2009年09月26日

たまさか人形堂物語(津原泰水)

人形をめぐる六つの物語。
本題に入る前にこの表紙デザインはないだろう、と苦言を呈しておく。おそらく従来の津原読者以外に手に取らせようという出版社側の魂胆なのだろうけど、およそ内容を反映したものとは言い難い。

今は亡き講談社「Beth」の創刊号から廃刊号まで連載された「人形がたり」を改題改稿した連作長篇、らしい。すぐドラマに見立ててしまうのがわたくしの悪い癖なのであるが、深津絵里主演でワンクール行ける内容なのでフジテレビ関係者はぜひ鋭意検討されたい。もっとも男ふたりに女ひとりただし色恋沙汰に発展する気配まるでなし、という原作のトーンを維持したままのドラマ化は、日本のテレビの現状を考えるとあり得ないんだろうなあ。残念。何を勝手に残念がっておる。

津原さんの端正でありなおかつ同時代性を併せ持つ日本語のすばらしさについては今更書くまでもないだろう。強靱で明瞭な文体は本作でも当然健在だった。人の姿を取り人にあらざるものの魔性と魅力を最短距離で書ききった、そんな感じの作品集だ。というかこれで終わってしまうのが惜しい。各篇とももう少し長く読みたかったとも思う。綺麗にまとまっており続篇はなさそうなつくりなのでいよいよ残念極まる。
ラブドール(作中では「ラヴドール」と表記)を扱った「恋は恋」が女性誌に載ったというのは結構すごいことではなかろうか、と思ったりもした。人形に憧れる日本男児の思いを、同誌のターゲットと目された「キレイ系オタク」少女たち(ってどこにいるんだ?)は受け止め得たのかどうなのか。
掉尾を飾る「スリーピング・ビューティ」の趣向も心憎い。このエピソードで扱われる人形とは主人公自身だ。もとより小説内の人物はすべて作家に操られる人形ではあるのだが、彼ら彼女らに対する津原さんの人形愛が滲み出た一篇。やはり人形の物語には御伽話のような結末が相応しい。
タグ:津原泰水
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2009年09月23日

臼井儀人さん逝く

生前の臼井儀人さんに一度だけお会いしたことがある。デビューされて六、七年目ぐらいだろうか。もちろん個人的な知己だったわけではなく、仕事を通じての打ち合わせだった。
会食もしたが、ずいぶん昔のことで仕事の詳細もそのとき話した内容ももう覚えていない。ただ、漫画「クレヨンしんちゃん」の印象と違ってとても穏やかで常識的な人だな、と思ったことはよく覚えている。あまりのあくのなさにむしろ拍子抜けした。

もちろん漫画家と漫画は別のもので、作者本人がおしりを出して町中を駆け回ろうものなら手が後ろに回るに決まっている。赤塚不二夫のような人の方がむしろ例外なのだ。だが、たぶん我々はそのとき臼井さんに対して「何か漫画みたいに面白いことを言ってくれ」と期待していたのだろう。もしかしたらあからさまにそういう言動があったかもしれない。ああ恥ずかしい。しかし、実際にはより多く喋っていたのは私と私の上司であり、気がつくと臼井さんは「ほうほう」と相槌を打つ聴き手に回っていた。
今にして思えば、あれは取材だったのかもしれない。取引先を接待する(接待になっていなかったが)我ら馬鹿会社員の姿が、もしかしたらその後「しんちゃん」のどこかに出てきたりしてはいなかっただろうか。

子持ちの友人ら(特に母親)には概して「しんちゃん」は評判が悪い。子供がアニメのしんちゃんの真似をして屁理屈の捏ね方、口答えの仕方を覚えた、と彼女らはこぼす。アニメが原作をどれほど忠実に反映しているかは知らないが、しんちゃんの口にする言葉にはそれだけリアリティがあったということなのだろう。
想像でしかないが、漫画化する過程で大幅にカリカチュアされたにしても、「しんちゃん」のエピソードは多くが取材の産物なのではなかろうか。五歳であそこまでませた子供はそうはいないだろうが、言葉にはできなくとも大人を観察する能力は誰もが持っているはずだ。「しんちゃん」は子供の感情に言葉を与えた。だから子供からはこよなく愛されたのだろう。

毎日.jpに臼井儀人さん死去:がけ下撮影、滑落か 遺品カメラに写真――版元会見という記事が出ていた。
 人気漫画「クレヨンしんちゃん」の作者、臼井儀人(本名・臼井義人)さん(51)の遺体が群馬、長野県境の荒船山で見つかったことを受け、版元の双葉社が21日、東京都内で記者会見を開いた。赤坂了生編集局長は「臼井先生の無事を祈ってきたが、このような結果になり無念。大きなショックを受けている」と語った。
 島野浩二編集局次長ら同社関係者は20日、身元確認のため現地入り。群馬県警下仁田署で、遺品のデジタルカメラなどを見せられたという。約30枚の写真が残っており、最後に転落したがけから下を撮影したとみられる風景が収められていた。島野局次長は「好奇心旺盛で、よく写真を撮る人だった。撮った瞬間、足を滑らせたのでは」と話した。
きっと臼井さんは最期の瞬間まで取材をしていたのだろう。

「クレヨンしんちゃん」は物語を紡ぎ出すプラットフォームとしても極めて優れていた。ジャンルを超えた名作映画「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」はしんちゃん一家や友達、幼稚園の先生らのキャラクターを存分に生かした群像劇になっていたが、これも原作からアニメを通じて育まれたそれぞれの造形の秀逸さゆえだろう。
臼井さん亡き後も、豊穣な「しんちゃん」の世界がいつまでも続くことを願ってやまない。それが故人に対しても何よりの供養となるだろう。すばらしい作品を残してくれた臼井さんに心からの感謝を捧げたい。どうか安らかにお眠りください。
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2009年09月22日

すごい色のカメラ

PENTAXがデジタル一眼レフk-xのボディとグリップの色をカスタマイズできる新サービスを始めていたらしい。⇒PENTAX K-xモデルシミュレーション
家にデジカメ及びデジカメ機能を持つ道具がいくつあるか数えてみたら優に十を超えていたので今更買うわけにはいかないのだが、しかしこれはすごい。何だこの組み合わせは、という配色が続々。
可処分所得と浮気心を持ち合わせた大人におすすめ。もしかしたらいずれプレミアつくかもしれないし。

しかしど派手なカメラで撮されるというのはどんな気分だろう。直前にささっと取り出されてぱちりとやられたら、なんだか微妙な表情が残されそうな気がする。
ハイスペックをカラフルに楽しもう。簡単操作の小型軽量デジタル一眼レフカメラPENTAX/ペンタッ...
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2009年09月20日

「ホップの真実」を飲んでみた

近所のスーパーでキリンの新製品「ホップの真実」を見かける。紺色と金色のパッケージってサントリー「金麦」だよなあ、と思いつつ「ホップ」の一語に釣られて買ってしまう。
ちくわをかじりながらちびちび飲む。確かにホップ感横溢。というか、ビールという飲み物のパロディのような感じがする。苦み成分が異様に拡大されたビールのような飲料。盛夏に飲んだ方がもっとうまかっただろう。若干時期を逸したか、という気がしないでもない。

もともと酒税法の抜け穴をくぐるため造られた「第3のビール」だったわけだが、ビールの特徴をひとつひとつ解析して喉越しや苦みや麦芽の旨味などに個別に焦点を絞った商品が市場に出てきたことで、結果として「ビール」というジャンルを解体しているように思えるのが興味深い。苦みが欲しければホップをどっさりぶちこめばいいじゃん、みたいな身も蓋もない割り切りが「ホップの真実」(意味深な命名ではある)にはある。
この商品が来シーズンまで生き延びるかはここ数ヶ月の売り上げ次第なのだろう。マーケティングとは須くそういうものだ。その結果として「ビール」需要そのものが磨り減っていくにしても。

それにしても、本格的なビールでホップを増量して造るのは製法上何か問題があるのだろうか。業界の雄キリンにはむしろそちらの方を期待したいのだが、もはやビール本体では冒険はできなくなっているのだろうか。

キリン ホップの真実 350缶1ケース 24本入りキリンビール
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2009年09月10日

捕手ほど素敵な商売はない(松下茂典)

捕手出身の名監督二人(森祇晶と野村克也)を主人公に、戦後のプロ野球史や戦術論、野球業界の裏話などを様々に語る趣向。読書情報誌での連載をたまたま読んだときは、紹介されていた個々のエピソードがとても面白く感じた。だが単行本になってみると、何だかまとまりがなくて読みづらさを覚えた。本を構成するのはむずかしいものだ、とつくづく思った。

それほど厚い本ではないが情報量は豊富で、当事者の発言もあるいは秘話に属するものが数多く含まれているのであろう。腹心だった森の西武監督就任を阻止しようとした広岡達朗の裏工作の話などは初耳で意外だった(プロ野球通には広く知られた話なのかもしれないが)。森・野村寄りのスタンスからの著作ゆえ、登場人物の白黒がはっきりしているのも本書の特徴ではある。

森と野村というキャラクターはそれぞれ屈折していて魅力的だが、どちらかひとりだけの話を一冊読むのはよほどの通でなければしんどそうではある。それゆえ共通項でくくって一冊の本にするという企画になったのだろう。しかし主人公をふたり立てたために叙述の視点移動が頻繁に起き、結果として先に書いたような散漫な印象をもたらしたことも事実だ。タイミングが微妙にずれている両者の選手時代の活躍を等分に描写しようとして年代を行ったり来たりするのは、あまりいい工夫ではなかったと思う。
クライマックスの日本シリーズ対決も、もっと紙幅を取って書き込んでほしかった。
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2009年09月06日

首相指名選挙で「白票」はないだろう

政治に対する関心は(今だけかもしれないけど)高いものの政界方面の常識が備わっていないためか、報道を見ていて意味や理由がよくわからないことが多い。たとえば、首相指名選挙 自民、白紙投票へ(各紙で報じているがソースはTOKYO Web)とか。何をしているのだこの人たちは。
 自民党は四日、特別国会の首相指名選挙への対応について、白紙投票で臨む方向で調整に入った。執行部は当初、麻生太郎首相に投票する方針を示していたが、衆院選敗北の責任がある首相への投票に党内で反対論が相次ぎ、方針変更した。(中略)政府高官は四日、首相指名選挙について「党内は白紙に傾きつつある。白紙から出直すということだ」と述べた。
 町村派など党内の一部には、首相指名選挙で新総裁名を投票できるよう、総裁選を特別国会前に前倒しするよう求める意見も出ていた。しかし、首相と党三役は二日の会談で、総裁選の前倒しは日程的に困難との認識で一致。首相は「白紙でも何でも党内がまとまる方法でやってくれればいい」と述べていた。
総理大臣を指名するのは国会議員の権利であり有権者から委託された義務であるはずだ。「んなこと言ったってどうせ鳩山由紀夫になるに決まってんだから」ということなのだろうが、選挙で生き残った人材の中で最適な選択肢を早急に提示できない政党に危機管理能力があるとはとても思えない。例によって反対論者として石破茂氏ぐらいの名前しか挙がっていない(ほかにもいるはずだろうに)のが、自民党の現状をよく表していると思う。マスゾエはどこに行った。

民意から壮絶にダメを出された麻生氏を今更首相には推せない、というのはわかる(著名ブロガー玄倉川さんは「麻生総裁の名を書くべし」と主張しておられるが、選挙結果をまったく省みないのはどうかと思う)。選挙中とは別の判断が早急に求められているのだ。
ここで憂国の弁を振るって自らに党の再生を委ねることを訴える議員のひとりやふたり出てこなくては、まったく先行きはおぼつかないと言わざるを得ない。民主党首班が成立した後に党総裁選をやったところで、どれほど気勢が上がることか。主役を張りたければ自分で舞台を造れ、と言いたい。何怒ってるんだ俺。

民主党の組閣騒動も何だかよくわからない。だいたいこの党にはご立派な「次の内閣」なる名簿があったはずではないか。党のサイトを見たら2009年5月19日付の「次の内閣」閣僚名簿があったので、なくならないうちに備忘録として貼っておく。
大 臣
ネクスト総理大臣鳩山 由紀夫
ネクスト副総理大臣小沢 一郎  菅 直人  輿石 東
ネクスト国務大臣岡田 克也
ネクスト官房長官直嶋 正行

大 臣副大臣
ネクスト総務大臣原口 一博黄川田 徹加藤 敏幸
ネクスト外務大臣鉢呂 吉雄武正 公一白 眞勲
ネクスト防衛大臣直嶋正行(兼務)山口 壯一川 保夫
ネクスト内閣府担当大臣松井 孝治泉 健太藤本 祐司
ネクスト財務大臣中川 正春松野 頼久大塚 耕平
ネクスト金融担当大臣(経済財政担当)大畠 章宏下条 みつ 大久保 勉
ネクスト厚生労働大臣藤村 修山井 和則中村 哲治
ネクスト年金担当大臣長妻 昭蓮 舫
ネクスト経済産業大臣増子 輝彦大島 敦藤原 正司
ネクスト法務大臣細川 律夫加藤 公一松野 信夫
ネクスト文部科学大臣小宮山 洋子牧 義夫鈴木 寛
ネクスト子ども・男女共同参画担当大臣神本 美恵子西村 智奈美島田 智哉子
ネクスト農林水産大臣筒井 信隆笹木 竜三高橋 千秋
ネクスト国土交通大臣長浜 博行後藤 斎室井 邦彦
ネクスト環境大臣岡崎 トミ子伴野 豊ツルネン マルテイ

ネクスト官房副長官長妻 昭(年金担当大臣兼務)    福山 哲郎
この方たちが政権奪取の暁にはそのまま大臣となってスムーズに山積する懸案処理に移行するものとばかり思っていたのだが、何か違ったんでしょうか。落選していれば仕方ないがそういう事情でもなさそうだし。
民主党に必要なのは、拙速を恐れず目まぐるしいぐらいに諸々の滞っていた案件を処理する能力であろう。もし方針が間違っていたらソッコーで直せばよい。ごめんで済めば警察イラネ、と言われるかもしれないが、国民が停滞よりも混乱をいとわず変化を望んだのが今回の選挙結果なのだ。政権を取ってから熟慮してどうする、と言いたい。この日が来ることを計算に入れてなかったのなら何をかいわんや。

ということで民主も自民もよくわからない理由でおたおたしてないでさっさと先に行け、選挙は終わった次は実践だ、という話でした。まどろっこしくて厭になる。

追記:
自民党内のいざこざからは距離を置き、きっちり議員としての仕事をしている人もいる。⇒衆議院議員 河野太郎発行メルマガ「ごまめの歯ぎしり」ブログ版 » 質問主意書
「民主党政権になったらまともな副大臣が来るだろうから、きちんと資料を整理しておく」のくだりに苦笑。えーと、前任者は誰だったかなっと。
posted by NA at 03:04| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月01日

ガンダムを見に行く

二年前から延々継続していたプロジェクトがようやく終わった。気がつけば八月も晦日になっている。どたばたと銀座のビストロでチーム員と打ち上げ兼送別会(終わりを見越して翌日付で人事異動させられたメンバーも数名いた)を開き、ひたすらワインの栓を抜く。

プロジェクト自体は、いくつかの大きな損失発生、志と異なる仕様変更の数々を度外視すれば成功という毎度ながらの煮え切らない結末だった。世の中そうそううまくはいかない。
ただ、今回は遂行のプロセス全体を可視化できるように交渉の過程や行政、取引先などによる紙資料もすべてフォーマット化して徹底的に一元管理することを心がけた。ふつうの会社ならば基幹システム刷新の際に実現していそうなことではあるが、上下関係に基づく旧態依然の馴れ合いとニコポン主義で運営されてきた我が社にとっては、この程度でも現場にとっては大変革ではあり抵抗も強かった。とりわけ地方営業所の年嵩の連中は書面で報告を出すことを嫌がり、パソコン操作を「できない」と抛り出す始末。深夜に電話で個別サポートを求められ、「ではcコロン円マーク……」「なんやコロンって。さっぱりわからんわ」と不毛な会話を繰り返す羽目になった。

まあいい。とりあえず仕事は終わったのだ。そして誰ひとり休みを取れなかった夏もとうに盛りを過ぎて、季節は秋との間の曖昧な何ものかに移り変わっていた。
ビストロで数十人で始めた宴会はバーにはしごしてラーメンを食べる頃には男女四人にまで減っていた。零時過ぎ。だが何か物足りない。プロジェクト完遂の興奮が冷めず名残惜しい。酒や飯はもういい。今から盛り場に移動して踊るには我々は疲れすぎている。我々の居場所はどこにあるのか。

ガンダムだ。きょうが公開最終日だった」ひとりが突然そう叫ぶ。タクシーで行けばすぐの距離。夏の終わりのガンダムか。
「公園の中に立っていたんだよね。まだ解体されてない?」
「わからん。でも造るときにも脚から少しずつ、結構手間取っていたみたい」
「今から入れる? 閉まってない?」
「表から撮った写真とかもあったと思う」
「とにかく行ってみようよ。ダメもとで」
大学生でもないのになんだこの会話は。そうだ、俺たちにはガンダムがあったのだ。

潮風公園は幸い閉鎖されていなかった。探すことしばし、検索するとどうやら等身大ガンダム像は「太陽の広場」なるところに建てられたらしい。
暗い公園をそぞろ歩きする四人。なんだ真夜中過ぎなのにこの人通りの多さは。なんだこの期待の高まりは。
女の子が悲鳴のような声を上げた。木立の上に何かが突き出て見える。走り出す。
視界が開けた。

gundam.jpgガンダムはそこに待っていた。
東京湾の夜景を背に、微動だにせず(当然だが)。思っていたよりも大きく、量感は圧倒的だった。
「でけー」
「すごーい」
間抜けだがそれ以上の言葉は出てこない。皆呆けたように見入るほかなかった。別にガノタでもないのに、涙が出そうになった。
アニメーションの中で誰かが想像したものが、実体としてそこに存在するということ。単純なその事実がこれほどまでに感動的だとは思わなかった。

日蝕。らりピー事件。総選挙。あと何があったんだったかな。すべてそっちのけで仕事に明け暮れた夏の最後にガンダムを見た。何の脈絡もないけど、終止符の打ち方としてこれ以上のものはなかったと思う。2009年の夏は、夜景の中に浮かび上がるガンダムの姿と共に永く記憶に残るだろう。
posted by NA at 13:00| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(1) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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