2009年03月23日

伊藤計劃さん逝く


異色作にして大傑作だった長篇「虐殺器官」を書かれた伊藤計劃さんが亡くなられたという。佐藤哲也さんのサイトに書かれていた。

「虐殺器官」は描かれた内容の大きさ深さに戦慄しつつ引きつり笑いをして読むしかないという、「新人のデビュー作としては」とかの限定一切不要のとんでもない長篇だ。初読のときはもっぱらグロテスクな笑いの方に反応した感想文を書いてしまったが、作家が死と背中合わせの日常を生きていたことを知ると、また違う絵が透けて見える。劇中のひとつひとつの死の向こう側に作者は自分の遠くない運命を重ね合わせていたのだろう。それらは滑稽であり同時に痛ましい。


死について彼自身が生前遺した文章がすばらしい。すべての人のためにあらかじめ用意された弔辞。彼自身に手向ける言葉としても、これ以上のものはないだろう。
人が死んだとき、それを悼みとともに思い返すとき、ぼくらはどんな言葉を口にすればいいんだろう。ぼくはいままで、ずっとこの言葉を使ってきた。
ありがとうございました。
あなたの物語は、今の私の一部を確実に成しています、と。
あなたの言葉は、今の私の一部を確実に縁取っています、と。
かつてあなたの言葉が真実だと思った時期もあり、いまはその頃と考え方も変わってしまったけれど、しかしあなたの用意した道を迂回してここにたどり着けたことはやたり、幸福だったんです、と。
たぶん、これに神秘や神を付け足せば、宗教になるのだろう。
でもぼくは今のところ自分の死に怯える無神論者だから、天国も冥土も、故人に対する態度としては誠実じゃない。
だから、ありがとう、という。
あなたの物語を、ありがとう。
あなたの批評を、あなたの漫画を、
あなたの絵を、あなたのblogを。
ぼくは、ご冥福を、というよりは、「ありがとうございました」と送り出すのが、自分にはしっくりくるのだ。どんな死者でも。自分に「物語」を授けてくれた人に対して。
比類ない物語を世界に授けてくれた作家に、心からのお礼を言いたい。ありがとうございました。
ラベル:伊藤計劃 訃報
posted by NA at 15:36| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
伊藤さんの逝去について、教えてくださりありがとうございました。
ゲームノベライズを含めてもたった三作の長編しか残す事が出来なかったのはきっと無念であった事だろう、そう想像しでいます。
残された三作がいずれも傑作であった事がさらに惜しまれてならないのです。
Posted by ジョン・ポール・ジョーンズ at 2009年03月24日 22:53
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