「邦題が本当に酷すぎるけど本当に本当にいい映画なんだから」という同僚女子の再三再四のおすすめというか懇願に折れて、ようやく銀座シネパトスまで観に行きました「僕らのミライへ逆回転」。公開から二ヶ月近く経って今更馬鹿野郎合唱に加わるのも気が引けるが、まったく邦題を決めた配給会社の担当者には高圧電流を流すべきだねこれは。語呂の悪さもさることながら、ぜんぜん「ミライ」でも「逆回転」でもないじゃん。
そう、確かにもっとうまいタイトルをつけてもっと多くの人に観られるべき映画だった。もったいない。
潰れそうなビデオレンタル店の留守を任された店員らが、拠所ない事情により手作りで名作映画をリメイクする羽目になるという強引なストーリーだが、それこそ「まあ映画だしいいよね」と許せてしまう。現実ではありえない魅力的なでたらめがなくちゃ映画じゃない。
映画全体の額縁となっている一世を風靡した伝説のジャズメン、ファッツ・ウォーラーへのなじみが薄いのが玉に瑕だが、まあ舞台になっているニュージャージー州自体日本で言えば埼玉県みたいな所なので(と思う)、超一流スターよりはその方がリアルで似つかわしいのかもしれない。
たまたま先に観た「トロピック・サンダー」とはジャック・ブラックつながりになってしまったが、それだけでなく「映画を作ることについての映画」ということでも共通しているな、と面白く思った。あとなぜか作中で「ドライビング Miss デイジー - Wikipedia」が言及される点も。まあ誰もが知っている名作だから名前が出てきても何の不思議もないのかもしれないが。
大容量メディアとネットの普及で過去の名作へのアクセスが極めて容易になった今、ハリウッドの映画人たちも「映画って何だろう? 今映画を作る意義とは何だろう?」と結構悩んでいるのだろうか。
それでもアメリカではまだヒット映画の場面場面が共通理解になり得ているからこの映画が成り立つのだろう。残念ながら同じことは今の日本映画では不可能だ。「あの映画のあの場面」で通じる景色をいろいろ持ち合わせているアメリカ文化を少し羨ましく思った。
追記:
監督はフランス人でミュージックビデオを多く手がけてきた人だとか。根っからのハリウッド育ちではないのだな。となると少々事情は違うのかな。もしかしたら旧大陸から見た新大陸のポップカルチャーと地域コミュニティに対する憧憬も反映されているのかもしれない。複雑に美化された映画賛歌というか。
2008年11月30日
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