2009年03月03日

「クローバーフィールド」を遅ればせながら観る


またもや投宿先のホテルでの低画質VODにて視聴。しかしこのうさんくさい偽ドキュメンタリーはそうやって観るのがもっとも似つかわしかったと思う。深夜に手持ちぶさたで点けたテレビ画面にて出会うべき映画。なんだかそういうものばかり観ているような気もするが。

突然災厄に襲われたNYの街で、木口小平は逃げ惑いながらも家庭用ビデオカメラは死んでも手放しませんでした、というお話である。←未見の人は信じないように。
で、公開当時にも言われていたことだがこのカメラの画像がゆれるゆれる。映画館の大画面を見上げて観ていようものなら「スピードレーサー」の百倍ぐらいゲロを吐きそうになったのではなかろうか。露出不足やオーバーで状況がまるでわからないのも、仲間が何ものかに襲われる様子をきちんと撮影しないのも、なにぶん素人が逃げるのに必死なのでやむを得ないのである。低予算映画(ではないらしいが)的なうまい言い訳だね。
ただ、素人がビデオカメラを持って撮りながら逃げるという大枠ゆえの映像的限界も当然あるわけで、消し忘れビデオを挟み込むなどの工夫はあったものの、正直この長さを全部カメラ一台でやるというアイデアはきつかったような気がする。テレビで流し見をするのが健康のためにも飽きないためにもちょうどよかったと思う。

パニック映画を災厄をもたらす側かそれを倒す側の立場でなく無力な被災者の視点だけで描き切るという着想を一本の映画に仕立て上げた腕力はなかなかのものだが、結果として気が滅入る場面ばかり(実際にそういうことが起きたらそうなるんだろうけど)連続したのはエンタテインメントとしてはいかがなものかと思ったり。
単調さを補うためか、制作者らは公開当時、映画の外にも前日談を含む物語があるようなプロモーションをしていたらしい。思わせぶりな映像をYouTubeに撒き、関係している企業のフェイクサイトを作り云々。まあそれを知ったからと言って中身に対する評価が変わるわけではないが。映画は映画館にかかっている時間分の映像で世界を表現し尽くすのが当然だと思う。→タグルアト - Wikipedia
きょうびの視線が拡散している消費者を惹きつけようと、映画もいろいろ新しい趣向を凝らさねばならず大変なのであろう。しかし最後のあの水ぼっちゃんが災厄の正体、というところには正直ついて行けない感じがしましたわたくし。

posted by NA at 10:55| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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