2011年09月14日

かきあげ女王伝説

しばらくブログ更新をかまけて他のSNSで遊んだり煽ったりしているうちに、首相や大臣は次々変わるわ東北はひどいことになるわ東北だけでなく東日本広域に厭なものが飛んで来るわ電気は消えるわ電車は減るわエスカレータは止まるわ給料は減るわで、まあいろいろあった。うちの会社でも家族が流されて死んだ人は何人かいた。人はいずれ死ぬものであるにせよ、不意打ちされて死ぬのはできれば避けたいものだ。もし願えるのであれば。

「最近ブログ書いてないじゃん」とここの存在を知っている数少ない友人に言われた。こやつはメールも寄越さなければ友人同士を常時繋ぐ種類のべんりウェブサービスが大嫌いなので、本当に用事がなければまったく没交渉なのだが、そのときはビールを飲むという大事な用件があったので久々に顔を合わせたところだった。「死んだかどうか気になるのでたまには何か書け。長い文を書け」と大意そのようなことを言われた。確認したければ電話しろ、俺の言いたいことは140字で尽きていて、それも140字書いてみたら正直無用であることに気づくようなことばかりだ、と言ったのだが、電話は面倒くさい、無用かどうかは自分が判断する、お前が決めるのは僭越ではないかと難じられた。
なので久々にどうでもいいことを書く。

教育関係で委託されている仕事が毎年夏にあって、毎年ある仕事がたいていそうであるようにうんざりするようなルーチンワークの積み重ねだ。たぶん特殊な注射をされた猿とかの方が上手にこなしそうなことを、それまで担当しなかった社員が通過儀礼よろしく割り振られる。夏休みで暇な学生を集めてためにならない催しを開くのだが、仕切り役雑用役(ああ、もちろん雑用という用はありませんとも)にも学生を幾人か使っており、その仕切役が委託元関係の研究室の院生なのだ。で、知的な美女であった彼女(院生だ)は学部生の頃からもう5年にも亘ってこの仕事に噛んでいるため、当然我々よりも遥かに実務に長けており、世の中一般がそうであるように教えを乞う側が乞われる側にいつか媚びへつらう関係が醸成されるのは当然の成り行きだった。かくして、例年もそうだったようだが擬似女王とその取り巻きという構図がいつしかできあがっていった。

女王様(面倒臭いので以下これでいく)は髪が豊かに長く、我々が質問や願い事を上奏すると必ず「そうですねえ」と髪をかきあげてからものうげにお返事くださるのであるが、これがどうもよくなかった。きれいに脱毛処理された脇の下を見せつけて(女王のお召し物は必ずノースリーブであられた)お返事くださるのに味をしめた後輩の馬鹿者は、自分で腕時計をしているのに時刻を聞くのおろかな振る舞いに出るなど、現場では余計な質問回答処理が頻発した。もっとも馬鹿の質問に対する答えをその場の男子社員が全員注視しているのだから馬鹿はひとりでは済まないのだが。おそらく彼女も当然その雰囲気をわかっていたはずだが、艶然と髪をかきあげるしぐさは最後まで変わらなかった。ノースリーブもだ。

麗しき日本の風習ウチアゲはこの仕事の最終日にもちゃんと行われた。女王のしぐさには催眠効果があるのか、はてまた脇下の特殊な腺から媚薬成分でも発せられているのか、ビールを飲み過ぎた私は、もしかしたら彼女は私に気があるのではなかろうかと大いに勘違いしていた。10年前だったら突撃して玉砕していたことは間違いない。だが、優雅に髪をかきあげながら脂分の少ないつまみと共に少量のビールを飲んでいた女王は、しかし「今日はもう帰ります。来年またよろしくお願いします」との挨拶と共に、余韻もなくさっさと引き上げてくれたのだ。かくして悲劇は回避された。

他の女子バイトも女官よろしく一斉に引き上げ、あとは野郎だけの無礼講となった。我々は学部生のアルバイトらに散々冷やかされた。「みっともない」というのだ。面目ない。だがしかし、目の前でああいうしぐさをされては心穏やかでないのも当然ではないか。反論したら意外な顔をされた。

「どうしてですか?」「中学生でもきょうびそんなもん気にしませんよ」

うむむ。だがしかし(なおも反論を試みた)、妙齢の女性が女性の象徴であるみどりの黒髪をかきあげて無防備な肢体を一瞬さらしたら、そこに惹かれて交尾をしたい思いをそそられるのは、極めて自然な反応ではなかろうか(実際はもっと直截な表現だった)、君たちだってそうではないのか。正直に言いたまえ。もしかしたら少々ムキになっていたのかもしれない。笑われた。

「だってもうオバさんでしょ彼女」「ですよね」

我々は一様に驚きをもって彼らの発言を受け止めた。こちらとあちらで、ぜんぜん違う景色を観ていたらしい。でも、ああいう子としたくない?(実際はさらに直裁な表現だった)

「えー(笑)」「まじっすかー」

他の仲間からは「世の中30、40になっても彼女らは自称女子なんだぞ」とわけのわからない抗弁もあったがもはや会話は成り立たなかった。自分らにとって大事なものが他人にとっても大事とは限らない、当たり前のことが痛く胸に染みた。

まったく最近の若い男子の女性に対する冷静な見方は頼もしい限りである。いずれ女性が全裸で街中を歩いていても安全な世の中が来るに違いない。我らの民族は遠くない将来少子化の末に滅びるであろうことを確信した一夜だった。本当にどうでもいい話だったな。
posted by NA at 00:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする