2009年09月23日

臼井儀人さん逝く

生前の臼井儀人さんに一度だけお会いしたことがある。デビューされて六、七年目ぐらいだろうか。もちろん個人的な知己だったわけではなく、仕事を通じての打ち合わせだった。
会食もしたが、ずいぶん昔のことで仕事の詳細もそのとき話した内容ももう覚えていない。ただ、漫画「クレヨンしんちゃん」の印象と違ってとても穏やかで常識的な人だな、と思ったことはよく覚えている。あまりのあくのなさにむしろ拍子抜けした。

もちろん漫画家と漫画は別のもので、作者本人がおしりを出して町中を駆け回ろうものなら手が後ろに回るに決まっている。赤塚不二夫のような人の方がむしろ例外なのだ。だが、たぶん我々はそのとき臼井さんに対して「何か漫画みたいに面白いことを言ってくれ」と期待していたのだろう。もしかしたらあからさまにそういう言動があったかもしれない。ああ恥ずかしい。しかし、実際にはより多く喋っていたのは私と私の上司であり、気がつくと臼井さんは「ほうほう」と相槌を打つ聴き手に回っていた。
今にして思えば、あれは取材だったのかもしれない。取引先を接待する(接待になっていなかったが)我ら馬鹿会社員の姿が、もしかしたらその後「しんちゃん」のどこかに出てきたりしてはいなかっただろうか。

子持ちの友人ら(特に母親)には概して「しんちゃん」は評判が悪い。子供がアニメのしんちゃんの真似をして屁理屈の捏ね方、口答えの仕方を覚えた、と彼女らはこぼす。アニメが原作をどれほど忠実に反映しているかは知らないが、しんちゃんの口にする言葉にはそれだけリアリティがあったということなのだろう。
想像でしかないが、漫画化する過程で大幅にカリカチュアされたにしても、「しんちゃん」のエピソードは多くが取材の産物なのではなかろうか。五歳であそこまでませた子供はそうはいないだろうが、言葉にはできなくとも大人を観察する能力は誰もが持っているはずだ。「しんちゃん」は子供の感情に言葉を与えた。だから子供からはこよなく愛されたのだろう。

毎日.jpに臼井儀人さん死去:がけ下撮影、滑落か 遺品カメラに写真――版元会見という記事が出ていた。
 人気漫画「クレヨンしんちゃん」の作者、臼井儀人(本名・臼井義人)さん(51)の遺体が群馬、長野県境の荒船山で見つかったことを受け、版元の双葉社が21日、東京都内で記者会見を開いた。赤坂了生編集局長は「臼井先生の無事を祈ってきたが、このような結果になり無念。大きなショックを受けている」と語った。
 島野浩二編集局次長ら同社関係者は20日、身元確認のため現地入り。群馬県警下仁田署で、遺品のデジタルカメラなどを見せられたという。約30枚の写真が残っており、最後に転落したがけから下を撮影したとみられる風景が収められていた。島野局次長は「好奇心旺盛で、よく写真を撮る人だった。撮った瞬間、足を滑らせたのでは」と話した。
きっと臼井さんは最期の瞬間まで取材をしていたのだろう。

「クレヨンしんちゃん」は物語を紡ぎ出すプラットフォームとしても極めて優れていた。ジャンルを超えた名作映画「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」はしんちゃん一家や友達、幼稚園の先生らのキャラクターを存分に生かした群像劇になっていたが、これも原作からアニメを通じて育まれたそれぞれの造形の秀逸さゆえだろう。
臼井さん亡き後も、豊穣な「しんちゃん」の世界がいつまでも続くことを願ってやまない。それが故人に対しても何よりの供養となるだろう。すばらしい作品を残してくれた臼井さんに心からの感謝を捧げたい。どうか安らかにお眠りください。
posted by NA at 06:07| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
臼井って…なんだろう…?
Posted by BlogPetのめち at 2009年09月30日 13:58
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