2006年09月20日

本読み日記'06夏(5)

もう秋になってしまったので夏の思い出をいつまでもだらだら続けているわけにはいかない。簡単にまとめ。

△配達あかずきん(大崎梢)
本屋を舞台に書店員が活躍する短編連作ミステリ。
書店員の日常がよく描けていて最初に読んだときは○印象だったんだけど、かわいい天真爛漫ドジっ子女の子店員がおつかいならぬ配本に出かけて事件に巻き込まれる顛末を描いた標題作が、なぜか思い出すほどに蕁麻疹級の居心地悪さになっていったという不思議な一冊。私こういうの苦手なんです。好きになれなくてごめん。

△ときめきアリス(吾妻ひでお)
ファンとして最近のあじまリバイバルは素直に喜びたいのだけど、絶頂期を過ぎて下降線にあったときの作品が、装いを少し変えただけで店頭に並ぶのを見るのは正直辛い。「メチル・メタフィジーク」や「るなてっく」などの狂騒的傑作はもはやどんな漫画家からも生まれ得ないのだろう。

○うつうつひでお日記(吾妻ひでお)
↑上に書いたこととは別に、近況を描いたこの日記漫画は素直に楽しめた。描線の変化には目をつぶり、とにかく読書量の多さに驚く。まあこれだけのインプット能力がなければ「不条理日記」は描けなかっただろうけど。そして多量の情報をスクエアなコマ割りで畳み掛ける構成が吾妻漫画の魅力のひとつであったことに今更のように気づく。

△砲艦銀鼠号(椎名誠)
シーナ異世界物はいつの間にか変質して、現実世界と地続きになっていたらしい。ユーロや元が流通し、ビールや桂花陳酒を登場人物が酌み交わすのは興ざめだった。様々に異体進化した生物や各種おんぼろ機械も登場するが、それらの小道具が奔放に活躍する場面は少なく、旧作にみられたダイナミックさは大きく損なわれている。心境の変化だろうか。

●ちぇりあい(戸梶圭太)
童貞を虐待し打ちのめす、相変わらずひどすぎな戸梶ワールド。ラストの悪趣味さに言葉を失う。でもどうせまた新作が出たら読んでしまうんだろうなあ。

△笑う食卓―面白南極料理人(西村淳)
極地で活躍するシェフの話が面白くないわけはないはずなのに、なぜか盛り上がらなかった。原因のひとつは過剰に笑いを取りに行こうとする文体だろう。たぶん、もっと普通に書いた方がよかったのではないかと。和田誠の表紙でも必ずしも当たり本とは限らない、という残念な教訓。

◎神無き月十番目の夜(飯嶋和一)
かつて流行した冒険小説とされるジャンルを読み漁った頃の興奮を思い出した。慶長年間、木っ端役人の検地を引き金に村を襲った悲劇を骨太に描き出す、現代に通じるテーマを扱った歴史小説の傑作。五分の四まで読み進めたところで起きる思いがけない展開は、その後に訪れるであろうどうしようもない悲惨(冒頭で予告されてはいるのだが)を否応なしに予見させる。あまりの救いの無さに、読後しばらく何も手に着かなかった。

△初恋温泉(吉田修一)
五つの実在する温泉で五組の男女の恋愛模様を描く、雰囲気勝負の企画物連作短編。語り口の上手さで読ませる作家なのかもしれないが、具体的にそれぞれの温泉のイメージが浮かばない当方には舞台設定の妙(があるのだろう、たぶん)が伝わらない。俺にはまだ早すぎたか。

○裁判長!ここは懲役4年でどうすか(北尾トロ)
実践的裁判傍聴記。他社単行本から文春文庫に入ったのだが、裁判がらみでの週刊文春の虚報について触れた部分があった(単行本当時のままかどうかは未確認だが)のには感心した。
人生失敗マニュアルとしていろいろな読み方ができるだろうが、いつ正しい道を踏み外すかが心配で日々おろおろしている俺には、どれもこれもひとごととは思えなかった。奈落は至る所に口を開けて待っているのだ。

◎不思議島(多島斗志之)
多島斗志之という作家は名前しか知らなかったが、もっと早く読むべきだったと反省。おそらく旧作を復刊した東京創元社編集部の思いも同じだったのではないか。
瀬戸内を舞台に、少人数の登場人物の愛と葛藤、秘められた過去のエピソードが繰り広げられる。大作の趣はないが、繊細な心理描写には最近の粗雑な国産ミステリにはない濃やかな味わいがある。主人公のトラウマとなった過去の事件のいきさつ、男女が惹かれあうくだりが駆け足で消化されてしまうのはややもったいない気もするが、海と島に囲まれた閉ざされた空間での相似形の心理劇(というのも変だけど)の緊密な構成を優先させたのだろう。埋もれさせておくには惜しい秀作である。
続いて復刊された「二島縁起」も購入済み。楽しみだ。

◎子どもは判ってくれない(内田樹)
しびれた。内田樹一流のレトリックは、いつもながら胡散臭いが刺激的かつ魅力的だ。
基本的にウェブサイトの文章の再録なのだが、凡百のブログ本と違ってこれは本のかたちで読まれるべき必然性がある。携帯して任意のページを任意の場所で開くのがこれらの文章群の正しい読み方だと思う。そこに啓示があれば勝手に打たれればよい。まさに文庫化されるべき本だった。
長いけど前書きからそれ自身がこの本の魅力を端的に語っている文章を引用。
 長く生きてきて分かったことはいくつかあるけれど、その中の一つは「正しいこと」を言ったからといって、みんなが聞いてくれるわけではない、ということである。
 イラク戦争のとき、朝日新聞の社説は「米英軍はバグダッドを流血の都にしてはならない。フセイン大統領は国民を盾にするような考えを持ってはならない」と書いた。
 この文章はまったく正しい。
 まったく正しいけれど、いったい、この文が誰に向かって語りかけているのか、私にはよく分からなかった。
 読者に向かって語りかけているのだろうか?
 どうも、そのようには思えない。というのは、読者たちは米英軍の作戦内容に容喙する立場にないし、フセイン大統領の「考え」をコントロールする能力も持たないからだ。
 権限のない者に、そんなことを言ってみても始まらない。
 読者たちではないとしたら、この記事はいったい誰に向けて書かれたものだろう。
 ジョージ・ブッシュ? それともサダム・フセイン?
 まさかね。
 「フセイン大統領は国民を盾にするような考えを持ってはならない」というのはいかな悪逆無道のフセインが相手でも無体な要求である。「考えを持つ」のはフセインの頭の中の出来事であり、百パーセント、フセインさんの自由に属する。
(中略)
 にもかかわらず、その「言ってみても始まらない」ことをこの論説委員はさらりと書いてしまっている。そして、そのことにご本人はおそらく違和感を覚えてない。
 この事実のうちに、私は私たちの時代の言説を蝕んでいるある種の「病」の徴候を感知するのである。
 私が「病」というのは、この論説委員が「言葉を届かせる」ということにあまり興味がないということである。彼が興味を持っているのは「正論を述べる」ことであって、その正論が「聞き届けられるべき人に聞き届けられる」ということにはそれほど興味がない。
 しかし、これはことの順逆が狂ってはいないだろうか?
(中略)
 それらの主張が「正しい」ことを私は心から認める。しかし、それを繰り返し呼号し、看板にして街角に立て、新聞広告に掲げ、テレビCMで流すことで、何か世界に新しい「善きもの」が作り出されるだろうという見通しには同意できない。
 それはメッセージそのものに意味がないからではなく、その「差し出され方」が間違っているからである。
 そのメッセージは誰にも向けられていない。
 誰からの反論も予期しないで語られるメッセージというのは、要するに誰にも向けられていないメッセージである。「百パーセント正しいメッセージ」はしばしば「どこにも聞き手のいないメッセージ」である。
 だから、私は「メッセージを発信する」という行為において、最優先に配慮すべきことは、そのメッセージが「正しい」ことではなく、「聞き手に届く」ことだと思う。
(強調は引用者)
俺のメッセージは誰にも全然届いていないなあ、と長くて下手でピントはずれな己の文章を読み返して嘆息しつつ、それでもものを考えることをやめてはいけないと示唆を与えられる。そんな本だ。

◎まっ正直な家づくり(樋口義征)
東京の一工務店主が一念発起して原価と利益を開示する「マニフェスト住宅」を提唱、NPO法人日本マニフェスト住宅協会を設立するに至る経緯をまとめた本。
月並みだが、これから家を建てようと思っている人は必ず読むべきだ。家を作るということに自分がいかに無知であったかを思い知らされる。建築業界の内情も赤裸々に述べられており、既に建てた人が読んだら怒りを駆り立てられるところも多いに違いない。
人生最大の買い物を生命保険付きのギャンブルにしないためにも、発注する側はもっと家づくりについて学ばねばならない。講演録をベースにしたと思われるこの本のつくりは丁寧ではないが、樋口氏の思想を等速で記録することには成功している。理想の家づくりに向けた出発点として、発注・受注双方の当事者に広く読まれるべき一冊だと思う。

まだ書き漏らしている本はいろいろあるけど、どう面白かったかを書き分けられない自分の感想文技術の低さに嫌気がさしてきたので、とりあえずこのへんで切り上げておこう。
posted by NA at 03:03| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

日本建築のレトリック―組物を見る
Excerpt: 日本建築のレトリック―組物を見る
Weblog: ロドリゲスインテリーン
Tracked: 2009-12-27 21:35