2009年02月10日

「スピードレーサー」に涙した


出張先のホテルで上映されていた「スピードレーサー」を観たのは、他のVODがろくでもない熟女ポルノとかろくでもない痴漢ものとかろくでもないものばかりだったための消去法的選択だった。公開時の悪評(たとえば超映画批評『スピード・レーサー』40点(100点満点中)とか)も記憶に新しかったので、あまり期待せずビール一缶飲み終わったら消すか、ぐらいの感じで画面を眺めていた。
ぜんぜん違った。高出力電波ゆんゆんのカルト映画と言うべき仕上がりで、確かにこれを受信する仕様のアンテナは少ないかもしれないが、ひとたび受信してしまうとそこには紫色の桃源郷が広がっていた。人の言うことを頭から信じてはいけない。


オリジナルの日本製アニメ「マッハGoGoGo」は1967年制作だから私がテレビで見たのは再放送以降だが、越部信義によるあの魅力的なテーマソング(ドーミーソー、ソードラーソーミミミミレドーミーってやつだ)はしっかり脳裏に染みついて離れなかった。どうやら米国版テレビアニメでも歌詞だけ替えて同じメロディが使われていたらしい。そして今回の実写映画でも、このテーマが最初から最後まで様々な変奏のもとに繰り返されるのだ。これがもう琴線触れまくり。世界の子供たちがあのメロディに心躍らせていたのだ。これだけでも原作アニメに対する深い敬意が窺われた。ストーリーもアニメの設定を忠実になぞっていたと思う。ちゃんと猿もいたし。
ウォシャウスキー兄弟はおそらく自分たちを含む元少年少女への贈り物としてこのアニメライクな実写映画を手がけたのだろう。現代の観客に受けるかどうかは二の次の問題だったのではないか。

おそらく劇場の大スクリーンでは、激速のレーシングカーが紫の影を落としながらめまぐるしくクラッシュしまくる画面は相当しんどかったかもしれない。だが、テレビ(大画面ではあったが)で鑑賞すると細部の解像度が均されることもあってが伝えられていた荒唐無稽さはかなり減じて、ちゃんと物語を追いかけることができた。決して原作の世界を破壊するものではなかった。
ハンドル中央部のボタンなど、子供の頃垂涎の的だったマッハ号の仕様がちゃんと再現されているのには涙するしかない。そう、こんな車に乗りたかったんだよ僕たちは! なぜ大人になってもマッハ号が買えないんだ! 自動車産業は反省しろ!

繰り返すが越部信義の音楽は本当に素晴らしい。専らテレビや子供のための歌を半世紀作り続けてきた彼の業績は、いわゆる芸術音楽の作曲家のそれに優るとも劣らないものだ。「みんなのうた」などでたまに耳を惹きつけるメロディに出会うと、作曲者が越部氏だったりすることはしばしばだった。これを機会に、国境を越えた稀代のメロディーメーカーに今まで以上に光が当たることを願ってやまない。
そしてウォシャウスキー兄弟のように、原作に対するリスペクトをもったアニメの実写化が我が国の制作者によっても為されてほしいものだと思った。間違ってもデビ(以下略
posted by NA at 05:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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