2005年08月23日

伊坂作品に見る兄弟の姿

伊坂幸太郎作品に登場する兄弟像に興味がある。

第一作「オーデュボンの祈り」では、幼い弟を虐待した兄(まだ子供だ)が「桜」に射殺される。「重力ピエロ」は異父兄弟の絆がメインテーマ。「魔王」「呼吸」は超能力を持った兄弟(と書くと大友克洋の「Fire-ball」みたいだけど)の物語だ。いずれも弟は善、正義もしくは成功を体現する存在だ。血縁関係ではないが、「陽気なギャングが地球を回す」の愛すべき久遠も「弟」的キャラクターと言える。
伊坂幸太郎は私小説作家ではないので、私生活に対する詮索が直接作品の理解を助けるわけではないが、彼自身が二人兄弟の兄である(とどこかのインタビューで読んだ)ことが、きっと何らかの影を小説にも落としていると思う。弟(的存在)への配慮を行間に感じるのだ。

伊坂兄弟は仲がいいのだろうか。私の場合は友好関係を保ちつつも微妙な緊張が常にある。
歳の近い弟がいるのだが、基本的に彼に対する思いは「申し訳ない」だ。幼い兄弟における兄が必ずそうだとは思わないけど、少なくとも私は彼に対して暴君として振舞った。学齢期に至るまでは生活のほぼすべてに干渉し、それ以降も一定の影響を行使していたに違いない。今となっては取り返しのつかないことだ。
弟にとって兄がいたがゆえのメリットというものもあり得るかもしれないが、自分では決してそれを主張する気にはなれない(自分については思いつかないし)。

というわけで、全然論理的ではないが、伊坂作品に「兄であることの痛み」をかすかに感じるのは深読みが過ぎるだろうか。タイトルがすっげえ羊頭苦肉でごめんなさい。
posted by NA at 19:57| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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