2009年01月06日

電車で聞き耳頭巾

会社からの帰途、通勤客だらけの電車に、接続駅から女子小学生らしい三人組が乗ってきた。四、五年生ぐらいか、皆眼鏡をかけている。そういえばここの駅前に大手進学塾があったな。俺も軽はずみに結婚をして子供をつくっていればこれぐらいの子を持つ親なんだろうなあ、とつまらないことを考える。

小学生たちは怒っていた。どうやら駅で電車を待っているときに、通路をふさいだか何かしたはずみで大人から「どけ」と言われたのがよほど腹に据えかねたらしい。つい聞き耳を立ててしまう。周りの通勤客も彼女らの会話に聞き入っていたようだ。
「ぜんぜん知らない相手にタメ口きくわけ?」と太り気味の子が一番憤懣やるかたない様子。邪険にされた相手は四十か五十ぐらいの男、らしい(「歳はお父さんか、おじいさんぐらいかもしれないけど」との言葉に軽くショックを受ける)。
「理由を言うんならまだいいよ、『邪魔だからどいて』とか」
「しょうがないんじゃない、大人なんだし」と中肉の子がクールな口調で煽る。もうひとり、背の低い子は友人の会話を黙って聞いている。

「でも私らこれからの社会を担う世代なのにさあ」

さらっと太子がいい、残りの二人もそれにさらっと同意を示したのに虚を突かれた。だから自分たちは尊重されてしかるべきだ、という趣旨の言葉が続いたがびっくりして正確なフレーズは忘れてしまった。動揺が表情にあらわれそうになりあわてて首を曲げ顔をそらす。聞いていることが露見してはまずい。
小学生たちはその後も「なぜ見知らぬ大人ごときが自分たちに命令口調でものを言うのか」をテーマに延々語り続けていた。

この一件をもって今どきの子供論を展開するつもりはない。進学塾に通っている(かどうかも不確かだ)プライドの高い小学生がストレスを発散させていただけのことだ。ただ「高齢世代=自分たち若い世代が支えなければならない厄介者」の一員である誰かに侮辱されたことが許せない様子は言葉の端々から伝わってきて、たぶんこの子らはニュースや親らとの会話などを通じて高齢化社会を感覚的に厭なものとして受け止めているのだろうな、と思わされた。

私も人並みに思春期を過ごしたときには親世代が鬱陶しくてたまらなかった。ただ、それは相手が強大で抗いがたい存在であるという認識とセットになっていた。だからこそより鬱陶しかったわけだが。

大人に対して「これから自分らが社会を支えてやろうというのに、何という恩知らずな」とみる彼女らの認識が間違っているとは言えないだろう。電車内でいきなり世代間の剥き出しの敵意に出会ってうろたえている私がナイーブすぎるのだと思う。自分が大人の側にいるという自覚が薄いからだろう。
しかしこの寂寞感は何なんだろうな。
ラベル:小学生
posted by NA at 03:01| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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