2009年01月11日

天皇はそろそろ退位してもいいんでないかと

なんとなく思ったので書いてみる。ちなみに私の天皇制に対するスタンスは以前も書いたけどぬるく支持するというところ。復古主義ではなく、戦後の象徴天皇の無難なところはあってもいいんじゃないの、というあたり。

きっかけは成人式である。なんと今年は平成元年生まれのガキどもが成人する年なのだ。当たり前だが、もう続々と平成生まれ成人が日を追うごとに増えているのである。やばい。何だかよくわからんがすごく焦りを感じる。
それはさておき、2009年にして平成21年という微妙なずれが前々から気になってはいた。故星新一が以前「2001年に改元して『日扇』『弐泉』にすればいいのに」とエッセイに書いていたが、まったくその通りで公文書では元号が原則というくだらない現状のため、様々なところで元号→西暦換算の必要が発生し余計な手間を取らされているのが現状なのだ。仕事で元号換算を間違えて大損ぶっこきそうになった私が言っているんだから間違いない。
ということで、10年ほどずれてはしまったけど2011年から新元号に移行すると同時に、この際天皇も退位を予告するのがいいのではないか、と思ったのだった。何だったら新元号は11年から初めてもよろしい。なんだ天皇退位はついでかよ、と怒ってはいけない。

所詮元号は最初の方はフィクションだし、もともと一天皇一元号でなかった時代も相当長かったわけで、よく覚えてはいないが「ここいらで心機一転やり直しましょう」という改元もかなりあったはずだ。若い世代に仕事を任せた方が後継者も伸びるし前任者が達者であった方がアドバイスもできて何かと都合がよかろう。問題は公務をないがしろにしていると非難されがちな後任者の妻であるが、ファーストレディーとなれば権勢振るい放題なので今までほどストレスは溜まらないだろうし、おのずと自覚も出てくるであろう。まあ厭だったらこの際離婚という選択肢もないわけではない。心機一転。

で、大事なことだけど、新天皇即位しかも前任者は死んでませんという状況は非常にめでたいことなので、とりあえず内需の拡大には極めて役立つと思うのだ。いつ死ぬかわからないのではおおっぴらに準備のしようがない。しかし再来年の一月というふうに交替の時期が規定されていれば、スケジュールも組みやすいしそれに向けての需要喚起策もいろいろと講じることができよう。
景気ごときのために天皇を替えていいのか、という批判はあるだろうが、逆に未曾有の混乱に陥った世界経済の中で日本の景気を浮揚させるために役立つならば天皇家としても本望ではないか、と思うのだがどうか。わしらミーハーであってもとりあえず慶祝ムードに水を差すことはしないだろうし、ましてや日頃から天皇家をこよなく愛しておられる方々におかれては当然椀飯振る舞いで景気よく消費活動を繰り広げていただけることであろう。平和な世代交代こそわが日本が世界に誇れることではなかろうか。

と書いているうちに我ながら名案ではないか、と思えてきたのだが、実際天皇が生きているうちに穏やかに退位し禅譲することにどんなデメリットがあるのだろう。時の政府と政治的案件で対立して抗議の退位、ということは確かに政府の側には問題かもしれないが、実際太平洋戦争時に昭和天皇にそれができたら本土空襲の激化や原爆投下前に終戦を迎えられた可能性もあったわけで、天皇退位について規定していない現行の皇室典範の方がおかしい。まあ書いてないだけで勝手にやめられるのかもしれませんが、この辺は誰か知っていたら教えてください。

今の天皇は長い下積み生活を経て即位したときは既にかなりの年齢、その後も相当なハードワークを強いられているらしい。お気の毒としか言いようがない。体の自由が効くうちに一線を退いて、愛妻と公務抜きの旅行でも楽しんでいただいた方が遙かに幸せであろうに。
タグ:天皇
posted by NA at 23:59| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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