2009年02月18日

大植+大フィルのマーラー五番

省庁勤めの知り合いが「行けそうになくなったから」と演奏会のチケットをくれた。ラッキー。中川財務相ありがとう。
大阪フィルハーモニー交響楽団の第46回東京定期演奏会@サントリーホール。指揮は大植英次で、プログラムは前半がモーツァルトのピアノ協奏曲第九番「ジュノム」(副題のJeunehommeは人名由来らしい、ってことは和訳すると若人あきらか)、後半がマーラーの交響曲第五番嬰ハ短調。

「ジュノム」の独奏はジャン=フレデリック・ヌーブルジェという初めて聴くピアニスト。たぶんモーツァルト弾きとしてはごく常識的なレベルなんだろうけど、饒舌で洒落ていて楽しい、極めてモーツァルトらしいピアノ協奏曲を堪能した。ことにハ短調でうたわれる二楽章アンダンティーノ(リンク先は新モーツァルト全集の楽譜。便利な時代になったものだ)の清澄な美しさは格別だった。
モーツァルトの協奏曲は徹頭徹尾、実演時の受けを考えて作られているなあ、と聴く度に思う。この曲でもプレストのロンド楽章の途中で緩徐パートを挟み込み、速度を再三加減したあげくテンポプリモするところなどは、聴衆をじらしにじらして楽しみ楽しませる気障な作曲家兼独奏者の姿を彷彿させる。
ヌーブルジェはアンコールにドビュッシー「月の光」も弾き、再三のカーテンコールを受けていた。

で、問題はメインのマーラー。何というか、とにかく緊張感溢れる演奏だった。
大植英次は主題を、とりわけ初出のときには刻み込むように至るところアクセントだらけにして細かく細かく彫琢する。ために音楽は水のようには流れずむしろひたすら滞る。マーラーの六番以降の深刻で神経質で分裂的な音響を、本来明晰で美しいはずの五番の世界に移入したような、そんな演奏になっていた。

弱音を余すことなく響かせるホールの特性もあるのだろうが、どるどる流れる太鼓のロールや旋律の流れに抗するスパイクのようなピチカートなどノイズ成分がやけに耳に残る。三楽章スケルツォも諧謔からは遠く角が立ちまくり。甘美さで知られるアダージェットはあたかも九番四楽章のような張りつめた空気の中で奏でられ、ハープの音はパルスのように正確なタイミングで発せられることが重んじられる。そして曲間の沈黙の重いことよ。
まさかそういう演奏になるとは思わなかったため正確に時間を計っていたわけではないが、おそらく全五楽章で一時間半近くかかったのではないか。CD一枚では入らないかも知れない。

この日の演奏では実演に基づいてマーラーが修正・指示を細かく入れた内容を反映させた校訂譜を使ったらしい。主題の誇張ともいうべき強調ぶりはそれに則っているのだろうが、どうも指揮者マーラーが作曲家マーラーに介入し過ぎている気がしてならないのだが。

指揮者の芝居がかった素振り、団員の緊張が伝わってくる熱演(与えられた役回りの重要さゆえ当然かもしれないが、一番トランペット奏者の顔の紅潮ぶりは大変なものだった)で聴く側も全身硬直状態だった。気のせいかもしれないが館内の雰囲気もふだん在京オケを聴くときとはかなり違っていて、終結後の爆発的な拍手と叫び声混じりのオベーションには東京のクラシック好き大阪人大集合かという趣があった。大フィルというブランドの力であろうか。
アンコールで披露されたモーツァルト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」も客が安直に聞き流すことを禁じる厳粛さの中で演奏され、最後の音が消えてから大植氏が腕を下ろしきるまで果たして何十秒かかったやら。ホール外に出たときには午後10時を回っていた。

大フィルを実演で聴くのは初めてだ。東京公演には並々ならぬ覚悟で臨んでいるのか、指揮者の音楽への過剰な集中ぶりが感染したのか、総じて気合いの入った演奏だったと思う。弦は対向配置でコントラバスが舞台正面後ろにずらりと並んでいた。コンマスの奮闘ぶりがなぜか印象的。顔を真っ赤にして頑張ったトランペットは好演だったがホルンはもうちょっとアンサンブルをきっちり揃えてほしい感じ。モーツァルトの時にもデリカシーの不足を覚えた瞬間があった。

とにかく濃厚な時間を過ごしたという印象。マーラーは細部の表現にこだわったあげく「あれもあってこれもあって、とにかくいろいろなことがあるよね」という感じで全体がひとつの像を結ばず、正直私の趣味とは違っていて毎日聴きたいとは思わない演奏ではあったが、特色あるオーケストラが東京以外で頑張っているのはいいことだと思う。引き続き熱演を続けてほしいものである。
終電の関係でか、演奏が終わると同時に一斉に席を立って帰って行った人々と、延々拍手を送り続けていた二階席の聴衆のコントラストがなぜかはっきり分かれていた。演奏後の大植氏の充実感に満ちた表情、拍手を受け止めるかのようなゆっくりとした所作と共に記憶に残った。

溜池山王駅に向かっている途中、携帯で中川財務相が即日辞任したとのニュースを読んだ。演奏会の直前だったらしい。我々がこゆい演奏を聴いている間に、1キロ先の国会あたりでは国政を揺るがすどたばたが繰り広げられていたことを思うと複雑な気分になった。まったく世の中では同時にいろいろなことが起きている。

追記(2009/03/24):
asahi.comに大阪フィル音楽監督・大植英次さんの母、英子さん死去との記事が出ていた。
大植 英子さん(おおうえ・えいこ=大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督・大植英次さんの母)が22日死去、80歳。通夜は24日午後6時、葬儀は25日午前11時から広島市佐伯区五日市中央7の3の10の平安祭典広島西会館で。喪主は夫次郎さん。
詳しい事情はわからないが、葬送行進曲から輝かしい復活へと至る音楽を無邪気に歌わなかったこの日の重い演奏は、もしかしたら指揮者の心境が反映していたのかもしれない。
posted by NA at 02:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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