2009年02月03日

Rise and Fall

いろいろなことがありすぎた一日。

小規模ではあるが全社的プロジェクトを無事終え、後始末とメンバーの反省会と称した打ち上げで週末福岡を訪れた。企画の舞台が主に西日本方面だったことに加え、新年度からは緊縮財政でそんなことはもうできないだろう、という打算もあって存分に反省した後の日曜日の日中は物見遊山して夜はふぐ鍋をつついたのだった。

鍋がお開きになり、よせばいいのに「屋台いこ屋台」と地元の同僚。これが他の地域であれば夜はせいぜい笑笑と和民からのチョイスを強いられるのが関の山だが、さすが眠らない街、ちゃんとラーメン屋もおでん屋もビニール扉の内側で営業している。ビールがなくなればそばのコンビニで買ってくるという適当さで、例によって三軒目以降の記憶はおぼろげである。いつの間にかホテルに帰投していた。

翌日月曜日は代休でとっとと東京に帰ればいいのだが、若い頃世話になった人が営業所長(撤退間近)をしている大分に寄る羽目になっていた。私の仕事とは直接関係ないが、彼のPCに業務用アプリをインストールしても「path not found」だかという表示が出て往生しているという。本社のIT企画管理に窮状を訴えてもインストーラの入ったCD-ROMを寄越すだけでまるで相手にしてくれない。うんぬんかんぬん。
傾き始めた会社の仕事というのは得てしてこういうものか、と思う。殺伐としている。

なぜ最後まで宴席につきあったのか(最後かどうかわからんが)俺の馬鹿馬鹿と死にそうになりながら午前六時に起きて駅までダッシュして特急に乗る。博多周辺は賑わっているものの、北部九州の沿線はやたら広い空き地が目につく。広い敷地に展開していた工場などの事業所が撤退すると跡を埋める施設はそうそう見つからない。重工主義の成れの果てを時系列で追いかけるように列車は南へ向かう。

電話で何度聞いてもらちがあかなかった問題が、実物を目の前にしたら一発で片付いた。
要するにインストーラそのものではなくてコンフィグなどを配置するためのバッチが不正終了したあおりで、プログラムなどを格納するパスは切り損なったものの\windows\system32配下に設定ファイルが生き延びていたのが原因だった。別のマシンを参考にフォルダを新規作成してついでにインストールに必要らしいファイルをコピーすると、あっけなく導入完了、通信開始となった。用件終了まで一時間かからなかった。
「よくわからんが同じ配置にする」というDOS時代以来のメソッド(もちろんレジストリや重要ファイルのバックアップは取った上で)は今回も有効だった。こんなことでいいんだろうか。

早い昼飯を食べながら所長と旧交を温め、赤字で醜態をさらしている会社のトップの為体や結婚も仕事もしない最近の若い社員についての愚痴を聞かされる。責任のあまりないことも含めて不満の捌け口が自民党に向かっている昨今の状況はいかんともしがたいが、ごく一時期を除いた長期政権の責任というのはそういうもんだ、とかなんとか。
現状は政治家自身ももう何をどうしていいかわからないし、民主党も政権を取ったら取ったで処置なしの国内情勢には手を焼くだろう、とのご託宣をいただく。オバマが民主党の大統領候補になった時点でヒラリー・クリントンを日本のトップにスカウトすればよかったのに、との馬鹿アイデアも披瀝してくれた。馬鹿アイデアではあるが、そこには確かに希望のようなもの(やけっぱちであることは承知で)がある。

午後からの会議(これゆえに朝が早かった)がある彼と別れて、別府温泉で饅頭でも買ってから帰ろうかと思ったら、厭な音を立てて携帯が鳴った。留守番の同僚からで、プロジェクトのまとめを役員に諮るため、足りないデータがほしいと急に言いやがる。
「そのファイルは素材なら本社のファイルサーバに入ってるじゃん」
「俺には読み方がわからん」
「××(屋台野郎)に聞けよ。俺PCは持ってきたけど通信環境はないんだ」
「馬鹿かおまえは。丸腰で出歩くなよ。あいつは携帯の電源入ってないとかで捉まらない。馬鹿が」結構焦っているらしく会話が荒んできた。やりとりを繰り返して馬鹿の数をさらに増やしたあげく、急いで帰社して仕事をすることにした。大分にいることは(別に秘密ではないが)内緒にしていたので今更営業所に帰るわけにはいかないし、そのへんのネットカフェからLAN経由で社内サーバーにアクセスするほどの馬鹿ではない。あ、また馬鹿だ。
今思えばこの判断が間違いだった。

早く着こうと市内から空港までの足に大分ホーバーフェリーを選ぶ。これがまた何というか、乗り心地は最低で座敷からは立ち歩けず窓の外は水飛沫で碌に物が見えない代物で、座席前にあるビニール袋の世話になることも一瞬脳裏をかすめたほどだった。既に体調はおかしくなりかけていたのかもしれない。

空港手前で追い打ちがあった。電波状況の悪い声が「会議の時間が繰り上がった」という。何やらほかに対処しなければいけない案件が勃発したらしい。ならこっちはやめてくれ。
「出せない、と言え」
「無理だよ無理」緊張するとこやつは言葉にへらへら笑いが混じる。
大分を離れたのは失敗だった。空港内を探すがおみやげ屋ばかりでビジネスセンターらしきものは見あたらない。あったのかもしれないがどのみち搭乗時間が数十分後に迫っていた(ホーバーはそういう運航スケジュールになっている)ので落ち着いて仕事などできそうにない。出発ロビーでカートを引きずり右往左往する。

腹をくくって、機内で仕事をすることにする。周りの目が気にはなるが仕方ないし、一応社外秘であるところのデータ自体は手元にない。うろ覚えのデータフォーマットを元にExcelで表の書式を内心泣きながら作り、帰社したら膨大な集計値をすぐ貼り付けられるように……いや、羽田から会社までのタイムラグを考えると不可能に近い。
経験者ならご存じのように、揺れる機内でExcelのセルを指定してプロパティや数式を設定して範囲コピーするという一連の作業は、タッチパッドしかポインティングデバイスがない環境ではほとんど拷問である。なぜ俺はこんな苦行に挑んでいるのだ。どういう罰ゲームだ。鍋の記憶はどこに行った。おみやげ買ってないや。ああしまった。
今日は大事な日だったから代休取ったのに、今まで忘れていた。

羽田に救いの神が待っていた。ビジネスラウンジだ。
カートを引きずって通過しかけて、あわてて引き返して受け付けのお姉さんにクレジットカードを見せる。万歳。ネット環境が使えるビジネスセンターが一部屋空いていた。
ネカフェとどれほどセキュリティ的に違うのかはわからないが、痩せても枯れても東京国際空港、パケット傍聴して復元したシートを2ちゃんねるあたりにさらし上げすることはないであろう、と期待する。というかもうそれしかない。
冷静に考えれば無理難題に応えると次の無理難題はさらにハードルが上がるので解決しないに越したことはないのだが、このときはもう意地になっていたし同僚を尻目に鍋食ってきた負い目もあったことは否めない。「所詮遊びかよ(w」という視線を見返したかった。

詳細は省くが、何とか会議までに資料を間に合わせ「こんなんでどう?」と鼻持ちならない態度で送りつけてやる。自分で首絞めてるよおまえ。
会議の常上司の常として、どうやらそのファイルはそこにあることが大事で中身に役員はあまり興味なかったらしい。伝えた奴のバイアスが入っている可能性もたぶんにあるが、「ご苦労」ぐらいのやりとりでスルーされたという。そういうものだ。

心地よくない疲労感とまあまあの達成感を味わいながら、知り合いの自宅近くのケーキ屋に電話を入れてバースデーケーキを予約した。不満そうな店員をなだめすかして文字入れを頼みつつ今日の最大の目的はこれだったのに、と思っているとリマインダーメールが携帯に転送されてきた。先日某所でエントリーしていた資格試験の発表は今日だったのだ。なんというイベント交差点。
苦労してiPhoneからアクセスし、IDとパスワードを一万回間違えたあげく発表ページにたどり着く。とりあえず一次は合格だったらしい。落ちた人の方が少なそう、とか文句は言うまい。祝杯のネタが一個増えた。まあ次はだめかも知れないが。

しかしこれで終わらないのが世の中なのだ。
夕方以降覿面に体調が悪くなり、またまた詳細は省くが結局ケーキはお届けしただけで退散。
疲れもあって早寝したが、零時過ぎに不快感で目が覚めると、どうやら結構発熱しているらしい。筋肉も痛い。これはもう間違いなくあれだ。
かねて喉の具合が優れなかったこともあって念のため日常的に不織布マスクをしていたが、気密環境の機内や人混みの中で私がウィルスを拡散していたら、誰に謝っていいのかわからないがもう申し訳ないの一語に尽きる。世界の皆さんすみません。
というわけでイオン飲料飲んで寝る。

posted by NA at 02:09| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
楽しいサイトですね。ファンになっちゃいました。価格比較に関する情報を載せたサイトを運営していますので、よかったら遊びにきてください
Posted by ぽん at 2009年02月03日 20:34
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