2010年09月08日

夏と眼鏡

素晴らしいキャリアを引っさげて途中入社してきた彼女が一年経たずに退職願を出したとき、職場の中でそれを疑問に思う人はあまりいなかった。現在の我々の仕事はあまりにもしょぼすぎるからだ。
話半分かもしれないが、彼女がこれまで知り合い仕事を共にしてきたという綺羅星のごとき有名人らの名前を我々は口を開けて聞くしかなかった。携帯でいつでも連絡取れるだって。そんなご立派な方に、コピペができれば猿でもオーケイな資料整理や色分けすれば知育向上には役立つかもしれんような紙仕分けなぞをさせていていいわけがない。
「寿退社か」「出身の関西に戻るらしい」「でも親は青山に住んでたはずだが」「つてを使って国際機関に入るという噂もある」などなど進路について謎を残したまま、貧乳インテリ眼鏡っ子萌えを多くの心(おれのも含む)に残して彼女は颯爽と我が社を去った。うちはサンダルが似合う職場なんだ。きみのヒールはもったいなかったよ。
二ヶ月前のことだ。

くそ暑い夏がやってきて列島に腰を落ち着けなかなか去ろうとしない中、なぜか彼女と酒を呑む機会ができた。もちろんその他大勢の眼鏡萌えと一緒だ。ふだんの夏より鬱陶しさ五割増のくそ暑いビアホールで、しかし颯爽とやってきた彼女は相変わらずすごい美人で涼しげで快活で、そして職場にいた頃より大声でめいっぱいの尊大キャラになっていた。
今にして思えば、噂が噂を呼んで尾鰭背鰭胸鰭までついた怪魚状態のセルフイメージを逆手に取っての女王演技だったのかもしれないが「よくって、あたくしにどなたもビールを注がないの?」と叫ぶ彼女に我々は馬鹿みたいにげらげら笑いながらビールを飲んで飲んで飲んだ。彼女は女王様らしく偏食が激しく、ほとんど酒ばかりしか口にしていなかったように思う。
七時に始まった会は十時を回っても終わらず、別の女の子がひとり飲み過ぎて具合が悪くなり、彼氏を携帯で呼んで介抱させる騒ぎになり、そしてげろはげろを呼んでさらに別の者がつぶれ、いつの間にか精算も終わっていて気がついたら全然帰り方向の違う私が彼女を送る羽目になっていた。

彼女も会の終盤には泥酔状態に近くなり、自分の両親兄弟がいかに優秀な人間であるかを延々繰り返していたが、自然解散後に店からそう遠くない児童遊園でへたりこんでしまった。「もう駄目。げぼしたい」「うちのお父さんはあんたと全然違うんだから。カンリョーよう」「動けない」「お兄さんは中国で発電所建てるのよ」「ほっといていいから。帰ってよ」「私、どうなの」「気持ち悪い」「あたしは家族の恥」「吐きたい」「お父さんは海外に長いこと行ってた」「寝たいの」「ここで寝る」「もう駄目」
美人の口から出た同じ言葉でも文脈によってはこれほどまでえろさがなくなるのか、と、こちらも酔眼の私はいささか感心して聞いていた。でも住所不定のお友達らしい影が滑り台の上やブランコの陰に散見される中にいいとこのお嬢さんを置いて帰るわけにいかないので、とりあえず抱えて平坦部分の極めて少ないベンチ(たぶんお友達よけのためだ)に寝かすしかなかった。
「あたし50キロあるよ重いよ」と言われ、そうか生身50kgとはだいたいこれぐらいなのかと身を持って知ることができたのは収穫だったと思う。

やがて彼女は「吐く」ときっぱり宣言して吐いた。少量の偏食おかずと胃液とアルコール分の混じった液が地面を濡らし、心なしかそれは闇の中で赤く見えた。立派なブランドものらしいバッグが何度も砂の上に落ちた。サマーニットの裾も何度もめくれてかたちのよい臍がのぞくたびに引き下ろしては、やはり育ちのいい娘は小さい頃から親が臍のかたちもケアしているのだろうか、とか極めてどうでもいいことを考える。腕の中で揺れる彼女の柔らかい部分が触れて、正直怒張した瞬間はなかったわけではないが、今晩私にセックスが降臨することがないだろうことも悲しく予想がついていたので、そのうち怒張の方があきらめて血液をどこかに逃がして行ってしまった。げろを吐いている美女をその夜のうちに抱く方法はネットのどこかに書いてあるのだろうか。

近くの救急病院に担ぎ込んで点滴を打つ知恵もないまま、ホームレスの皆さんが見るともなしに見守る公園で結局一時間以上のたくっていただろうか。少年の頃俺は、自分が四十過ぎになったらアラサーの美人と夜の児童公園で非生産的な抱擁を交わすことになると少しでも想像し得ただろうかどうだろうか。酒のんで馬鹿やって潰れて、やってることはあまり変わってないけど。いや、変わってないということは絶対想像していなかったに違いない。私はもう少し立派な大人になっているはずだったのだ、空想の中では。

残念ながらこの後も読んでくれている方を楽しませられることは何ひとつ起こらなかったので、あとは端折る。公園の前をたまたま通りかかったタクシーを散財覚悟で呼び止めて青山方面に向かって数千円走ってビル街から突然なぜこんな所にあるのかわからない一戸建て高級住宅街に入ったあたりで彼女が車を止めてしまいそこからさらに二人三脚的なよれよれ歩きで時折歌を歌ったりしながら小一時間立派なおうちの間をさまよい歩き幸い途中で彼女の携帯が鳴って立派なパパが歩きで迎えに来て(デザインTシャツ姿だった。官僚も家ではデザインT着るんだ)午前三時半にしてようやくエスコートが終了したのだった。
パパ到着少し前にそそくさおでこと手の甲にキスをしたけどきっと彼女は覚えていない。なんかいやったらしいキスの仕方だな、と自分でも思った。男ならげろまみれの唇を奪わんかい。

彼女を親元に帰し、とりあえず六本木か渋谷か、とにかく夜明けまで始発まで落ち着けるところに落ち着こうと豪邸立ち並ぶ街を背に歩き出して、例によって私は気づく。短期間しか一緒に仕事をしなかった彼女を(何も知らない癖に)めちゃくちゃ好きだったことを。めちゃくちゃ好きだった子の体重をさっきまで支えていたことを。かっこいい眼鏡をかけた彼女の顔を、今晩一度も正視しなかったのを。自身も高学歴でありながら、彼女が深く深く旧帝大院卒の親兄弟に対する劣等感に悩まされているのに何もできなかったのを。コンプレックスとお腹を無防備にさらけ出した彼女は、きっと何かを求めていた。
また見逃し三振か。

数日後、酔態とは打って変わった折り目正しいお礼メールが当夜の出席者同送で届いた。あの夜彼女は高熱を発してしばらく寝込んだという。もちろん私に対する個別の言及などない。近く次の仕事が決まる、とさらっと書いてあった。正社員かどうかは書いていなかったが、いいとこの会社らしい。この就職難の時代に、優秀なる親兄弟の案内だろうか。不釣合いな階層同士で遺伝子の交雑を起こしてはいけない、と行間を深読んでいて、ふと我に返る。自分には勇気に似た何かが欠けている。
次の打席もまた三振だろうか。そもそも打者として起用されるだろうか。
posted by NA at 08:46| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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