2008年10月22日

面白い、けど何か足りない

テキスト入力に特化した端末がほしいな、と思ったことは一度ならずあった。出先でのちょっとした思いつきを書き留めるにはメモ帳では不足だしPCでは大袈裟すぎる。数秒で揮発するアイデアをその場でささっと、キーワードだけでもいいから記録しておければ。名案(自分で思っているだけだが)の数々が消し飛んでは「ああ、俺はどうしてこんなに忘れやすいんだろう」と嘆いたものだ。

というわけでこれまでいろいろな端末を使ってみた。ChipCardなどというガジェットに手を出したりもしたし、W-Zero3もその用途を期待して買った部分が少なからずある。しかし残念ながら、結果は使い勝手の悪さや反応の鈍さに失望するばかりだった。Loox Uなど思い出したくもない。

というわけで、ITMediaで見かけた仕事耕具:入力はテキストデータだけ――折りたたみ式キーボード搭載の「ポメラ」 - ITmedia Biz.IDには少なからぬ興味を覚えた。
キングジムは、テキスト入力ツール「ポメラ」を発表した。折りたたみ式キーボードと4インチのモノクロVGA液晶画面を搭載。入力できるデータはテキスト(TXT形式)のみで、日本語入力環境は組み込み向けのATOK 2007を採用した。
一瞬懐かしのバタフライキーボードを思い浮かべたが、動画を見るともちろんそんな複雑な機構が組み込まれているはずもなくぱったん折り畳み式の収納であった。0.5秒でしぱっとキーボードが現れたらかっこよかったんだけどねえ。

今時テキスト入力のみしかできない端末とは、確かに潔いと言えば潔い。27,300円のプライスタグは安くはないが、実際に店頭で触ってみれば、あるいは動画と記事だけではわからなかった道具としての魅力が見えてくる可能性もあるかもしれない。
だが強く感じるのは、この仕様では登場が若干遅すぎたのではないか、との印象だ。何かがこの端末には足りない。

おそらく開発段階ではカメラやマイクやBTやWiFiやブラウザなど様々な機能の採用が俎上に載っては消えたのだろう。そして「中途半端になるぐらいなら、いっそ単機能に徹した方が訴求するに違いない」とプロジェクトリーダー(か担当役員)の鶴の一声で、他の用途をばっさり切り捨てたテキスト入力マシンが誕生した……のかもしれない。
だが、それであれば辞書(容量はどれだけあるのだろう)に100単語までしかユーザーが登録できないという仕様は解せない。きょうびのATOKの優秀さは久しぶりに購入したATOK 2008 for Windows
のパフォーマンスでよくわかっているが、テキスト入力の高速化にはそれぞれの入力者固有の頻出語の符丁化を欠くことができないこともまた自明である。そして1ファイル8,000字制限が本体保存分だけでないとしたら、作成・参照できるテキストのサイズは極めて限定されることになる。もしそうならば外部ストレージが2GBまで使えても容量が余りまくることは必定だ。ファイルは階層管理できるのだろうか。

この端末がVZエディタ+フル機能のATOKが走るDOSマシンだったらよかったのにな、とふと思う。今更DOSの時代には戻れないけど、学生時代にはファイル間の参照や文字列検索・置換など、テキスト編集に必要なことはたいていVZで間に合っていた。そう思ってみると、テキスト入力環境はこの二十年であまり進歩していないのかもしれない。

ともあれ、今の私はネット環境にどっぷりはまってしまい、そこから抜け出すのは難しい。ひとつ文章を書くにも、ネット上のどこかにいる他人の知恵を多かれ少なかれ借りていることがしばしばだ。そういう状況なので、やはり私はネット時代のマシンならではの性能を発揮してくれるiPhoneを選ぶ。ブラウザからコピー&ペーストさえできるようになれば不満の大半は解消されるだろう。私は既に見限ってしまったが、W-SIMとはたとえばこういう端末でこそもっとも有効に機能するものではなかろうか。
ネット機能と言っても、何もブラウザを積まなくてもよい。ネット連携機能の強化に力を入れているATOKを入り口にネットの知恵を文字列で参照できさえすれば、相当強力な入力環境を作れたのではないか、と思う。

ただのメモならば紙に走り書きをすれば足りる。だが文章を作る作法は、少なくとも私個人はここ10年で大きく変わってしまった。
スタンドアロン端末で独自の考えを十分紡げる人は正直偉いと思う。そういう人であれば「ポメラ」は魅力的な端末たり得るのかもしれない。
しかし、中空に突然湧いた考えをまとめ発展させるためには、たぶんもうテキストという形式だけでは不足なのだ。
メディアとフォーマットは決して無関係ではない。ひとことで「要するにネット端末でしょ」と片づけられるかもしれないが、アイデアという不定形のものを不定形のまま扱え、たとえ文字化しても画面上に釘付けにせずに可能性を自由に浮遊させたまま扱えるような、そんな何かを私はほしい。
うまく表現できずにもどかしいが、ないものねだりは承知で斯様なことを考えたりした。
posted by NA at 01:54| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | mobile | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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