2016年10月08日

ムーンライダーズ活動休止休止に思う

なんとブログがまだ生きていたので書く。いつまでもあると思うな無料ブログ。

「ムーンライダーズ」40周年、走り続けるその先に 鈴木慶一(後編)
――ムーンライダーズは2011年、無期限で活動を休止しました。そして今年、「活動休止を休止」し再始動します。休止、活動を再開した理由は?
 ドラムのかしぶち(哲郎さん)の体調が悪くなったこともあったんだけど、11年がちょうど休憩の潮時だったと思う。そして今年、幸宏から「ワーハピ(高橋幸宏さんがキュレーターを務めるフェス「ワールド・ハピネス」)にムーンライダーズで出ない?」と打診され、じゃあ結成40周年だし今年いっぱいはやろうか、と。でもね、全国6カ所7公演のツアーはかなりハードだと思う。大丈夫かなぁ。死者が出ないようにしないと(笑)。
ああよかった、またライダーズを聴ける見られる……というふうに素直に感動できないのは、やはり五年前の活動休止宣言に少なからずダメージを受けたからで、あのときの私の落ち込みを返してほしい、という割り切れない思いが先に立つからだ。
彼らは決して「解散」という言葉は使っていなかったので、はなからいつでも活動を再開するつもりだったのかもしれない。「もう会えない」と思い込んだ側の責任だ。そしてかしぶち哲郎(故人となってしまった。嗚呼)の体調不良が休止のひとつのきっかけだった、ということも割とあっさり明かされてしまって拍子抜けした。
もともとライダーズはしばらく沈黙した後思いついたようにアルバムを出し、またしばらく開店休業状態になる、ということを十年以上繰り返していたので、今回はちょっと長めのブランクに過ぎなかったのかもしれない。
でもなあ。

思春期の乙女ではないので、あのとき流した涙を返してくれとは言わない(泣いてないし)。でも、活動するならするでただの懐メロバンドになってほしくはない。五年分の何か(進化でも劣化でもいい)を今のタイムスタンプが刻印された歌として残して、そこからまた休むなり何なりしてほしいと切に願う。むかし書いた気がするが、私にとってのライダーズは共に現在進行形で年老いていく存在であり、思い出の中で美しく輝くバンドではないのだ。勝手な言い分であることは承知。

先行・一般でチケットを買いそびれたのでこのあとどうしたものかだが、それでも恐らくどうにかこうにか手を尽くして私は中野サンプラザに行くだろう。馬鹿者めが。
ものごと100%の喜びなんてない。でもぶつくさ言いながら、それでもカレンダーに印を付けて十二月を待つのだろう。あなたたちの老化を見届けるために。
posted by NA at 04:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月23日

夜の国のクーパー(伊坂幸太郎)

以下は自分のための読後感。レビューをお求めの方はamazonなり何なり、他のサイトでお探しください。

大好きな作家の作品であっても趣味に合わないことはある。わかってはいるのだが、それでもこの作品には大きな失望を覚えた。うまく楽しめなくて、なんだか伊坂さんに申し訳ない気がする。面識もない相手に変な言い方だが。

約400頁の作品の四分の三までは大いに興にのって読み進めていた。旧作や名作との類似点やオマージュ(「これはたぶんガ*****記だな」と冒頭場面で予測したら案の定だった)を見出しながら、いつもの伊坂風文章を満喫できていた。
残りの四分の一とは、つまり謎解きであり伏線の回収である。伊坂作品でそこを楽しめなくてどうするのだ、まったく俺としたことが。

ひとつには喋る猫、動く木などが登場するファンタジーの世界が前半であまりに巧みに構築されていたからかもしれない。それに比して、謎解き部分で示された作中世界の現実は必ずしも愉悦に満ちたものではなかった。伏線を回収する手つきも必ずしもスムーズではなかったと思う。

情況に対して発信する作家像は今回も健在で、ことさらに大声での主張はしないものの「帰る」という言葉に込められた複数の含意は十分伝わってきた。いつもながら物語に挟み込まれた数々の箴言・警句も健在だ。朝日夕刊で連載中の「ガソリン生活」もそうだが、人間たちの右往左往を動物・無生物の視点から重層化する文章は手慣れたものだ。

なのにどうして。なんなんだこの恋の終わりにも似た索漠感は。
よくわからない。昔だったらそのオフビートさをオフビートゆえに愛でていたのではなかったのか。
私にとってこの小説は、「夜の国のクーパー」という言葉から連想される静かで穏やかな謎と恐怖を孕んだものとして展開していた、くどいようだが四分の三までは。そしてそのあとですべてが台無しになった。
どんでん返しがはまったとかはまらないとかいう話ではない。ただ、残念なのだ。
posted by NA at 03:01| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月08日

バットマン映画の完結編、なのだが

やっと映画「ダークナイト ライジング」を観てきた。前作からもう四年。早いですのう。見なければ見なければと思いつつ「前作ほどでもない」という世評に引っかかって優柔不断のうちに夏は過ぎて、結局首都圏での上映がほぼ終わりかけのタイミングで足を運んだ。以下感想とも何ともつかぬものをだらだらと。
地方ではまだこれからロードショーのところもあるんだろうけど、まあネタバレはあまりしませんのでご了解を。だいたいそんなに読まれてないやねこのサイト。

三部作の真ん中「ダークナイト」は、今思い返しても背筋の凍る大傑作だった。ということを今作を見終わった後に改めて思い出した。まあ今度はそういう映画ではなかったということだ。仕方ない。映画史に残るような作品を続けて出せるわけがないのだ。
では「ライジング」には何が欠けていたのか、というと、そりゃあもうジョーカー=ヒース・レジャーの不在に尽きる。前に書いたことの繰り返しになるから端折るが、喜悦の表情を顔に刻印したままあり得ない犯罪を繰り広げるジョーカーは、映画とわかって見ているのに本当に怖かった。ゆえに荒唐無稽な殺人も誘拐も、全部「あり」だった。ジョーカーが次に何をしでかすか、に対する興味(というより畏れだったな)が二時間半の長尺に一本通った背骨として機能していた。
今作の悪役ベインは、なんというか苦労の人であって後段でちゃんと悪に走った動機まで説明されているので問答無用のワルではない。まあそれはそれでいいのだが、結果として観客は冷静に状況を判断できちゃうのだ。スクリーンに架空の世界を現出させる映画にとってそれはあまり好ましくないことであろう。今回、夢の王国ならぬ犯罪都市ゴッサムをめぐる巨大な陰謀の嘘臭い部分が妙に気になったのは、やはりスクリーンを安心して見ていられたからだったと思う。

前作のヒットを受けてのロケのスケールの大きさは見事だったし、そしてバットマン映画に欠かせないメカの活躍は十分魅力的に描かれていたと思う。しかも乗っているのが「キャットウーマン」アン・ハサウェイときたもんだ(でももう少しサービスカットほしかったよ)。
ただ、予告編でこの映画の最善の映像はほとんど出尽くしていたんだな、と思ったこともまた事実だ。あの印象的なフットボールスタジアムでの大惨事の場面だけに期待していると残念ながら肩透かしを食らうだろう。トレーラー製作者に拍手を贈ろう。

おそらく本国アメリカでは、ティーン向けのコミック雑誌でバットマンと共に育ってきた世代が、より大人向けの意匠と苦悩をまとって登場した憧れのヒーローに涙するという受容がされているのだろう。ラストでのロビン登場の予告以外にも、原作読者のツボを押しまくる仕掛けはいろいろあったに違いない。
ファンにしてみれば、幼い日の英雄が現実社会によく似た空間で大活躍してくれるだけでもありがたいことだ。日本で言えば浦沢直樹版の「PLUTO」とかと同じですね。だからベイン一味の「革命」がいったい何を目指していたのかよくわからんとか(1200万市民を皆殺しにする気ならば簡単にできたのに)、銃さえ持っていれば大企業の役員会だろうがなんだろうが簡単に制圧できちゃうのかとか、バットマンはベインとの素手の対決で何をしたかったのかとか、ブルースは女を見る目がなさすぎないかとか、その他もろもろの細かい(とばかりも言えない)疑問は所詮野暮なツッコミでしかない。前作「ダークナイト」のあらすじもたぶん冷静な目で見直せば穴だらけなのだろう。
もっとも「ダークナイト」で描かれた「悪を倒すための悪」という主題はやはりそれ自体が魅力的だった。それが今作は「精神と肉体が悪を倒す」というところに落ち着いて、地底でいっぱい腹筋したから正義が勝つというある意味単純化されたドラマに回帰しているのが惜しい。
ああ、あとやっぱり最後はちゃんとブルースが×××ままで終わってほしかったんだけど、ああいう蛇足をつけちゃうのがやっぱりご家庭層にも楽しんでいただくためには必要なんでしょうかどうなんでしょうか。

料金分以上楽しめる映画であることには違いないし、前作に続くハンス・ジマー作曲の音圧感溢れるサウンドトラックはごんごん耳に迫るので映画館的体験という意味でも優れた作品だと思う。何度でも繰り返すが、「ダークナイト」が凄すぎたのだ。そしてアン・ハサウェイのスピンオフ作品を撮るときにはもう少しそのなんだ、見せ方を考えてほしいと思ったことだった。お願いしますよ。
posted by NA at 01:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月20日

「ルート・アイリッシュ」のもやもや

ケン・ローチ監督の「ルート・アイリッシュ」を観た。志の高さはわかるのだが、どうにももやもや感が残る映画だったので、もやもやした感想を書いておく。以下ネタバレ注意。続きを読む
posted by NA at 02:18| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月08日

新たなネットビジネスの簡単な開拓方法について

自分でやるつもりはないけどメモしておこう。

被災地の瓦礫受け入れを巡って、千葉市の熊谷俊人市長のTwitterタイムラインが熱い。
https://twitter.com/#!/kumagai_chiba
投げかけられた質問や罵倒や揶揄に対する熊谷市長の根気強い返答・反論が続いていて、まったくその姿勢には頭が下がるのだが、ここでの本旨は市長を褒めることではない。
目に見えない放射線を恐れる思いは誰しも同じだと思うのだが、丁寧にお相手をしてくれる熊谷市長の出現で、不安を怒りに変換して攻撃しまくる連中が春の木の芽のようにぞわぞわぞわぞわ湧いて出てきているのだ。そして彼らの批判(というより難詰だな)が偏見まみれで口汚さ極まることに目眩がしそうになる。たまたま見かけた例を引用するが、
@ken_yuriken
千葉に瓦礫運ぶなよ。福島に運べ福島に。どうせ、そのうちパチンコ生活がたたってお金がなくなるんだから。新しい仕事場を作ってあげよう!パチンコ屋のとなりに、焼却場を作ろう。
https://twitter.com/#!/ken_yuriken/status/185969674104741888
とか、
@xciroxjp
千葉!大丈夫か〜こんなのが市長で(笑)千葉はフクシマ由来の放射能以外にも311に地元石油コンビナート火災に伴い隣接窒素工場から劣化ウラン放出(約780キロが全焼)してるし、柏市は死のスポットと化してるんだよ〜 瓦礫受け入れ焼却してる場合じゃないよー!死者数調べて #脱原発 #緑党
https://twitter.com/#!/xciroxjp/status/188653537146839040
とか、熊谷氏が個別に反論しているものをタイムラインからピックアップするだけで常軌を失った人たちのカタログが完成するのだ。

放射線に対する過剰な恐怖という感覚を共有し、デマや不確実な情報に左右されやすく感情的になりやすいタイプで、ネットの情報を無条件に信頼し、アクセス方法が明らかになっている人々のリストが、熊谷市長をフォローするだけで簡単に手に入る。
一攫千金のネットビジネスを始めようと思っているそこのあなた。理想の顧客ではありませんか?
posted by NA at 11:54| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 電網 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月26日

ムーンライダーズの終着点

三十五年目にして無期限活動休止を宣言するとは、何とも彼ららしいと言えばらしい意表の突き方だった。ムーンライダーズがついにその活動を終える日が来たのだ。
厳密に言うと用語としてはあくまでも「休止」であって解散ではなく、また年末ぎりぎりまで活動予定は残っているので、今の段階ではまだ現役のバンドだ。だが、12月17日の中野サンプラザ公演は多くのファンにとっては彼ら全員の姿を直接目にする最後(と言おう)の機会だったに違いない。私もそこに足を運んだ。

五年前の「晩秋のジャパンツアー2006」のエントリで私は
次は35周年の前後でまたぱーっと活動するのだろうか。そしたら今度はCDの次世代メディアで再発ラッシュになるのかな。ともあれ私は、きっとまた彼らの愉快なライブに、同じだけ歳を重ねて行くことになるだろう。少し先を行く彼らの姿を追って。
ムーンライダーズがこの世にあって本当によかったと思う。
などと牧歌的なことを書いていた。若い頃からもともと熱い野心とは無縁のバンドだったので、この先ものらりくらりと老人ロック年金ロックの道をたほたほと歩んでいくのだろう、と勝手に信じていた。だから正直、今回の停止だか事実上の解散だか(わからない)がまだ納得できていない。

サンプラザ公演自体は、近年の若いミュージシャンによるリスペクトで知ったらしい組やはちみつぱいから追っかけてましたみたいなお年寄りもいたりと老若男女入り交じった多様な構成の観客層だったのが災いしたのか、満席だけどノリがいまいちという居心地のよろしくないオーディエンス環境だった。どうも調子が狂う。いつも以上の物販の長い列に心乱されて、自宅にターンテーブルもないのに暫定ラストアルバム「Ciao!」のLP盤\4,000を買ってしまったのは内緒である。
それでもライダーズ(このところのレギュラーメンバーだったサポートドラマーの夏秋文尚を含めた7人編成)は、ライブの常でおなじみのナンバーに新曲もきっちりやってラストは再び懐かしソングで盛り上げてくれた。聴きたい曲をあれもこれも全部やってくれたわけではないが、その要求に応えていたら夜明けまで演奏が続くことになるだろうから仕方ない。
最新作「Ciao!」は思いのほか馴染みやすい仕上がりで、昔からこういうアルバムばかり出してたらもっと売れていたであろうに、と思わされる傑作だったが、ライブでもそのサウンドを見事に再現していたのが出色。とりわけかしぶちさんの「ラスト・ファンファーレ 〜The Last Fanfare〜」は大陸的なスケールの大きい旋律と懐かしい言葉が繰り出され、ずっと前から知っていたと錯覚させる名曲。目頭が一瞬熱くなった。

だがそれ以外は湿っぽさとは無縁のステージで、新作からのラストナンバー「蒸気でできたプレイグランド劇場で」のあっけらかんとした調べで最後のライブはお開きとなった。そして驚くべきことに客がみんなおとなしくぞろぞろ帰っていくではないか。我々はここで「くれない埠頭」を力の限り合唱してメンバーを呼び戻すべきではなかったのか。だがそんなことをする者はなく、淡々と現実を受け入れて中野の夜は終わったのだった。

以来一週間、私はいつもに増して腑抜けの日々を送った。この先もそうかもしれない。ライダーズを失ったこの先の人生がどういうものになるのか見当がつかない。
よく考えれば(よく考えなくてもそうだが)ライダーズ成分が人生に占めていた割合というのは決して高くなかった。数年に一度、太陽黒点に連動して活発化する音楽活動に付き合ってディスクを買いライブに行ったり行きそびれたりしていただけだったのだから。この先活動再開する可能性は(低いだろうが)ゼロではないので、とりあえずは前と同じようにライダーズなしの日常に戻るだけの話ではないか。
だがこの胸に穴が空いたような感覚は何なんだろう。やっぱりつらいな。

特設サイトの鈴木慶一ロングインタビューを読んで改めて思ったのだが、少なくとも鈴木慶一は未だにビートルズをはじめとする海外のロックからの多大な影響下で音楽を作っていて、楽曲のしかるべき部分についてすぐに「これは誰それの何何で……」というフレーズが口をついて出る。熱心なフォロワーはいわばその元ネタも含めて聴いて愛しているのだろうけど、私は正直そのへんは(ビートルズはともかくとして)あまり関心がなくて、ライダーズというプリズムでねじ曲がり集光されて出力された輝きだけを愛でていたのだと思う。そのへんがもどかしくもあり、いろいろな意味でもったいなくも感じる。
思えばライダーズぐらいスタイルにこだわらずに音楽活動を続けてきたバンドも稀ではなかろうか。その時代その時代に鈴木慶一らが面白いと思ったサウンドを柔軟に取り入れ、しかしそういうものは往々にしてマニア以外には受け入れられなくて人口に膾炙するには至らず、そうこうしているうちに次のムーブメントを見つけてそちらへと走り出し、以下繰り返し。今回のアルバムもその振動の中で生まれ、それがたまたま最後になってしまったかのような印象を、インタビューを読んで思った。歌詞やタイトルの一部に終焉の色を匂わせつつも、全体としてはポジティブなトーンを失っていないのはそのためなのだろう。

彼らは自分たちにとって面白いことをやり続け、たぶんそれが何かの事情(明らかにされてはいない)によって一段落してしまった。そのための活動休止宣言なのだろう、と部外者としては推測するほかない。
もしかしたらムーンライダーズの価値をわかっていないのは本人たちなのではないか、と思ったりもする。もちろん彼らもこの先続けられるのならば続けたかっただろうけど、彼らにとっての音楽作りはどこかファン活動的、ライダーズ用語で言えばアマチュアの匂いがする。しかし私たちは人生の様々な局面で彼らの作った虹色の音楽の好きな部分に心を撃ち抜かれ、そこから離れられなくなってしまっていたのだ。その音楽はディスクで再生し続ければいいだろう、という問題ではない。我々にしてみれば、ムーンライダーズの音楽の本質は、ライブで共に年老いていく音楽というところにあった。懐メロを懐メロとしてでなく、一緒に過ごした年数だけ歳をとった音として彼らは提示してくれていた。一度ディスクに録音された音は未来永劫残るものの、今回失われるのはまさにその変化の可能性の部分だ。
もはや彼らの音の成長はない、という事実が胸を締め付ける。

私は何かを失うといつもおろおろしているようだ。今回もそうだ。答えはない。対処法はない。でもこのままではいられない。どうしたらいいのだろう。途方に暮れて年が暮れてゆく。
posted by NA at 02:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月29日

第三舞台「深呼吸する惑星」

解散公演となってしまった舞台のチケットをつい手に入れたのでつい行ってしまった。
それほど彼らのファンだったわけでもないのに、何か申し訳ないな、他に見たい人はいくらでもいるだろうにな、と思いながら。

鴻上尚史の狙いだったのかもしれないが、80年代色(とはつまり第三舞台色であろうか)を濃厚に感じさせる2時間だった。踊りと歌はもはや彼らの専売特許ではなく、記憶の中の群像ほどもはやスピーディーに感じられなかったのは時代が加速したのか出演者の加齢によるものか。
ただ、ひとりだけ若い客演の高橋一生の演技が極めて活きていたのは収穫だった。いい俳優だ。

ネタバラシをしてはいかんのだが、過去との抱擁で終わる演劇は名作が多いと思う。冒頭の葬儀場面との連結をもう少し丁寧に作ればさらに感動は増したのではなかろうか。とか。

さあ、次はムーンライダーズの最後を見に行こう。ものみな果てる年の瀬。
タグ:第三舞台
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2011年10月04日

あぶり出し2011

たしか中村正三郎だったと思う。「ネットは馬鹿のあぶり出し」という名言をものしたのは。大昔の電脳筒井線を巡るasahi-netとPC-VANのメンバー間による論争とも言えない喧嘩騒ぎのときであったか。技術評論社から出ていた中村さんの単行本で読んだ(もともとは雑誌「ざべ」に連載された記事だった)覚えがある。中村さん自身もそのあと電子掲示板に書いた内容に端を発したざべ事件(電脳曼陀羅事件の方が通りがよい気がする)で雑誌連載を切られ、以後長い長いマイクロソフトとの戦いが始まるのだが、これは「馬鹿」と言ってはいけないもののやはりネットがあったがゆえの騒動であったと言えるだろう。もう20年ぐらい前の話、中村さんにも俺にも頭に毛が残っていた頃の物語だ。長生きはしたくない。よぼよぼ。

以後ネットはさかんに燃え続けてきた。インターネット時代に入って個人サイトを舞台とした1998年のドクター・キリコ事件、1999年の東芝クレーマー事件あたりはまだウェブサイトを開くこと自体が一般的ではなかったが、ブログの普及が火種をあちこちにばら撒き、さらになぜかおろかな振る舞いを自慢したくなる不思議な磁場を備えたmixiの出現が油を噴射、p2pソフトで広まったファイル漏出マルウェアの働きでネットは和歌山県すさみ町よりも荒み切った暗野に成り果てた。すさみ町民ごめん。
で、その総仕上げとも言うべき荒みが、今我々が直面しているtwitter炎上である。

取るに足らない140字以内情報の連打で人はここまで印象を悪くし評判を無くし得るのか、という壮大な人体実験に日々多くのチャレンジャーが参加している。その代表選手が我らの日垣隆だ。
かつてのエントリで日垣さんの本を取り上げたことがある。「たぶん正論なんだろうけどかなわんなあ」という読後感を、当時は高かったらしい日垣さんの世評に遠慮しながら書いている様子が我ながらチキンだ。それ以前にも「情報の技術」などの著作をそれなりに面白く読んだ覚えもあっただけに、変わり果てた有様(と言ってしまおう)をtwitterで見て誇張でなしに目を疑ったものだった。これが本当にあの日垣さん? なりすましじゃないのか?

日垣隆(T-Higaki) (hga02104)

ああ、でも確かに彼こそは日垣隆。我らがガッキィファイターの成れの果てなのだ。その戦いの一部始終は「日垣隆」のまとめ - Togetterに詳しい。我々が知っていた、あの最短手数で相手を論破する「敢闘言」の日垣隆はそこにはいない。誤字まみれのごろつきのような罵言で豪快に間違った相手を爆撃する5の倍数好きな変なおじさんしか見えない。

だがネットはいつまでもひとりの人間をヒーロー(というか)の座に置いてはおかないのだ。
悪評に気づいたのかfacebook(ここもまた別の炎上フィールドなのだが)に撤退した後を、ちゃんと襲ったボランティア精神溢れる言論勇者がまたひとり。我らの烏賀陽弘道先生だ。

http://twitter.com/#!/hirougaya
http://twitter.com/#!/ugaya

例によって赫々たる戦果は「烏賀陽弘道」のまとめ - Togetterにてお楽しみいただける。この方も以前には優れた本を書いていた(ような気がする)のだが、まあなんというか、夜中にはやりとりしたくないキャラクターであることが如実に明かされている。

twitterはおそろしい。触れると馬鹿になる何かがそこにはある。人類が電脳世界に適応した生物に進化するまでにはまだまだ時間と経験が必要なのだ。中村正三郎先生がtwitterに降臨したらぜひ馬鹿化物質の正体解明をお願いしたいものだ。
posted by NA at 08:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 電網 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月14日

かきあげ女王伝説

しばらくブログ更新をかまけて他のSNSで遊んだり煽ったりしているうちに、首相や大臣は次々変わるわ東北はひどいことになるわ東北だけでなく東日本広域に厭なものが飛んで来るわ電気は消えるわ電車は減るわエスカレータは止まるわ給料は減るわで、まあいろいろあった。うちの会社でも家族が流されて死んだ人は何人かいた。人はいずれ死ぬものであるにせよ、不意打ちされて死ぬのはできれば避けたいものだ。もし願えるのであれば。

「最近ブログ書いてないじゃん」とここの存在を知っている数少ない友人に言われた。こやつはメールも寄越さなければ友人同士を常時繋ぐ種類のべんりウェブサービスが大嫌いなので、本当に用事がなければまったく没交渉なのだが、そのときはビールを飲むという大事な用件があったので久々に顔を合わせたところだった。「死んだかどうか気になるのでたまには何か書け。長い文を書け」と大意そのようなことを言われた。確認したければ電話しろ、俺の言いたいことは140字で尽きていて、それも140字書いてみたら正直無用であることに気づくようなことばかりだ、と言ったのだが、電話は面倒くさい、無用かどうかは自分が判断する、お前が決めるのは僭越ではないかと難じられた。
なので久々にどうでもいいことを書く。

教育関係で委託されている仕事が毎年夏にあって、毎年ある仕事がたいていそうであるようにうんざりするようなルーチンワークの積み重ねだ。たぶん特殊な注射をされた猿とかの方が上手にこなしそうなことを、それまで担当しなかった社員が通過儀礼よろしく割り振られる。夏休みで暇な学生を集めてためにならない催しを開くのだが、仕切り役雑用役(ああ、もちろん雑用という用はありませんとも)にも学生を幾人か使っており、その仕切役が委託元関係の研究室の院生なのだ。で、知的な美女であった彼女(院生だ)は学部生の頃からもう5年にも亘ってこの仕事に噛んでいるため、当然我々よりも遥かに実務に長けており、世の中一般がそうであるように教えを乞う側が乞われる側にいつか媚びへつらう関係が醸成されるのは当然の成り行きだった。かくして、例年もそうだったようだが擬似女王とその取り巻きという構図がいつしかできあがっていった。

女王様(面倒臭いので以下これでいく)は髪が豊かに長く、我々が質問や願い事を上奏すると必ず「そうですねえ」と髪をかきあげてからものうげにお返事くださるのであるが、これがどうもよくなかった。きれいに脱毛処理された脇の下を見せつけて(女王のお召し物は必ずノースリーブであられた)お返事くださるのに味をしめた後輩の馬鹿者は、自分で腕時計をしているのに時刻を聞くのおろかな振る舞いに出るなど、現場では余計な質問回答処理が頻発した。もっとも馬鹿の質問に対する答えをその場の男子社員が全員注視しているのだから馬鹿はひとりでは済まないのだが。おそらく彼女も当然その雰囲気をわかっていたはずだが、艶然と髪をかきあげるしぐさは最後まで変わらなかった。ノースリーブもだ。

麗しき日本の風習ウチアゲはこの仕事の最終日にもちゃんと行われた。女王のしぐさには催眠効果があるのか、はてまた脇下の特殊な腺から媚薬成分でも発せられているのか、ビールを飲み過ぎた私は、もしかしたら彼女は私に気があるのではなかろうかと大いに勘違いしていた。10年前だったら突撃して玉砕していたことは間違いない。だが、優雅に髪をかきあげながら脂分の少ないつまみと共に少量のビールを飲んでいた女王は、しかし「今日はもう帰ります。来年またよろしくお願いします」との挨拶と共に、余韻もなくさっさと引き上げてくれたのだ。かくして悲劇は回避された。

他の女子バイトも女官よろしく一斉に引き上げ、あとは野郎だけの無礼講となった。我々は学部生のアルバイトらに散々冷やかされた。「みっともない」というのだ。面目ない。だがしかし、目の前でああいうしぐさをされては心穏やかでないのも当然ではないか。反論したら意外な顔をされた。

「どうしてですか?」「中学生でもきょうびそんなもん気にしませんよ」

うむむ。だがしかし(なおも反論を試みた)、妙齢の女性が女性の象徴であるみどりの黒髪をかきあげて無防備な肢体を一瞬さらしたら、そこに惹かれて交尾をしたい思いをそそられるのは、極めて自然な反応ではなかろうか(実際はもっと直截な表現だった)、君たちだってそうではないのか。正直に言いたまえ。もしかしたら少々ムキになっていたのかもしれない。笑われた。

「だってもうオバさんでしょ彼女」「ですよね」

我々は一様に驚きをもって彼らの発言を受け止めた。こちらとあちらで、ぜんぜん違う景色を観ていたらしい。でも、ああいう子としたくない?(実際はさらに直裁な表現だった)

「えー(笑)」「まじっすかー」

他の仲間からは「世の中30、40になっても彼女らは自称女子なんだぞ」とわけのわからない抗弁もあったがもはや会話は成り立たなかった。自分らにとって大事なものが他人にとっても大事とは限らない、当たり前のことが痛く胸に染みた。

まったく最近の若い男子の女性に対する冷静な見方は頼もしい限りである。いずれ女性が全裸で街中を歩いていても安全な世の中が来るに違いない。我らの民族は遠くない将来少子化の末に滅びるであろうことを確信した一夜だった。本当にどうでもいい話だったな。
posted by NA at 00:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月10日

人は物を介して繋がる

だいぶ遅れてしまったが、ネットで評判になっている小学一年生の作文を読んだ。

asahi.com(朝日新聞社):お父さんのおべんとうばこ 心震える片山君の作文 - 教育
http://www.asahi.com/edu/kosodate/news/TKY201011300226.html

「泣ける」「泣いている」「泣いた」という風評を先に見てしまったので、すれっからしとしてはかなり斜めからの視線で読み始めたのだが、でも本当だった。ちくしょう、いい話じゃないか。

小学生に泣かされているだけではくやしいので、なぜこの作文がこれほどまでに感動的なのか理由を考えた。(未完)
posted by NA at 08:43| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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