2007年10月14日

親の責任について

ふと思ったのだが、古い話だけど沢尻エリカにしても先日の亀田大毅にしても、ちょっと歳上だけど朝青龍にしても、もっと歳上だけど前の首相にしても、本人自身より後見役・指導役たるべき周りの人間の責任の方がよっぽど大きいんでなかろうか。と無理やりまとめてみるテスト。

幻想を売って生きるべき女優が、自分の名前で諸悪の根源は全て私」なんて阿呆な文章を出してはいかんよなあ。悪の権化か。いったい事務所は何をやっていたのだ。
まあそもそも純愛映画の主演女優が金髪ヒョウ柄のビッチ風スタイルで舞台挨拶に出ることを許容した時点で、グリップ力ゼロは露見していたわけだが。

先のタイトルマッチを巡る亀叩きのバリエーションはネット上で既に出尽くしているので、ここはとーびーらーんぶしー - 亀田大毅を罵るような批判に思うへのリンクで十分であろう。馬鹿親に馬鹿に育てられた不幸を思いながら粛々と腹を切ればよろしい。

朝青龍については以前山崎元さんがブログ「王様の耳はロバの耳!」 朝青龍への適切な処分は?で書いておられたように「横綱降格」の上で土俵に出すのが一番よかったと思うのだが、何せ横綱位というものは一度なったら引退するか死ぬしかないという恐るべき十字架なので(理由は知らないが)、なかなかそういう処分もできなかったのだろう。
相撲協会としてはどんな横綱にしても不在になるよりはましという興行上の都合もあったのだろう(白鵬が昇格した途端に品行を問題視するようになったのもむべなるかな)し、そういった事情で横綱になってしまったモンゴル出身のやんちゃ坊主にアサシオ太郎改め高砂親方が意見できるはずもない。

時津風部屋で稽古に名を借りた傷害致死事件(やってる行為の内訳を見るとほとんど殺人だと思うが、相撲取りというのはそういう目にあってもなかなか死なない人の集団なのだろう。おそろしい)が起きたことの影響がどっちに出るかは不明だが、短期的な関心の分散はともかく、中長期的には角界改革(口に出すとへんな言葉だ)の流れの中で朝青龍も切られることになるだろうとみている。亀次郎が腹を切ってもなお死なないようだったら、ふたり揃って総合格闘技など別の世界に転進するのがよかろう。サッカー界は無理だろうが。

辞意表明した途端に政治的死者扱いされた安倍某の件も、パパ役のはずの小泉元首相の放任主義が悲喜劇を生んだ一因であろう。抜擢された側より誤って抜擢した側の方が罪は重い。

日本社会がゆるくなっている証左がいたるところに現れている。って四例だけか。まあいいや。ともあれ若い才能は裏工作や権力の乱用で早めに潰して好き勝手にやらせない、古き良き日本社会の常道的手法が復活することを祈るほかない。
posted by NA at 04:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 重箱 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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