2009年01月29日

東響定期にも行ってみた

このところの都響シリーズが不完全燃焼ぎみだったので、むしゃくしゃして連日のサントリーホール通いを敢行してしまった。いわゆる名作や有名どころがひとつもない、聴き手を選びそうなプログラム。ところが予想に反してこれが結構面白かったのだ。

東京交響楽団第563回定期、指揮は桂冠指揮者の秋山和慶(名前を見るたび和尚さんみたいだなと思い続けて数十年)。前に東響を聴いたときはまだ音楽監督だったはずだから、ずいぶんご無沙汰していたことになる。
オードブルの小編成弦楽によるシューベルト「五つのドイツ舞曲」は、席が前の方だったこともあって粗ばかりが聞こえ、楽曲も綺麗だけど単純な構成。オケで弦楽四重奏をやるならば中途半端なサイズにせずに大編成で別物にすべきだというのが私の年来の持論。これだったらヴェーベルン編曲の「ドイツ舞曲」の方がよかったのに、東響つまんねいな、とか思いつつ三曲目から安眠モード。


しかし、次のバーバー「ヴァイオリン協奏曲」で目が覚めた。当初はコリヤ・ブラッハー(元BPOのコンマス)のソロでシェーンベルクのコンチェルトが予定されていたのが急病とやらで差し替え(クラシック演奏家の病気についても追跡調査が必要だと常々思う。モンゴルでサッカーやってたり)になったプログラムではあったが、やはりこういうときは火事場の馬鹿力が発揮されるのか、独奏も管弦楽も実に充実した内容だった。
渡辺玲子はシノーポリと録音したベルクの協奏曲が絶品だったので今度はシェーンベルクをやってくれたらよかったのに、と思わなくもなかったが(ベルクと違って滅多に聴ける曲ではないので)、バーバーも意外と侮りがたい佳作ではあった。シェーンベルクとは対照的に、二十世紀の作曲家にしては穏健な作風というか超保守的だったバーバーだが、叙情的な旋律の魅力には捨てがたいものがある。そして協奏曲ならではの妙技もしっかり聞かせてくれて、とりわけ三楽章の全部トレモロみたいな無窮動は「いつまで続くんだこれ」と心配になるぐらいソリストに負荷をかけっぱなしの大ギコ大会。それを渡辺玲子は暗譜で見事に弾ききった。こういう機会でなければ出会う曲ではなかっただろう。いい曲に巡り会えた。


そしてデュティユーの交響曲第一番。冒頭コントラバスから音楽が湧き上がってくるあたりから傑作の予感を覚え、都合三十分を飽きることなく集中して聴き終えた。
テュッティの捉え方がドイツ音楽とフランス音楽とでは根本的に違う、とかねて思っていたのだが、デュティユーのこの曲における総奏もまさしくそれで、ブルックナー的にあらゆる音が溶け合ってオルガンのようにそそり立つ大伽藍を構成するのが私の勝手に理解するところの「ドイツ音楽」であり、かたや様々な構成要素が同時に声高に自己主張するのがフランス的なテュッティなのだ。コントラバスが常にルートを弾いているとは限らない。調和と混沌、と単純に分けては乱暴に過ぎようが、ともあれデュティユーのこの作品にドビュッシーやラヴェル、プーランクらから受け継がれたであろうフランス音楽のエスプリを濃厚に感じ取ったという次第。名曲である。

秋山和慶の指揮は昔と変わらず端正。長年の共演ということもあってかバーバー、デュティユーでの呼吸はぴったり合っていた。一方、ふだんの事情はわからないが客席はそれほど埋まっていなかったようにみえたのが残念。渋すぎるプログラムゆえ仕方ないとは思うが、引き続き応援していきたいので東響はがんばるように。
posted by NA at 03:55| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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