2012年04月20日

「ルート・アイリッシュ」のもやもや

ケン・ローチ監督の「ルート・アイリッシュ」を観た。志の高さはわかるのだが、どうにももやもや感が残る映画だったので、もやもやした感想を書いておく。以下ネタバレ注意。続きを読む
posted by NA at 02:18| 東京 曇り| Comment(1) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月08日

新たなネットビジネスの簡単な開拓方法について

自分でやるつもりはないけどメモしておこう。

被災地の瓦礫受け入れを巡って、千葉市の熊谷俊人市長のTwitterタイムラインが熱い。
https://twitter.com/#!/kumagai_chiba
投げかけられた質問や罵倒や揶揄に対する熊谷市長の根気強い返答・反論が続いていて、まったくその姿勢には頭が下がるのだが、ここでの本旨は市長を褒めることではない。
目に見えない放射線を恐れる思いは誰しも同じだと思うのだが、丁寧にお相手をしてくれる熊谷市長の出現で、不安を怒りに変換して攻撃しまくる連中が春の木の芽のようにぞわぞわぞわぞわ湧いて出てきているのだ。そして彼らの批判(というより難詰だな)が偏見まみれで口汚さ極まることに目眩がしそうになる。たまたま見かけた例を引用するが、
@ken_yuriken
千葉に瓦礫運ぶなよ。福島に運べ福島に。どうせ、そのうちパチンコ生活がたたってお金がなくなるんだから。新しい仕事場を作ってあげよう!パチンコ屋のとなりに、焼却場を作ろう。
https://twitter.com/#!/ken_yuriken/status/185969674104741888
とか、
@xciroxjp
千葉!大丈夫か〜こんなのが市長で(笑)千葉はフクシマ由来の放射能以外にも311に地元石油コンビナート火災に伴い隣接窒素工場から劣化ウラン放出(約780キロが全焼)してるし、柏市は死のスポットと化してるんだよ〜 瓦礫受け入れ焼却してる場合じゃないよー!死者数調べて #脱原発 #緑党
https://twitter.com/#!/xciroxjp/status/188653537146839040
とか、熊谷氏が個別に反論しているものをタイムラインからピックアップするだけで常軌を失った人たちのカタログが完成するのだ。

放射線に対する過剰な恐怖という感覚を共有し、デマや不確実な情報に左右されやすく感情的になりやすいタイプで、ネットの情報を無条件に信頼し、アクセス方法が明らかになっている人々のリストが、熊谷市長をフォローするだけで簡単に手に入る。
一攫千金のネットビジネスを始めようと思っているそこのあなた。理想の顧客ではありませんか?
posted by NA at 11:54| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 電網 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月26日

ムーンライダーズの終着点

三十五年目にして無期限活動休止を宣言するとは、何とも彼ららしいと言えばらしい意表の突き方だった。ムーンライダーズがついにその活動を終える日が来たのだ。
厳密に言うと用語としてはあくまでも「休止」であって解散ではなく、また年末ぎりぎりまで活動予定は残っているので、今の段階ではまだ現役のバンドだ。だが、12月17日の中野サンプラザ公演は多くのファンにとっては彼ら全員の姿を直接目にする最後(と言おう)の機会だったに違いない。私もそこに足を運んだ。

五年前の「晩秋のジャパンツアー2006」のエントリで私は
次は35周年の前後でまたぱーっと活動するのだろうか。そしたら今度はCDの次世代メディアで再発ラッシュになるのかな。ともあれ私は、きっとまた彼らの愉快なライブに、同じだけ歳を重ねて行くことになるだろう。少し先を行く彼らの姿を追って。
ムーンライダーズがこの世にあって本当によかったと思う。
などと牧歌的なことを書いていた。若い頃からもともと熱い野心とは無縁のバンドだったので、この先ものらりくらりと老人ロック年金ロックの道をたほたほと歩んでいくのだろう、と勝手に信じていた。だから正直、今回の停止だか事実上の解散だか(わからない)がまだ納得できていない。

サンプラザ公演自体は、近年の若いミュージシャンによるリスペクトで知ったらしい組やはちみつぱいから追っかけてましたみたいなお年寄りもいたりと老若男女入り交じった多様な構成の観客層だったのが災いしたのか、満席だけどノリがいまいちという居心地のよろしくないオーディエンス環境だった。どうも調子が狂う。いつも以上の物販の長い列に心乱されて、自宅にターンテーブルもないのに暫定ラストアルバム「Ciao!」のLP盤\4,000を買ってしまったのは内緒である。
それでもライダーズ(このところのレギュラーメンバーだったサポートドラマーの夏秋文尚を含めた7人編成)は、ライブの常でおなじみのナンバーに新曲もきっちりやってラストは再び懐かしソングで盛り上げてくれた。聴きたい曲をあれもこれも全部やってくれたわけではないが、その要求に応えていたら夜明けまで演奏が続くことになるだろうから仕方ない。
最新作「Ciao!」は思いのほか馴染みやすい仕上がりで、昔からこういうアルバムばかり出してたらもっと売れていたであろうに、と思わされる傑作だったが、ライブでもそのサウンドを見事に再現していたのが出色。とりわけかしぶちさんの「ラスト・ファンファーレ 〜The Last Fanfare〜」は大陸的なスケールの大きい旋律と懐かしい言葉が繰り出され、ずっと前から知っていたと錯覚させる名曲。目頭が一瞬熱くなった。

だがそれ以外は湿っぽさとは無縁のステージで、新作からのラストナンバー「蒸気でできたプレイグランド劇場で」のあっけらかんとした調べで最後のライブはお開きとなった。そして驚くべきことに客がみんなおとなしくぞろぞろ帰っていくではないか。我々はここで「くれない埠頭」を力の限り合唱してメンバーを呼び戻すべきではなかったのか。だがそんなことをする者はなく、淡々と現実を受け入れて中野の夜は終わったのだった。

以来一週間、私はいつもに増して腑抜けの日々を送った。この先もそうかもしれない。ライダーズを失ったこの先の人生がどういうものになるのか見当がつかない。
よく考えれば(よく考えなくてもそうだが)ライダーズ成分が人生に占めていた割合というのは決して高くなかった。数年に一度、太陽黒点に連動して活発化する音楽活動に付き合ってディスクを買いライブに行ったり行きそびれたりしていただけだったのだから。この先活動再開する可能性は(低いだろうが)ゼロではないので、とりあえずは前と同じようにライダーズなしの日常に戻るだけの話ではないか。
だがこの胸に穴が空いたような感覚は何なんだろう。やっぱりつらいな。

特設サイトの鈴木慶一ロングインタビューを読んで改めて思ったのだが、少なくとも鈴木慶一は未だにビートルズをはじめとする海外のロックからの多大な影響下で音楽を作っていて、楽曲のしかるべき部分についてすぐに「これは誰それの何何で……」というフレーズが口をついて出る。熱心なフォロワーはいわばその元ネタも含めて聴いて愛しているのだろうけど、私は正直そのへんは(ビートルズはともかくとして)あまり関心がなくて、ライダーズというプリズムでねじ曲がり集光されて出力された輝きだけを愛でていたのだと思う。そのへんがもどかしくもあり、いろいろな意味でもったいなくも感じる。
思えばライダーズぐらいスタイルにこだわらずに音楽活動を続けてきたバンドも稀ではなかろうか。その時代その時代に鈴木慶一らが面白いと思ったサウンドを柔軟に取り入れ、しかしそういうものは往々にしてマニア以外には受け入れられなくて人口に膾炙するには至らず、そうこうしているうちに次のムーブメントを見つけてそちらへと走り出し、以下繰り返し。今回のアルバムもその振動の中で生まれ、それがたまたま最後になってしまったかのような印象を、インタビューを読んで思った。歌詞やタイトルの一部に終焉の色を匂わせつつも、全体としてはポジティブなトーンを失っていないのはそのためなのだろう。

彼らは自分たちにとって面白いことをやり続け、たぶんそれが何かの事情(明らかにされてはいない)によって一段落してしまった。そのための活動休止宣言なのだろう、と部外者としては推測するほかない。
もしかしたらムーンライダーズの価値をわかっていないのは本人たちなのではないか、と思ったりもする。もちろん彼らもこの先続けられるのならば続けたかっただろうけど、彼らにとっての音楽作りはどこかファン活動的、ライダーズ用語で言えばアマチュアの匂いがする。しかし私たちは人生の様々な局面で彼らの作った虹色の音楽の好きな部分に心を撃ち抜かれ、そこから離れられなくなってしまっていたのだ。その音楽はディスクで再生し続ければいいだろう、という問題ではない。我々にしてみれば、ムーンライダーズの音楽の本質は、ライブで共に年老いていく音楽というところにあった。懐メロを懐メロとしてでなく、一緒に過ごした年数だけ歳をとった音として彼らは提示してくれていた。一度ディスクに録音された音は未来永劫残るものの、今回失われるのはまさにその変化の可能性の部分だ。
もはや彼らの音の成長はない、という事実が胸を締め付ける。

私は何かを失うといつもおろおろしているようだ。今回もそうだ。答えはない。対処法はない。でもこのままではいられない。どうしたらいいのだろう。途方に暮れて年が暮れてゆく。
posted by NA at 02:25| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月29日

第三舞台「深呼吸する惑星」

解散公演となってしまった舞台のチケットをつい手に入れたのでつい行ってしまった。
それほど彼らのファンだったわけでもないのに、何か申し訳ないな、他に見たい人はいくらでもいるだろうにな、と思いながら。

鴻上尚史の狙いだったのかもしれないが、80年代色(とはつまり第三舞台色であろうか)を濃厚に感じさせる2時間だった。踊りと歌はもはや彼らの専売特許ではなく、記憶の中の群像ほどもはやスピーディーに感じられなかったのは時代が加速したのか出演者の加齢によるものか。
ただ、ひとりだけ若い客演の高橋一生の演技が極めて活きていたのは収穫だった。いい俳優だ。

ネタバラシをしてはいかんのだが、過去との抱擁で終わる演劇は名作が多いと思う。冒頭の葬儀場面との連結をもう少し丁寧に作ればさらに感動は増したのではなかろうか。とか。

さあ、次はムーンライダーズの最後を見に行こう。ものみな果てる年の瀬。
タグ:第三舞台
posted by NA at 00:00| 東京 雨| Comment(1) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月04日

あぶり出し2011

たしか中村正三郎だったと思う。「ネットは馬鹿のあぶり出し」という名言をものしたのは。大昔の電脳筒井線を巡るasahi-netとPC-VANのメンバー間による論争とも言えない喧嘩騒ぎのときであったか。技術評論社から出ていた中村さんの単行本で読んだ(もともとは雑誌「ざべ」に連載された記事だった)覚えがある。中村さん自身もそのあと電子掲示板に書いた内容に端を発したざべ事件(電脳曼陀羅事件の方が通りがよい気がする)で雑誌連載を切られ、以後長い長いマイクロソフトとの戦いが始まるのだが、これは「馬鹿」と言ってはいけないもののやはりネットがあったがゆえの騒動であったと言えるだろう。もう20年ぐらい前の話、中村さんにも俺にも頭に毛が残っていた頃の物語だ。長生きはしたくない。よぼよぼ。

以後ネットはさかんに燃え続けてきた。インターネット時代に入って個人サイトを舞台とした1998年のドクター・キリコ事件、1999年の東芝クレーマー事件あたりはまだウェブサイトを開くこと自体が一般的ではなかったが、ブログの普及が火種をあちこちにばら撒き、さらになぜかおろかな振る舞いを自慢したくなる不思議な磁場を備えたmixiの出現が油を噴射、p2pソフトで広まったファイル漏出マルウェアの働きでネットは和歌山県すさみ町よりも荒み切った暗野に成り果てた。すさみ町民ごめん。
で、その総仕上げとも言うべき荒みが、今我々が直面しているtwitter炎上である。

取るに足らない140字以内情報の連打で人はここまで印象を悪くし評判を無くし得るのか、という壮大な人体実験に日々多くのチャレンジャーが参加している。その代表選手が我らの日垣隆だ。
かつてのエントリで日垣さんの本を取り上げたことがある。「たぶん正論なんだろうけどかなわんなあ」という読後感を、当時は高かったらしい日垣さんの世評に遠慮しながら書いている様子が我ながらチキンだ。それ以前にも「情報の技術」などの著作をそれなりに面白く読んだ覚えもあっただけに、変わり果てた有様(と言ってしまおう)をtwitterで見て誇張でなしに目を疑ったものだった。これが本当にあの日垣さん? なりすましじゃないのか?

日垣隆(T-Higaki) (hga02104)

ああ、でも確かに彼こそは日垣隆。我らがガッキィファイターの成れの果てなのだ。その戦いの一部始終は「日垣隆」のまとめ - Togetterに詳しい。我々が知っていた、あの最短手数で相手を論破する「敢闘言」の日垣隆はそこにはいない。誤字まみれのごろつきのような罵言で豪快に間違った相手を爆撃する5の倍数好きな変なおじさんしか見えない。

だがネットはいつまでもひとりの人間をヒーロー(というか)の座に置いてはおかないのだ。
悪評に気づいたのかfacebook(ここもまた別の炎上フィールドなのだが)に撤退した後を、ちゃんと襲ったボランティア精神溢れる言論勇者がまたひとり。我らの烏賀陽弘道先生だ。

http://twitter.com/#!/hirougaya
http://twitter.com/#!/ugaya

例によって赫々たる戦果は「烏賀陽弘道」のまとめ - Togetterにてお楽しみいただける。この方も以前には優れた本を書いていた(ような気がする)のだが、まあなんというか、夜中にはやりとりしたくないキャラクターであることが如実に明かされている。

twitterはおそろしい。触れると馬鹿になる何かがそこにはある。人類が電脳世界に適応した生物に進化するまでにはまだまだ時間と経験が必要なのだ。中村正三郎先生がtwitterに降臨したらぜひ馬鹿化物質の正体解明をお願いしたいものだ。
posted by NA at 08:50| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 電網 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月14日

かきあげ女王伝説

しばらくブログ更新をかまけて他のSNSで遊んだり煽ったりしているうちに、首相や大臣は次々変わるわ東北はひどいことになるわ東北だけでなく東日本広域に厭なものが飛んで来るわ電気は消えるわ電車は減るわエスカレータは止まるわ給料は減るわで、まあいろいろあった。うちの会社でも家族が流されて死んだ人は何人かいた。人はいずれ死ぬものであるにせよ、不意打ちされて死ぬのはできれば避けたいものだ。もし願えるのであれば。

「最近ブログ書いてないじゃん」とここの存在を知っている数少ない友人に言われた。こやつはメールも寄越さなければ友人同士を常時繋ぐ種類のべんりウェブサービスが大嫌いなので、本当に用事がなければまったく没交渉なのだが、そのときはビールを飲むという大事な用件があったので久々に顔を合わせたところだった。「死んだかどうか気になるのでたまには何か書け。長い文を書け」と大意そのようなことを言われた。確認したければ電話しろ、俺の言いたいことは140字で尽きていて、それも140字書いてみたら正直無用であることに気づくようなことばかりだ、と言ったのだが、電話は面倒くさい、無用かどうかは自分が判断する、お前が決めるのは僭越ではないかと難じられた。
なので久々にどうでもいいことを書く。

教育関係で委託されている仕事が毎年夏にあって、毎年ある仕事がたいていそうであるようにうんざりするようなルーチンワークの積み重ねだ。たぶん特殊な注射をされた猿とかの方が上手にこなしそうなことを、それまで担当しなかった社員が通過儀礼よろしく割り振られる。夏休みで暇な学生を集めてためにならない催しを開くのだが、仕切り役雑用役(ああ、もちろん雑用という用はありませんとも)にも学生を幾人か使っており、その仕切役が委託元関係の研究室の院生なのだ。で、知的な美女であった彼女(院生だ)は学部生の頃からもう5年にも亘ってこの仕事に噛んでいるため、当然我々よりも遥かに実務に長けており、世の中一般がそうであるように教えを乞う側が乞われる側にいつか媚びへつらう関係が醸成されるのは当然の成り行きだった。かくして、例年もそうだったようだが擬似女王とその取り巻きという構図がいつしかできあがっていった。

女王様(面倒臭いので以下これでいく)は髪が豊かに長く、我々が質問や願い事を上奏すると必ず「そうですねえ」と髪をかきあげてからものうげにお返事くださるのであるが、これがどうもよくなかった。きれいに脱毛処理された脇の下を見せつけて(女王のお召し物は必ずノースリーブであられた)お返事くださるのに味をしめた後輩の馬鹿者は、自分で腕時計をしているのに時刻を聞くのおろかな振る舞いに出るなど、現場では余計な質問回答処理が頻発した。もっとも馬鹿の質問に対する答えをその場の男子社員が全員注視しているのだから馬鹿はひとりでは済まないのだが。おそらく彼女も当然その雰囲気をわかっていたはずだが、艶然と髪をかきあげるしぐさは最後まで変わらなかった。ノースリーブもだ。

麗しき日本の風習ウチアゲはこの仕事の最終日にもちゃんと行われた。女王のしぐさには催眠効果があるのか、はてまた脇下の特殊な腺から媚薬成分でも発せられているのか、ビールを飲み過ぎた私は、もしかしたら彼女は私に気があるのではなかろうかと大いに勘違いしていた。10年前だったら突撃して玉砕していたことは間違いない。だが、優雅に髪をかきあげながら脂分の少ないつまみと共に少量のビールを飲んでいた女王は、しかし「今日はもう帰ります。来年またよろしくお願いします」との挨拶と共に、余韻もなくさっさと引き上げてくれたのだ。かくして悲劇は回避された。

他の女子バイトも女官よろしく一斉に引き上げ、あとは野郎だけの無礼講となった。我々は学部生のアルバイトらに散々冷やかされた。「みっともない」というのだ。面目ない。だがしかし、目の前でああいうしぐさをされては心穏やかでないのも当然ではないか。反論したら意外な顔をされた。

「どうしてですか?」「中学生でもきょうびそんなもん気にしませんよ」

うむむ。だがしかし(なおも反論を試みた)、妙齢の女性が女性の象徴であるみどりの黒髪をかきあげて無防備な肢体を一瞬さらしたら、そこに惹かれて交尾をしたい思いをそそられるのは、極めて自然な反応ではなかろうか(実際はもっと直截な表現だった)、君たちだってそうではないのか。正直に言いたまえ。もしかしたら少々ムキになっていたのかもしれない。笑われた。

「だってもうオバさんでしょ彼女」「ですよね」

我々は一様に驚きをもって彼らの発言を受け止めた。こちらとあちらで、ぜんぜん違う景色を観ていたらしい。でも、ああいう子としたくない?(実際はさらに直裁な表現だった)

「えー(笑)」「まじっすかー」

他の仲間からは「世の中30、40になっても彼女らは自称女子なんだぞ」とわけのわからない抗弁もあったがもはや会話は成り立たなかった。自分らにとって大事なものが他人にとっても大事とは限らない、当たり前のことが痛く胸に染みた。

まったく最近の若い男子の女性に対する冷静な見方は頼もしい限りである。いずれ女性が全裸で街中を歩いていても安全な世の中が来るに違いない。我らの民族は遠くない将来少子化の末に滅びるであろうことを確信した一夜だった。本当にどうでもいい話だったな。
posted by NA at 00:34| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月10日

人は物を介して繋がる

だいぶ遅れてしまったが、ネットで評判になっている小学一年生の作文を読んだ。

asahi.com(朝日新聞社):お父さんのおべんとうばこ 心震える片山君の作文 - 教育
http://www.asahi.com/edu/kosodate/news/TKY201011300226.html

「泣ける」「泣いている」「泣いた」という風評を先に見てしまったので、すれっからしとしてはかなり斜めからの視線で読み始めたのだが、でも本当だった。ちくしょう、いい話じゃないか。

小学生に泣かされているだけではくやしいので、なぜこの作文がこれほどまでに感動的なのか理由を考えた。(未完)
posted by NA at 08:43| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月09日

恣意的なグラフ

こういうグラフで印象操作をするのはいかがなものか、と思ったのでメモ。

asahi.comの「HV価格競争加速 159万円「フィット」が登場」という記事についているグラフがかなりひどい。いずれ記事はなくなってしまうだろうから、画像だけ引用しておこう。
TKY201010080606.jpg市場全体とハイブリッド車の折れ線を間をはしょって上下に並べることにより、双方の台数が実際以上に接近しているように見せかけている。それだけでなく、HV車の目盛が10万台毎なのに対して市場全体は50万台。しかもHVの方が目盛幅は1.2倍ぐらい広いため、より右上がりが強調されて見えるのだ。
これはいくらなんでもひどすぎると思う。

よく見たら値の方もかなりいい加減で「09年のハイブリッド車はプリウスとインサイトのみ」なんて適当なことをやっているので、「まあ要するにHVブームがグラフでわかればいいんでしょ?」みたいな安直さで図を作成したとしか思えない。お前統計を真面目に調べてないだろ。
NHKの不祥事で鬼の首を取ったように騒いでいる今朝の朝日新聞だが、こういう杜撰な印象操作を放置しては自社の報道の信頼性にも大いに疑問符が付くということはわきまえておいた方がいいと思った。
posted by NA at 17:02| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 重箱 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月30日

結局i-MiEVを買わなかったわけだが

top_im_a01[1].jpg知り合いのディーラーから「ぜひ一度。ぜひぜひ」と三是非ぐらい勧められて、三菱のi-MiEVに乗ってきた。

四月に若干値引きされたようだが、それでも丸めて300万円の車である。買えるわけない。というか今のところ自分にはまったく買う理由がない。
と言って断ろうとしたのだが、「買う気のない人の意見の方が大事」とかなんとか訳のわからんことを言われて結局乗る羽目になった。売る気があるのかないのかわからない上司のぬるさを心配そうに見守っていた美人の店員さん(眼鏡)の懇願するまなざしに根負けしたわけではない。ありません。

日本初(文章によっては世界初としているものもあるが、GMのEV1は量産車とは違うのかな)の量産電気自動車であるらしいi-MiEVではあるが、世の中ハイブリッド車の方が話題が豊富でいまいち地味である。エコカーの本命は細工の簡単な電気自動車だと個人的には思うが、果たして現状の完成度や如何に。

自分で走らせた瞬間「あ」と思った。アクセルを軽く踏んだだけで、軽自動車の割には重いはずの車重を意識させずについーと滑りだしたからだ。以前ちょい乗りした二代目プリウスは、モーター駆動時は静かではあるがやはり相応に重いボディをよっこらせと動かしている感覚があった。どう加速を演出するか、考え方の違いによるものだろう。より普通の車寄りにプログラムしているプリウスに対して、i-MiEVは電気らしさを隠そうとはしていない、そんな印象を受けた。

ただ走り出して巡航速度に達してしまえば、異様に静かな以外はただの車である。限界まで攻めたわけではもちろんなくて法定速度でちんまり走っていただけなので早計は禁物だが、そこらのリッターカーよりはぜんぜん安定している。これはエンジン振動のなさと底部に敷き詰めた電池による安定性の高さが寄与しているのだろう。とはいえ約300万円の車なのだからそれぐらいで驚いてはいけない。
居住性も軽の割には悪くない。荷物スペースが少ない(ほとんどない)代わりに車内の空間はそれなりに確保されている。とは言え約300万(以下略)
気になったのはドライブ中に運転者が受け取るインフォメーションの少なさだ。エンジンの存在感がない(もともとないから当然だ)と、運転という行為はおそろしくひまな作業になる、ということを思い知った。慣れると居眠りしないかが心配なぐらい。我々が今までエンジンのお守り(もっとも効率的に働かせるためのギア選択なども含めて)にいかに手間を払ってきたかを痛感する。失って初めて理解するのは世の常だ。


なんか三菱らしいなあ、と思ったのは愛想の無さだ。余計な媚は売らないというか、基本性能をきっちり作ればそれで客は満足するでしょう、という姿勢。せっかく未来志向のスペシャルな車に乗ろうというのに、おもてなし(ちょっとぞくっとする言葉なのであまり使いたくないが)感覚の不足のためにずいぶん損をしているような気がした。なんというか、閉ざされているのだ。
社会に対して多くのことをアピールする車であるべきなのに、買って乗ったらハイおしまい的な終着感がどことなく漂う。アフターケアのことを言っているのではなくて(当然電池が劣化したときの交換プログラムなどはあるだろうから)、高い金を出して環境に配慮した見返りが超安定した運転性だけでした、ではあまりにも寂しすぎると思うのだ。すべてを電気で制御することによって得られたあらゆる情報をログ化しネットワークで利用できるようになれば、その先の使い道はたぶんユーザーが考えてくれるだろう。この車を買って始まる新たな関係があればいいな、と思う。

一号車にすべてを望むのは酷だろう。だが、量産さえできれば勘所の少ない電気ものは飛躍的な価格低減が期待できる(と思う)。未来志向のコンセプトを発展させて、運転を通じたコミュニケーションの意味を変える車になってくれたらいいな、と感じた試乗だった。このままではなんかもったいない。ハイテクの粋を結集したのはいいが「え、そこでおしまいなの?」という不完全燃焼感が現状では強い、そんな車だと思う。ごめんね眼鏡さん。
posted by NA at 23:55| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 買物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月08日

夏と眼鏡

素晴らしいキャリアを引っさげて途中入社してきた彼女が一年経たずに退職願を出したとき、職場の中でそれを疑問に思う人はあまりいなかった。現在の我々の仕事はあまりにもしょぼすぎるからだ。
話半分かもしれないが、彼女がこれまで知り合い仕事を共にしてきたという綺羅星のごとき有名人らの名前を我々は口を開けて聞くしかなかった。携帯でいつでも連絡取れるだって。そんなご立派な方に、コピペができれば猿でもオーケイな資料整理や色分けすれば知育向上には役立つかもしれんような紙仕分けなぞをさせていていいわけがない。
「寿退社か」「出身の関西に戻るらしい」「でも親は青山に住んでたはずだが」「つてを使って国際機関に入るという噂もある」などなど進路について謎を残したまま、貧乳インテリ眼鏡っ子萌えを多くの心(おれのも含む)に残して彼女は颯爽と我が社を去った。うちはサンダルが似合う職場なんだ。きみのヒールはもったいなかったよ。
二ヶ月前のことだ。

くそ暑い夏がやってきて列島に腰を落ち着けなかなか去ろうとしない中、なぜか彼女と酒を呑む機会ができた。もちろんその他大勢の眼鏡萌えと一緒だ。ふだんの夏より鬱陶しさ五割増のくそ暑いビアホールで、しかし颯爽とやってきた彼女は相変わらずすごい美人で涼しげで快活で、そして職場にいた頃より大声でめいっぱいの尊大キャラになっていた。
今にして思えば、噂が噂を呼んで尾鰭背鰭胸鰭までついた怪魚状態のセルフイメージを逆手に取っての女王演技だったのかもしれないが「よくって、あたくしにどなたもビールを注がないの?」と叫ぶ彼女に我々は馬鹿みたいにげらげら笑いながらビールを飲んで飲んで飲んだ。彼女は女王様らしく偏食が激しく、ほとんど酒ばかりしか口にしていなかったように思う。
七時に始まった会は十時を回っても終わらず、別の女の子がひとり飲み過ぎて具合が悪くなり、彼氏を携帯で呼んで介抱させる騒ぎになり、そしてげろはげろを呼んでさらに別の者がつぶれ、いつの間にか精算も終わっていて気がついたら全然帰り方向の違う私が彼女を送る羽目になっていた。

彼女も会の終盤には泥酔状態に近くなり、自分の両親兄弟がいかに優秀な人間であるかを延々繰り返していたが、自然解散後に店からそう遠くない児童遊園でへたりこんでしまった。「もう駄目。げぼしたい」「うちのお父さんはあんたと全然違うんだから。カンリョーよう」「動けない」「お兄さんは中国で発電所建てるのよ」「ほっといていいから。帰ってよ」「私、どうなの」「気持ち悪い」「あたしは家族の恥」「吐きたい」「お父さんは海外に長いこと行ってた」「寝たいの」「ここで寝る」「もう駄目」
美人の口から出た同じ言葉でも文脈によってはこれほどまでえろさがなくなるのか、と、こちらも酔眼の私はいささか感心して聞いていた。でも住所不定のお友達らしい影が滑り台の上やブランコの陰に散見される中にいいとこのお嬢さんを置いて帰るわけにいかないので、とりあえず抱えて平坦部分の極めて少ないベンチ(たぶんお友達よけのためだ)に寝かすしかなかった。
「あたし50キロあるよ重いよ」と言われ、そうか生身50kgとはだいたいこれぐらいなのかと身を持って知ることができたのは収穫だったと思う。

やがて彼女は「吐く」ときっぱり宣言して吐いた。少量の偏食おかずと胃液とアルコール分の混じった液が地面を濡らし、心なしかそれは闇の中で赤く見えた。立派なブランドものらしいバッグが何度も砂の上に落ちた。サマーニットの裾も何度もめくれてかたちのよい臍がのぞくたびに引き下ろしては、やはり育ちのいい娘は小さい頃から親が臍のかたちもケアしているのだろうか、とか極めてどうでもいいことを考える。腕の中で揺れる彼女の柔らかい部分が触れて、正直怒張した瞬間はなかったわけではないが、今晩私にセックスが降臨することがないだろうことも悲しく予想がついていたので、そのうち怒張の方があきらめて血液をどこかに逃がして行ってしまった。げろを吐いている美女をその夜のうちに抱く方法はネットのどこかに書いてあるのだろうか。

近くの救急病院に担ぎ込んで点滴を打つ知恵もないまま、ホームレスの皆さんが見るともなしに見守る公園で結局一時間以上のたくっていただろうか。少年の頃俺は、自分が四十過ぎになったらアラサーの美人と夜の児童公園で非生産的な抱擁を交わすことになると少しでも想像し得ただろうかどうだろうか。酒のんで馬鹿やって潰れて、やってることはあまり変わってないけど。いや、変わってないということは絶対想像していなかったに違いない。私はもう少し立派な大人になっているはずだったのだ、空想の中では。

残念ながらこの後も読んでくれている方を楽しませられることは何ひとつ起こらなかったので、あとは端折る。公園の前をたまたま通りかかったタクシーを散財覚悟で呼び止めて青山方面に向かって数千円走ってビル街から突然なぜこんな所にあるのかわからない一戸建て高級住宅街に入ったあたりで彼女が車を止めてしまいそこからさらに二人三脚的なよれよれ歩きで時折歌を歌ったりしながら小一時間立派なおうちの間をさまよい歩き幸い途中で彼女の携帯が鳴って立派なパパが歩きで迎えに来て(デザインTシャツ姿だった。官僚も家ではデザインT着るんだ)午前三時半にしてようやくエスコートが終了したのだった。
パパ到着少し前にそそくさおでこと手の甲にキスをしたけどきっと彼女は覚えていない。なんかいやったらしいキスの仕方だな、と自分でも思った。男ならげろまみれの唇を奪わんかい。

彼女を親元に帰し、とりあえず六本木か渋谷か、とにかく夜明けまで始発まで落ち着けるところに落ち着こうと豪邸立ち並ぶ街を背に歩き出して、例によって私は気づく。短期間しか一緒に仕事をしなかった彼女を(何も知らない癖に)めちゃくちゃ好きだったことを。めちゃくちゃ好きだった子の体重をさっきまで支えていたことを。かっこいい眼鏡をかけた彼女の顔を、今晩一度も正視しなかったのを。自身も高学歴でありながら、彼女が深く深く旧帝大院卒の親兄弟に対する劣等感に悩まされているのに何もできなかったのを。コンプレックスとお腹を無防備にさらけ出した彼女は、きっと何かを求めていた。
また見逃し三振か。

数日後、酔態とは打って変わった折り目正しいお礼メールが当夜の出席者同送で届いた。あの夜彼女は高熱を発してしばらく寝込んだという。もちろん私に対する個別の言及などない。近く次の仕事が決まる、とさらっと書いてあった。正社員かどうかは書いていなかったが、いいとこの会社らしい。この就職難の時代に、優秀なる親兄弟の案内だろうか。不釣合いな階層同士で遺伝子の交雑を起こしてはいけない、と行間を深読んでいて、ふと我に返る。自分には勇気に似た何かが欠けている。
次の打席もまた三振だろうか。そもそも打者として起用されるだろうか。
posted by NA at 08:46| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする