2009年10月01日

「空気人形」「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を観た

何だか人形づいてるこの頃である。


エヴァについて。
劇中曲「今日の日はさようなら」と「翼をください」は、誰の演奏かは知らないがおそらく意図的に下手な合唱を使っていると思った。下手というか、いやなエスプレシーヴォの入った歌というか。
ほとんど使徒との激烈な戦いに終始していた108分で、あれよあれよという間に見終わる。

私はテレビ版・旧映画版の熱心な視聴者や観客ではなかった(未だにこの物語が拠っている世界観はようわからん)けど、かつてのバージョンで登場していた場面・シチュエーションが違うかたちで読み替えられていることには気づいた。もちろんストーリーの自然な展開としてのさりげない引用なので、旧作を知っている人には意表を突かれる楽しみがあり、知らない人にも別に鑑賞の妨げにはならない。人気アニメの再映画化ならではの賢いやり方である。この工夫は物語のより深いところに関わっているのかもしれない(次作以降で前作の世界とパラレルワールドであることが明示されるとか)けど、ともあれ庵野監督に拍手を送りつつ次を楽しみに待ちたい。
鑑賞後、ゲンドウの冷徹無慈悲さや綾波の自己犠牲を厭わぬ底知れないまでの献身を思い返して、父性や母性という言葉はあるのに子性ってないんだな、と脈絡なく思ったりした。


空気人形」はペ・ドゥナの裸を見られてよかった。とだけ書くと馬鹿であることがばれてしまうのでもう少し何か書くか。
ラストで映画に登場した人物がすべて揃って主人公に「おめでとう」を言う映画、と要約するとこれまたエヴァンゲリオンになってしまうのだが、文字通りからっぽの存在である空気人形(ダッチワイフ)の切ない生を描いたファンタジーだ。最後で勢揃いする主な登場人物の誰もが内側に何らかの空虚(脇役の少女ですら)を抱えており、彼女はそのすべてを代表する存在として置かれている。
何分ダッチワイフなのでコスプレさせられたり常識がなかったり空気が抜けたりはするが、ふつうの素朴な少女の恋愛を描いた映画として違和感なく観ることができた。恋愛映画としては目を背けたくなる悲惨な場面やちょいグロ描写もあったりするのでそのへん要注意だけど。
ところでこの映画も調律の合っていないピアノがサウンドトラックで多用されていた。下手な音楽を使って耳を欹てさせるのが流行なのだろうか。

今更言うまでもなくペ・ドゥナはよかった。
もともとお人形さんのような大きな目と整った顔立ちなので当然のはまり役ではあるが、少し前のドラマで速水もこみちが演技の下手さゆえロボット役を振られていたのとはまったく違う意味で(もちろんたどたどしい日本語を逆に生かすという狙いもあっただろうけど)人形役を好演していた。命を得て身の周りの世界をひとつずつ体験し少しずつ「心」を育んでいく様子、愛しい相手から息を吹き込まれて宙に浮くシーンには観ていて胸が温かくなった。基本的に決して明るいトーンの映画ではないのだが(むしろ痛ましい映画と言っていい)、彼女の無垢さが救ってくれた部分は大きいと思う。
しかし相手がARATAであればまあ仕方ないとは思うが、空気人形の持ち主役の板尾創路には大いに嫉妬せざるを得ない。うらやましい。中年男のいやらしさ炸裂の岩松了は、何というかいつもながら登場カットは多くないのに印象に残る演技ではあった。

台湾や香港映画で活躍している撮影監督のリー・ピンビンの仕事がすばらしかった。隅田川界隈のこれまで何度も見たことのあるはずの風景が、逆光ぎみのアングルで柔らかい空気を纏って見たことのない映像になっていた。そういう人が撮っているとの知識がないまま観たが、冒頭のゴミ収集の景色(ある意味伏線になっていた)からして漂う雰囲気の違いからして「何が違うんだろう?」と不思議に思えたほどだった。さすが。空気の映画には空気をしっかり撮れる人がふさわしい。
デートムービーには向かないけど、ひとりで空いた時間があれば行った方がいい映画だと思った。都会に住んでいるあなたはぜひ。
posted by NA at 03:45| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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