2017年08月06日

中学生日記

「初老」はもともと四十歳の異称だと最近知って衝撃を受けた。自分は立派な中年(どういう)だと思っていたのに、もう初老ですら遥か昔に通り過ぎていたのかと。
その爺がまた恋に落ちた。馬鹿ではなかろうかと思う。何度も落ちた穴にまた落ちるのがそんなに好きか。しかも例によって仕事関係で知り合った相手だ。不仲になったときのリスクは大きい。職場を賭けた綱渡りがそんなに好きか。重々わかっている、はずなんだけど多分これはわかっていないのだな。馬鹿だから。
そしてまだ何も伝えられてはいない。つまり片思いだ。中学生かお前は。相手も同年輩なのに。

最初に出会ったのは1年前。外資系のオフィスで名刺交換したときはなんか地味なおばさん(そのときは本当にそう見えた)だな、という印象しかなかった。自分より歳上かとさえ思った。アルトの声と問いかけに即断せず冷静に考えてから返事する一瞬の間がその印象を強くしたのかもしれない。
だが何度か会議やイベントで同席するうちに、彼女の仕事人としての優秀さが並大抵のレベルでないことに気づく。時差のある本国との連絡のためかとんでもない時間にメールが飛んでくるのだが、その内容の的確さに舌を巻いた。国内ならひとつの案件で何度でもメールを往復させるのだろうが、海外相手の場合それをやっていると日数がいくらあっても足りないので、経過の報告・彼女側の判断・それに伴う提案(複数)がまとめてコンパクトにしかし濃密に記述されていた。しかも彼女はそれを三ヶ国相手に調整しているのだ。なんなんだこの人は。日本語の誤字を指摘するぐらいしか私にはできることはなかった。

尊敬の念をたやすく好意に振り替えてしまうのが私の軽薄たる所以なのであるが、この夏海外視察に同行したことでその思いが制御不可能なまでに膨張していたことに気づいた。なんてことだ。この人、すごく魅力的じゃないか。国境越えるまでなぜそれがわからなかったんだろう。
海外旅行会話帳の1ページ目の挨拶文を覚えられない私を尻目に彼女は先方の担当者にどんどん紹介して(顔なじみらしく話は早い)、背伸びしてさくっと頬にキスされている(背は高くない)。見ているこちらの心の中で白人憎し、の炎が強まる強まる。オフタイムにも訪問先の趣味のいいレストランをしっかり押さえて、残念なことに向こうの偉いさん同席ではあるけれど晩御飯を楽しませてくれたり、移動の車の窓から道中の史跡をさらっと紹介してくれたりするなどまったく死角はないのだった。
車中で結婚歴あるのかどうかはわからないが現在独身であること、歳も私より若いことなどをかろうじて聞き出せたのは数少ない収穫だった。でもこっちが関心もっていることもミエミエになってしまった。日本にいるときよりも彼女はさらに魅力的で、それはスーツでなく強い日差しに耐えられるよう通気性のよさげなファッショナブルな服を着ていたこと(一度風でめくれてお腹が見えた)、そして彼女もまた出張をエンジョイしている様子だったことが原因だろう。仕事の打ち合わせで熱が入るのは同じだが、それがいつもより5割増しで浮き浮きしていることは隠せなかった。彼女はこの仕事と渡航先、そしてそこにいる人々とのふれあいが何より好きなのだ。私との出張を喜んでいたと思うほど自惚れてはいない(そうだったらいいのに)。
先方との記念写真を出先から会社に送ったら「横に写っているこの美人は誰だ」と問い合わせが複数来た。彼女の瞳の大きさと輝き、鼻のかたちの良さに俺もこっちに来てから気づいたんだよ申し訳ない。おかげでビジネスツアーはつつがなく終わり、職場へのみやげも整った。頬にキスみたいな真似は死んでもできないけど、握手ぐらいしておけばよかった、と帰途空港で分かれてから大いに後悔。地団駄踏んだかもしれない。

日本に戻ってからの彼女は放射されていたオーラを少し内側にしまっていつも通りの落ち着いたお姉さんに変身し、私への態度もビジネスライクすなわち礼儀正しくきちんと距離を測ったものに戻った。「こんな舞台があるんだけど興味ありませんか?」的なあからさまなデートの誘いもさくっと無視して、外資系ならではの長い夏休みに入ってしまった。
ということは脈なしではないか。という当たり前の結論にぶんぶんと首を振って、今は彼女の夏休みが終わるのを待っている。バッドエンド率90%だけど、少なくとも夏の記念写真は残るのでいいではないか。記念撮影の際に私の一眼レフで彼女のクローズアップを撮ったのは内緒だ。画像の中で彼女は私に向かってこの上なく美しく微笑んでいる。
ああ、早くまた会いたいな。私はいつまで経っても中学生のままだ。どうしようもなく。
posted by NA at 13:17| 東京 ☁| Comment(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする