2012年04月20日

「ルート・アイリッシュ」のもやもや

ケン・ローチ監督の「ルート・アイリッシュ」を観た。志の高さはわかるのだが、どうにももやもや感が残る映画だったので、もやもやした感想を書いておく。以下ネタバレ注意。





民間軍事会社(PMC)に雇われた傭兵らがイラクで起こした事件の解明を縦糸に、物語は綴られる。探偵役は元民間兵のファーガス。自らがPMCへ誘った、兄弟同然の幼馴染フランキーはなぜイラクで死なねばならなかったのか。遺品を調べるうちに、ファーガスは無辜の市民が惨殺された現場にフランキーが関与していたことを突き止める――。概略そういう話だ。
トレインスポッティング以降(その前からかもしれないけど)イギリスの労働者階級の若者を演じるには単語と単語の間に必ず「fuck」を挟まないといけないことになったらしく、この映画でも例に漏れずファックが無慮数千回連呼万呼される。もっとも舞台が2007年なので、事件の鍵がイラクの少年が持っていた携帯電話に収められた動画だったり、ファーガスがPCでスカイプだかなんだかのビデオチャットサービスを使って聴き取りをしたりするのが今風ではあった。

終幕、フランキーの死の真相に行き当たったファーガスは残酷な復讐に手を染める。なぜか。彼もまた戦場で深くトラウマを負っていたからだった!――というのがケン・ローチ監督が用意した結末だ(単純化しすぎだが)。ファーガスが冒頭から粗暴な行動を繰り返していたのはこのための伏線だったのだ。合法的に裁けない悪は自ら始末するしかない。そしてファーガスも自らにピリオドを打つ。ネタバレすまぬ。PTSDという設定ですべて辻褄があったことになっているんだろうか、と正直若干あっけに取られた。

というわけでこの映画には救いはない。イラクの罪なき子供らも貧しさゆえに戦場に身を投じた若者らも不祥事隠蔽を工作した同僚の民間兵も一儲けを企んだ民間軍事会社のお偉方もみんな死ぬ。その不毛こそがイラクの実態であり目を背けてはいけないのだ、というメッセージはよくわかる。その志は尊い。だがなぜか釈然としないものが映画を観た後に残ったこともまた事実だ。

ファーガスはかつて有能な兵士だったことがいくつかのカットで示される。戦場から退いてからもトレーニングを怠らず、手際よく情報収集する彼は最短距離で真相に迫り、親友の敵を突き止め仇を討つ。たぶんその全能さが、この映画の世界観、小さな幸福がないがしろにされ個人の力は戦場の中で埋没し命の重さなど鴻毛に等しいイラクの現実にそぐわないのだろう。フィクションとしての映画を成り立たせるためにはどうしても主人公の超人的活躍が必要であることはわかっているのだが、描かれたエピソードのリアルさがそれを拒んでいる、そんな気がした。

と難癖をつけたものの、それでもやはりこれは(2年遅れの公開であってもなお)観る価値のある映画だと思った。最近少し弱っている心に結構重い一撃を食らった2時間だった。この一撃は受け止めなくてはならない。
私たちの国からイラクやその他の戦地・紛争地に派遣された兵士たちが人殺しに(少なくとも積極的に)関与していないことを心から願ってやまない。
posted by NA at 02:18| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
愛アプリでならこんな私でも受け入れてもらえる。愛アプリでなら私幸せになれる。愛アプリでなら私は私でいられる。そんな関係に私はなっていきたい。明日は大雨。密会にはなんてもってこいな空模様なの。私は日陰。あなたは私を照らしたりはしてくれない。私はあなたに何も求めない。側に居させて
Posted by 愛アプリ at 2012年04月22日 19:58
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック