だ。

筒井康隆が老いと夢想と死を中心に据えた作品を書くようになって久しい。「夢の木坂分岐点」がその嚆矢だったと思うが、少し遡った「イリヤ・ムウロメツ」「旅のラゴス」あたりの英雄物語にもその気配は感じられる。
かの断筆宣言事件をはさんでいよいよ沈鬱の度を増してゆく筒井作品は好きになれなかった。「敵」「恐怖」「ヘル」などの短めの長篇は、同じ主題の焼き直しにしか思えず、失望しか覚えなかった。毛色は違うが「わたしのグランパ」も理想の終焉を描いたものとして同列に位置付けられよう。「銀齢の果て」以降の作品はまだ読んでもいない。

「ダンシング・ヴァニティ」もまた老年と死をめぐる物語だった。残念ながら、面白かったとは間違っても言えない。しかし、これは私自身の加齢と昨年来の体調不良による影響もあるとは思うが、生と死を扱ったストーリーに忌避感を以前ほど覚えなくなったことに気づいた。そして、あり方は昔と大きく異なるものの、迫る終末を前にじたばたともがき醜態を曝す登場人物の姿はまぎれもなく筒井的であることにも。
頂点からの坂の下り方にもいろいろある。透徹した視点で死を超越した物語を描くよりも、自分に似せた主人公らが俗世間の泥濘に塗れて見苦しく足搔く様を書くことを筒井康隆は選んだのだろう。潔いと思う。

三月発売のファウストに載るという初のラノベ「ビアンカ・オーバースタディ」(「モナリザ・オーバードライブ」へのオマージュか?)がどんな作品に仕上がるかがちょっと楽しみになってきた。「時をかける少女」の筒井、という現代の青少年が感じているイメージの上に構築され、それを思いっきり卓袱台返しする小説になるのでは、との予感を勝手に抱いているのだがどうだろう。ラノベでは数行で語られがちな薄っぺらい死を塗り替える、驚天動地の作品が生まれはしないか、とほんの少しだけ期待している。
posted by NA at 02:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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