2008年06月30日

次はアルコールだろう

たぶん次に排斥されるのは公共の場での飲酒だろう。とふと思った。

私は強硬な分煙論者であって、煙害が自らに及ぶことは世の中でもっとも嫌いなもののひとつである(最嫌がいくつもある)。自分で吸ってもいないタバコの煙、それも他人の体内を通過してきたものを吸わされるなぞもっての外だ。無関係な他人のいる場所でタバコを吸うことがデフォルトで許されていいとは到底思えない。
だが、最近のタバコ増税論議には若干違和感を感じる。吸いたい人間が吸える環境で存分に吸うこと自体にまで異議を唱えてきたつもりはないのに、何やら世の中極端に走ってはいないか。

財務省関係者らの念願叶ってタバコが一箱1000円以上になり、晴れて金持ちの嗜好品になったとしよう(その過程では貰いタバコをめぐる諍いが発端となった殺人事件や中国からの安い密輸タバコによる健康被害、はてまた代替品としてのマリファナの横行など様々な騒ぎが起きるだろうがそのへんは省略)。すると次に社会の害悪、マナーの敵となるのは間違いなくアルコール、飲酒という習慣だ。社会には一定の憂さ晴らし装置が必要であり、ニコチンでストレスを発散し精神を鎮静化できなくなった一定層は代わりにアルコールに走るだろう。結果、アルコールが原因の犯罪やトラブルが増加し、新たな社会問題になるのだ。
と桶屋理論で片付くかどうかは知らないが、公共の場での喫煙という行為が根絶されれば、新たなスケープゴートが求められる可能性は非常に高いと思う。

実際、ニコチンの害に比べればアルコール中毒の方がよほど性質が悪く末路も悲惨である。タバコは肺を汚すが度を越した飲酒は脳までも破壊する。
酔漢は往々にして直立嘔吐やゴミばけつに抱きつくなどの振る舞いを通じて街を汚し猥歌を放吟しては風紀を害し他人が見たくないものをまろび出させ振られた女に未明に長電話をし興奮が昂じては自他を傷つけ時には死に至らしめる。タバコ呑みはタバコのせいでこんなことはしない。飲酒運転の犯罪性が近年ようやく社会的に注目されるようになったが、これは遅きに失したと言えよう。くわえタバコが原因の事故など年に何件あるだろうか。

深夜の居酒屋で幼い子連れの家族がテーブルを囲んでいる風景を最近目にするようになった。まったく非常識極まりないと思うが、思えば嫌煙者がパブにいる風景というものも最初はこれぐらい奇異なものだったに違いない。やがては「居酒屋で他の客に断りもせずに酒を飲むなんて」と言われる日が来ないとも限らない。そうして世論を背景に、財務省が酒税の大幅値上げを打ち出すのである。

まあ最近若者はあまり酒を飲まなくなっているそうなので、分酒・嫌酒運動は結構若い層には受け入れられるかもしれない。現代版刀狩も粛々と進行しているようだし、日本の浄化はこうしてまた進むのだろう。
タグ: タバコ
posted by NA at 10:40| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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